13-1.ヒロインによる異世界式マッサージ『その八』(『告白』後のカナミ、ラスティアラ)
ヴィアイシア国での戦いを乗り越えて、フーズヤーズで二度目の『告白』を果たし、ついに僕はラスティアラと結ばれた。
その後、船旅の途中でラスティアラが「マッサージしてあげる!」と、かつてと同じように詰め寄ってくることがあった。
もう僕は「マッサージ」という単語で逃げる気はなかった。なにより、カップル成立で浮かれていた。なので、あらゆる意味でリベンジしようと考えて、そのラスティアラの挑戦を受け入れていく。
「いいよ。でも、先に僕からマッサージさせて。あれから、色々と勉強したんだ」
そして、いま僕の自室でラスティアラと二人きり。
そう答えながら、僕はいまの自分に出来る最高の足捌きで彼女の背後を取り、その肩を揉んでいく。
「んっ、んうう――!? こ、これは……!!」
肩を揉まれたラスティアラは、そのマッサージの完成度に目を見開き、驚いた。
「これは、私が前にやった温かマッサージ……? 暖かさ心地良さが、血と共に全身を巡っていく……! マッサージスキルは私と遜色ないレベルまで到達してて……。そこへ、カナミの無駄な繊細さと職人気質が加わり、す、すごいことに……!!」
なんか解説・実況し始めた。
僕はアイドとの戦いを経て、自分の魔力属性を変更可能になり、基礎の鮮血属性や火属性ならば使えるようになった。
ゆえに、手の平の体温を上昇させて、マッサージ中に対象の血流をよくするという魔法マッサージを模倣できた。
肩を揉まれるラスティアラは「極楽極楽ー」と目を細める。しかし、すぐに表情を引き締めなおして、こちらのマッサージから逃れて、身体をこちらに向け直した。
「ちょっと見ない間に成長したね、カナミ! これは私も負けてられない! ……お返ししたいから、ちょっと肩貸してね」
「ああ、望むところだ」
ラスティアラは僕の肩を揉み返そうとする。
ただ、その手の平に集まった魔力を看破して、あらかじめ肩に魔法を構築しておく。
「うんうん。いま、肩揉みするから……ということで、びりりー」
「びりり返し」
「わっ、わわわ!? し、痺れるー!!」
ラスティアラが電撃による麻痺を狙ってくるのは予想できていたので、先んじて電撃でカウンターした。
ただ、電撃は風属性魔法の中でも、かなりの高等技術だ。
いまの化け物じみた僕のMPの大半を消耗した上で、あらかじめ帯電させないといけない。
その無駄に魔力のかかった魔法でラスティアラを感電させて、その綺麗な長髪を逆立たせる。すると彼女は芝居がかった動きでよろめき、部屋の壁に背中をつけて、称賛してくれる。
「ほ、ほんと腕が上がってる。色々な意味で」
「ここまで、色々あったんだ。もう僕に魔法マッサージは通じないからな……!」
「なんだと……! むむぅ!」
子供のように口を尖らせるラスティアラに、僕の心はぐらりと揺れる。
可愛いラスティアラの魔法の実験体になるのもいいかな……という思いを振り払って、僕は主張する。
「ラスティアラ、普通にマッサージしよう。おまえがいない間、色々な人からマッサージについて学んだんだ。だから、純粋にスキルを競い合いたい」
「スキルの競い合い? それなら、まあいいかな。どっちのほうがマッサージが上手いか、勝負だね。というわけで、仕方なく今度は普通に揉み揉み揉みっと――」
あっさり痺れから回復したラスティアラは、もう一度僕の肩に手を伸ばして、今度は普通のマッサージを行っていく。
「…………っ!!!!」
――極楽だった。
いや、極楽浄土を超えるレベルだった。天に召されかけた。
それはラスティアラのマッサージがプロ級だからという理由だけではないだろう。好きな人と結ばれて、心を通じ合わせた状態だからこそ、いま僕は感無量の境地に至り、涙と共に膝を突きかけた。
だが、今回はスキルの競い合いということで、勝利を狙う為に表情には出さず、冷静に評価していく。
「…………。や、やっぱり、すごく上手いな。これまでのみんなのマッサージと違って、専門的な按摩の技術が使われてる」
「でしょ? そうそう私に勝てる人はいないと思うよ。技術面には自信あり」
「それじゃあ、今度は僕がお返しに……っと」
僕も負けじと、揉み揉みとし返していく。
これまでのマッサージの経験を活かし、特にディア、リーパー、クウネルから教わったものを利用して、僕なりにアレンジしていく。
「お、おぉぉ。カナミもすごい。いつの間にか、普通に上手くなって、びっくり」
いまのところ、互角だった。
なので、肩に続いて、背中、腰、腿、ふくらはぎ、足裏も揉み合っていき――ときには、悲鳴があがる。
「――あっ、痛っ! カナミ、いまの痛い! ……けど、これは痛気持ちいいってやつかな? んー、ちょっと真似させて」
「痛っ、たたたた――。確かに、これは痛気持ちいい?」
本格的なマッサージ勝負ということで、自然とベッドの上に僕たちは寝転んでいた。
――そして、マッサージをし合うこと数十分。
互いに血流が良くなり、頬を紅潮させて、「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」と息切れし始める。
正直、もう僕は表情を取り繕うのが限界だった。
それはラスティアラも同じようで、この状況に耐え切れなくなっていく。
「な、なんだろう、これ……! この普通のカップルの、普通のマッサージ……! なんなんだろうねっ、これ!!」
「これは……!! 普通がいいって、僕は言ったけど、確かにこれは……!!」
これは不味い。
ので、僕たちは我に返り、照れ合うがままに、よくわからない会話のキャッチボールを剛速球で投げ合う。
その果てに、ラスティアラは叫び、提案する。
「わ、私たちらしさが足りない! ということで、やっぱり魔法マッサージ! さらなる高みを目指して、熱、電気、振動、水分操作による最高の魔法マッサージを開発しよう!」
「しようか! いいね! そういうの、僕大好きだ!」
元々実践よりも開発が好きな気質だ。
よくわからないテンションで僕は賛同した。
「でも、二人で共同開発となると……。できれば、あと一人誰か欲しいね」
「確かに。もう一人いれば、共鳴魔法によるマッサージも試せる」
心の通じ合っている僕たちは、同時に第三者を求めた。
しかし、このよくわからないマッサージ空間に、一般人を巻き込むわけにはいかないだろう。僕たちは軽い気持ちで魔法マッサージをしているものの、一歩間違えれば大惨事な技だ。できれば、僕たちクラスに頑丈で、精神的にも色々とやりやすくて、手ごろな相手が必要だ。
「ラスティアラ、ちょっとライナー呼んでくるよ。待ってて」
だから、僕は船にいるであろう彼を探して、部屋まで連れて来て――
「ジーク、ラスティアラ? なんだ? 用ってのは……」
「びりりー」
「がぁっ!!」
奇襲した。
部屋に入った瞬間、扉の横で待ち構えていたラスティアラに攻撃されて、ライナーは倒れた。
そして、僕たちの日ごろの感謝が伝えられていく。
「ライナー、いつも感謝してる。騎士として、僕たちに仕えてくれてありがとう」
「うんうん。私もすごい感謝してる。ライナーがいなかったら、いま私たちはこうなってないと思う。間違いなく!」
「お、おい……。何するつもりだ、これ……」
「騎士であるライナーを労るために、マッサージしてあげたくて」
「うん、カナミと一緒にね。魔法マッサージとかも試すから、期待してて!」
「…………。――《ワインド》ォオオオ!!」
ライナーは迷いなく、風魔法を構築して、全力で逃げようとする――が、当然のように僕とラスティアラに敵う訳はなく、その日、船にライナーの「やめろおおおおぉおおおお――!!」という本気の悲鳴が響いた。
けど、なんだかんだでライナーを蝕んでいた慢性的な疲労は完全回復した。




