12-2.ヒロインによる異世界式マッサージ『その七』(六章後のカナミ、クウネル)
それは、ヴィアイシアの戦いの決着がついた後。
緊急の『北連盟』各国首脳会議が行われる前日のことだった。
ヴィアイシア城の適当な客室に、『北連盟』の国々に関わる資料が大量に散らばっている。
そこで僕は、ある少女と共に様々な情報を纏めていた。そして、明日の会議で話すことが固まったところで、『クウネル・クロニクル・シュルス・レギア・イングリッド』は両手を天に掲げて、軽く伸びをする。
「ふいー! やっと終わったでえ! でも、これで明日の会議は、あてらの勝ち確ー!」
作業が終わり、ぐるぐると肩を回しつつ、大きな一息をつく。
ずっと不休で作業をしていた為、完全に身体が凝り固まっているようだ。
「久しぶりに本気で疲れたー。かいちょー、肩揉んでー、マッサージしてー」
「――マ、マッサージだって!?」
唐突に恐ろしい単語を耳にして、僕は心を乱し、戦闘を前提に身構えた。
「え!? ど、どしたんです? あて、なんか変なこと言いましたか?」
「い、いや、そんなことはないよ……。大丈夫。何も問題なしだよ。マッサージね、マッサージ。余裕余裕……」
だが、すぐに冷静さを取り戻す。
色々とあったからこそ、いまや僕はマッサージにおいて百戦錬磨。このくらいのことで、トラウマで震え出しはしない。なにより、今回はマッサージを受ける側でなく、する側だ。こんなにも心が軽い話はない。
「クウネル、今日は協力してくれて、本当にありがとう。マッサージくらいお安い御用さ」
今回の無茶な作業をお願いしたのは、僕だ。
お礼として、その肩を軽くマッサージするくらいは当然のこと。
僕は今日までのマッサージ経験を思い返しつつ、クウネルの疲れを癒しにかかる。
肩を揉み解される彼女は「おー」と感嘆の声を出しつつ、それをたっぷりと享受していき――ざっと数分後。
「――んー? あれ? 会長の割りに、ちょっと下手?」
聞き逃せない感想が返ってくる。
「へ、下手……? 僕のマッサージが、下手っ!?」
「なんか今日の会長、変じゃありません!?」
なぜか僕は、そこそこショックを受けて、声を張り上げてしまった。
……なんとなくだが、理由はわかる。
今日までに特殊なマッサージをたくさん受けてきたからこそ、ちょっとした対抗意識が芽生えているのだ。
このまま下手と言われるのは我慢ならず、僕は手に力を篭める。ついでに、魔力も。
「わかった。じゃあ、ちょっと本気出すね。――魔法《ディスタンスミュート》」
「って、ちょっと待って! 魔法!? ナンデ魔法!?」
「いやいや、マッサージに魔法を使うなんて、こっちだとよくあることでしょ?」
「いやいやいやいや、会長はこっちの世界の人じゃないでしょう!? その手ぇ! 色とかぁ! こらっ! 会長、こらぁ! それ以上近づけるな、こらぁあ!」
懐かしい反応だった。
マッサージビギナーだった頃の僕を思い出す。
「でも、これが僕の本気のマッサージなんだけど?」
「なんだけど? じゃねえ! その即死魔法で、あてに何する気やねん!」
「大丈夫。これは、あのティティーをも納得させたマッサージだから」
「無敵の魔王様に通用させるようなのを、あてに!? クウネルちゃんのお肌は、魔王様と違って柔肌なんです! 会長、反則! 反則で退場!!」
半分ほど冗談の提案だったが、クウネルに猛反対された。
さらに、その勢いのまま、クウネルは僕の手から逃れていく。
どうやら、魂を揉み解すのはお気に召さないらしい。
そして、息を切らしたクウネルは、呆れながら僕の背後に回り、逆に肩を揉みだす。
「普通の方法でやってください。ほら、こういう感じですよ」
「なっ――!? こ、これは……!」
軽い気持ちで、お手本として揉んだのだろう。
しかし、その繊細で熟練な手つきに、僕は驚愕する。
それは、ディアの魔力のこもった真なるマッサージともリーパーの無邪気で楽しいマッサージとも違った。――これは、技術。魔法に頼らず、繰り返しの鍛錬によって辿りついた境地だった。
「へっへっへ。どうです? あて、上手いでしょー?」
いつもの子分っぽい笑いと共に、クウネルは肩を揉む。
本当に上手い。というか、プロだ。間違いなく、クウネルはプロフェッショナルの域とわかり、僕は感動の余り、後ろに振り返った。
その上で、そのスキルを心から求めて、呼称を変える。
「し、師匠……!」
「は……? いきなり師匠って……。あと、会長に師匠って呼ばれるんは、なんかあかん気がする! それはなし! というか! 欲しいなら、普通に模倣してくださいな! どうせ、一回見ただけでコピーできるでしょうに!」
「言われてみれば、そうだね……。次は覚えるのを意識するよ。もう一回だけお願い」
「コピーしたら、それをあてにするのも忘れずにお願いしますね……」
「もちろん。メインは、クウネルのマッサージだからね」
流れるようにマッサージ講義は決まり、クウネルは僕の肩揉みを再開させていく。
それを僕は《ディメンション》と『感応』を駆使して、完全に分析し、記憶し――
「――なるほど。それじゃあ、全く同じ動きでクウネルにマッサージしてみるね」
自分のスキルに変換して、すぐにお返しをしていく。
「はい、お願いします。……ん、んぅ。あぁ、そこそこ。すげえ、まじでそのまんま」
独学のマッサージは不評だったが、コピーした動きは絶賛だった。
本当にコピー可能と確認できたクウネルは、すぐに次のマッサージに移っていく。
「じゃ、背中のマッサージも教えますねー。あて、肩甲骨あたりもやって欲しいんで」
「任せて。一発で覚えるから」
コピーには自信がある僕は、そう答えて頷いた。
――こうして、本格的なマッサージが始まっていく。
こうなれば、立ったままというわけにはいかず、客室にあるベッドを使って、寝転がって行なうことになる。ときには、背中や腰の上に乗ったりもする。
「――ついでに、足もいっときますか。ふくらはぎとか足裏とかも、いいですよー」
「足裏がいいって、よく聞くよね。疲労回復を考えると、絶対欲しいところだ――」
どんどんマッサージの技術を吸収するのが、僕はかなり楽しかった。
クウネルも自分の技術が自分に返ってくるのが気持ちいいようで、上機嫌で教えてくれる。
それは本当に穏やかで、楽しい時間で……。
――だからこそ、僕たちは問題に気づくのが遅れた。
本格的になればなるほど、衣服といった間に挟まっているものが邪魔になり、どんどん薄着になっていくことを。一つのベッドで上下を何度も入れ替えながら、揉み合って、互いに「んぅ」といった声を出して、それを同じ城にいるスノウが盗聴していたことを。
――数分後、スノウがディアと共に覗きにきて、その光景を目にして、ヴィアイシア城に風穴が空くことになる。
誤解は、すぐに解けた。
しかし、軽く焦がされたクウネルはトラウマを抱え、もう二度とスキルは教えないと、僕から距離を取るようになってしまうのであった……。




