異世界学院の頂上を目指そう7
いま僕はエルトラリュー学院にて、非常にやばい立場に置かれている。
どのくらいやばいかというと、いつ学院で背中を刺されてもおかしくないレベルのやばさである。
全ての原因は一週間前、我らが学院の生徒会長カラミア・アレイスお嬢様にお呼ばれして、彼女の実家に顔を出してしまったことから始まる。
そこで僕は、その当主の『剣聖』とかふざけた称号を持ったフェンリル・アレイスというムキムキのお爺ちゃんと出会い、なぜかその人に異常に気に入られてしまい、果てにはカラミアが「いつも学院で私を守ってくれる。恋人みたいなものです」と発言し、アレイス流剣術の次期後継者なんて話まで出てきてしまって、それがエルトラリュー学院内で噂となったのだ。
本日午前中、カラミア様の執事として働いていると、見知らぬ女生徒から「そこのカナミ君がカラミア様の婚約者候補になってるって本当なんですか!?」なんて恐ろしい話が飛んできた。
それに対して、カラミア様は顔を赤くして「いいえ。まだですよ、まだ」と照れながら答えていく。すると質問してきた女生徒は、きゃーきゃーと黄色い声をあげながら去っていくわけだ。まじやばい。
ふと隣を歩くカラミア様に目を向けると、じっと僕の横顔を彼女は見ていた。
僕と目線が合うと、カラミア様は恥ずかしそうに顔を背けながら、こう口にする。
「こ、困りましたね……。一体どこで噂が広まったのでしょう……。ふふふ」
そのまんざらでもない様子の反応に、僕は思っている以上に追い詰められていることを実感する。
い、いつの間に……。
学友であるアニエスやライナーが再三注意してきたにもかかわらず、いまやっと実感だ。
あのカラミア様が……。少し前まで僕に対して殺意一杯だったカラミア様が、どうしてこんなことに……。予想外も予想外すぎる……。
正直、家にお呼ばれするまで、どうせ使い捨てるつもりで雇ってくれているんだろうなあなんて思っていた位なのだ。
「あはは……」
しかし、実は今回の噂話にまんざらでもないのは僕も同じである。
彼女は学院で五本の指に入るほどの容姿で、生徒会長を崇めるファンクラブのようなものも当然のようにある。
薄紅色の髪と瞳、一目見るだけで目を奪われるほどの美少女だ。可愛いなんてものじゃない。ぶっちゃけ滅茶苦茶可愛い。
ただ当然、そのカラミア様の一人目の婚約者となるなんて話が広まれば、学院の男子生徒たちに恨まれまくる。
さらに言えば、出自の怪しい僕が大貴族アレイス家と懇意になるなんて認めるわけにはいかない貴族たちもたくさんいる。
――その二つが合わさった結果、僕は学院の屋上に連れて行かれることになる。
それは授業が終わり、カラミア様の執事としての仕事も終わり、学院の廊下を一人で歩いているときだった。
見知らぬ生徒たちに因縁をつけられ連行されてしまう。
エルトラリュー学院は屋上も豪華で、運動場のような広々とした空間に、観葉と思われる大きな木々がいくつか植えられている。
その学院の屋上の隅まで追いやられ、物々しい様子の生徒たちに囲まれる僕。
あっちこっちから恨まれてしまっているので、その数は二十を優に越えている。
そして、その中で最も貴族としての格が高そうな男子生徒が僕に告げる――
「――はあ……。困るのです。あなたのような穢れた血を持つ者が、高貴な血を持つアレイス生徒会長に近づかれるのは……。この学院の秩序が保たれません」
どこかで聞いたことのある台詞だ。
彼の言葉を深く考える意味はないだろう。
結局は僕が気に入らないからリンチをする。それだけの話だ。これは。
「……いいんですか? 僕に手を出せば、カラミアお嬢様や学院長が黙ってはいません」
「勘違いなさらないように。これから始まるのは決闘。ええ、いま学院で大流行の決闘です。血気盛んな生徒たちが、いま話題のあなたに決闘を挑み続ける。それだけのことですよ」
そう言って、大貴族然とした男は周囲の生徒たちに目を配る。
おそらく、この僕を囲んでいる生徒たちは、この大貴族の男の権力によって集められた者たちだろう。
この学院で家の格は絶対だ。学院での地位が低い生徒たちは大貴族様の命令に逆らえない。
彼らの表情から察するに、きっと退学覚悟で僕をリンチしろとでも命令されたに違いない。
ああ、いつものことだ。
金と力のあるやつは自分の手を汚さずに、世界を思い通りにする。
このエルトラリュー学院では、それがまかり通る。
「では、おやりなさい」
何のためらいもなく、大貴族の男は全員に指示を下した。
そして、一斉に僕を囲んでいた生徒たちは、各々の魔法を練り始める。
「くっ――!!」
当然、この場から僕は逃げ出そうとする。
しかし、その退路を大貴族の男の魔法が遮る。
「――《ライトウォール》。ふっ、大人しく皆の魔法を食らいなさい」
光の壁によって足止めされてしまった。
まずい。本当にまずい。多人数戦……それも、これだけの人数を相手に持久戦となると勝機はゼロと言っていい。
僕は魔法道具を消耗しながら戦うというスタイルなので、一対一の短期決戦に特化しているのだ。
敗戦は必死。そして、負ければ、どうなるかわからない。ここの生徒たちは平気で骨折ぐらいの攻撃はしてくる。
いや、それも甘すぎる認識だろう。
こいつらはカラミアさんと敵対するつもりでリンチをしかけている。よほどの覚悟と入念な計画がなされているはずだ。そして、その計画の最後には僕を消す――殺害という選択肢があるはずだ。
脅して終わりなんて優しい展開の望みは薄い。なにせ、大貴族ならば死亡事故を揉み消すことなんて容易いのだから。
退路には光の壁。目の前には魔法を放とうとする生徒たちが二桁。
いま身につけている魔法道具は、決闘を一戦乗り越えられるかどうかの質と量。
この状況を打開するだけの力は僕にない。
計算するまでもなく負けは必至。
相川渦波の『死』の光景が脳裏によぎる。
異世界に来て、選択権もなく学院に放り込まれ、何も分からずにリンチで殺される。
――ありえない。
そんなことはありえない。そんなことはさせない。あってたまるものか。
そう思い、僕が動き出そうとしたときだった――
「――うるさい」
一言。
それと同時に、魔力が屋上に奔り、火薬庫が爆発したかのような風が屋上を満たした。
一瞬だった。たった一言とたった一つの魔法とたった一つの爆発。それだけで僕を囲んで魔法を練っていた生徒たちは全員倒れ、指示していた大貴族の男だけが残る。
残された男は困惑し、予想もしていなかった惨状を見回し、その最後に目にする――
「は、ぁ……? なにが、どうして……。――っ!? ひぃいっ!」
男は連れてきた生徒たちを残して、一人で一目散に屋上から逃げ出した。
すぐに僕も、いま男が目を向けた場所に目を向ける。
屋上に並ぶ木々。その一つの枝の上。そこに、この惨状を引き起こしたと思われる少女がいた。
「……君、動ける?」
木から降りながら僕に声をかけてくる。
だが、すぐに僕は答えることができなかった。
驚きのあまり、声が出ない。
少女は海の漣のような薄青い髪をなびかせていた。
その余りに細く長く美しい髪に見惚れてしまい、身体が動いてくれない。
美しいのは髪だけではない。その眠たげな目が特徴的な顔も、学院トップクラスと言われるカラミア様に並ぶほど――いや、それ以上の美しさだった。
少女は学院の制服ではなく、珍しい民族衣装のような服を何重にも着ていた。
彼女の涼しげな髪の色と相まって、本当に綺麗だ。綺麗過ぎて目が……離せない。
「……あれ。もしかして、怪我させた?」
もう一度、声をかけられてしまう。
そこでようやく僕は我に返る。
いま僕は彼女に助けられたところだ。黙っている場面ではない。
「え、えっと、その、大丈夫です……。ありがとうございます……」
「……そう。よかった」
少女は僕に怪我がないかの確認をしたあと、無表情のまま頷いた。
ただ、その確認の最後、僕の顔を見て制止する。
その少女と目が合うだけで顔が赤くなっていくのが自分でも分かる。
おそらく、今日の朝カラミア様が見せた表情を僕もしている。
「……ん? 君、もしかしてアレイスさんの婚約者さん……?」
「それは……、まだ……」
咄嗟に僕は否定しようとしていた。
勘違いして欲しくないと思ってしまった。
「……まあ、どうでもいいか。それじゃあ、それ全部片付けて。……私はまた寝るから」
少女は木に戻っていき、枝の上で寝ようとする。
その後ろ姿を見て、僕は慌てて声を出す。
「――ウォーカーさん! スノウ・ウォーカーさん!」
「……んん。……なに?」
反応した。
……合ってる。つまり、この人が『学院決闘序列』序列番外。いつか僕が倒そうと思っていた人。学院で最強と囁かれる伝説の少女。『蒼き逆鱗』スノウ・ウォーカー――!!
「もう一度お礼を言わせてください。助けてくれて……本当にありがとうございます」
「……どういたしまして」
スノウさんは一言だけ返して、すぐに目を瞑った。
その姿を見て、また僕は声が出なくなる。周囲には魔法によって倒され、呻く生徒たちで一杯だ。けれど、僕の視線は木の上にいるスノウさんから動かせない。完全に奪われてしまった……。視線も心も。
――そう。この日、僕はスノウさんに一目惚れしたのだ。
学院での物語が本当の意味で始まる日が、今日この日だった。
スノウは一目惚れさせまくれる美人キャラです(本編ヒロインたちはみんな魅力たっぷり)。なので設定的にはラスティアラがいないとこうなっちゃう――というより、外れたルートをなんとか正そうと内部妹ナビがもうこれでいくしかねえっと慌ててる感じでしょうか。スノウとラスティアラは『糸』で繋がってますからね。




