11-3.船旅の裏で・その3(四章裏の船旅女性陣、セラ)
『舞闘大会』を終えて、リヴィングレジェンド号は本土に向かっていく。
その船には、いつの間にか習慣化されたルールがいくつかあった。
その内の一つが、食事の場所のルールだ。
次元魔法使いカナミの『持ち物』のおかげで、リヴィングレジェンド号で出される食事は一般のそれよりも新鮮で、美味しいものが出てくる。
それをみんなで楽しむために、ラスティアラが「出来るだけ揃って食べよう!」「一人で食べるのは寂しいから駄目!」と提案して、甲板には大きなテーブルが置かれることになった。
その提案に反対するものはいなかったので、自然と誰もが甲板で食事を取るようになった。
なにより、そのルールの定着を一番喜んでいたのは――
「ディア様、どうぞ」
「ど、どうぞって……。そういうのはいいぞ。余り特別扱いは好きじゃない」
手馴れた様子で給仕をするセラ・レイディアントだった。
ディアが食事をとる際、すぐ近くに控えて隙あらば「あーん」とスプーンを口元に持っていこうとする。
それをディアは僅かに頬を染めて、遠慮する。
その恥ずかしがるディアを見て、セラは心から和む。そして、さらにもう一人にも――
「マリアちゃん、はい」
「あ、はあ……。はい」
マリアにも同じ手順を踏み、同じ「あーん」をしたところ、ぱくりと食いついてくれた。
ただ、成功は一度だけで、何度も繰り返そうとすると、色々と気遣いのできるマリアと言えども「もういいですよ」と断る。
最後に、当然ながら最年少のリーパーは――
「リーパー、あなたは――」
「あーん」
何の躊躇いもなく、差し出されたスプーンを咥えて、「ひひひっ」と嬉しそうに、はにかんだ。
それにセラの和み具合も最高潮に達し、心の底からの歓喜を笑みにしてこぼす。
「ふ、ふふふ……。ふっふっふ……!」
セラは「最高」としか言えない。今日一日、ディア・マリア・リーパーと女の子たちのお世話をして、彼女は「ああ、この船は天国だなあ」と、自分の人生に満足しかけていた。
セラ・レイディアントは高貴な方にお仕えするという特殊な家系に生まれたというのもあって、少し一般の騎士とは違う感性を持っている。
つまり、面倒見がいいを超えてしまって、誰かのお世話をするのが生き甲斐という域に入っているのだ。
そして、その性分が、この過分な接待を生んでしまっていた。
さらに問題があるとすれば、セラはお世話をするのならば、男性よりも女性を好む。それもできれば、可愛い子で背丈の程は――
「セラさーん……」
そのとき、リーパーの隣で同じく食事をしていたスノウが、おずおずと手をあげた。
「…………? スノウ様、どうかしましたか?」
「え……、あ、うん、なんでもないよー?」
ただ、その給仕にスノウは少し不満げだった。
実は「あーん」の準備をして待っていた彼女は小さく呟く。
「セラさん……。なんか、私にだけ少し冷たいような……?」
それを狼の聴覚を持つセラは聞き逃さない。
すぐに心外であることを全身全霊で訴える。
「それだけはありえません! このセラ、スノウ様はお仕えするに相応しい方だと、心から思っております! かつての『英雄』としての活躍は聞き及んでおりますし、そのお姿! 涼やかな目元、整った鼻筋、さらさらの美しい髪、力強さとしなやかさを合わせた四肢! 本当はスノウお嬢様とお呼びしたいほどです!!」
セラは興奮して、スノウの両の手を強く握り締めた。
ついでに、すりすり擦ってる。
「と思ったら、予想以上の好かれ具合!?」
「はい、とても好いております。そこだけは勘違いしないで頂けると助かります」
「じゃ、じゃあさ! もっと遠慮しなくていいんだよ! 私にも「あーん」とか色々、お世話してもいいんだよ!」
「えーっと……。それは、ラスティアラお嬢様に止められてるので……。いま、スノウ様は大事な成長の途中だから、少しきつめに接しろと」
「やっぱりそれか! カナミにした宣言が、巡り巡って私を苦しめる! あれ、一時的になかったことにならないかな!?」
「なにより、私自身も思っています。スノウ様には立派なお姿のほうがお似合いですよ」
「えー……」
そのセラの批評によって、さらにスノウは不満げになり、ぼそぼそと野望を口にする。
「しかし、セラさんはかなりの逸材メイドさんだから、どうにか甘やかされたい。とはいえ、なんだか妙な違和感もあるのも確か。これ、ただ主に言われただけじゃなくて――」
「スノウ、その違和感は私が説明をしよう!」
そのとき、バンッと船の扉を開いて、ラスティアラが甲板に現れた(最近、この登場に嵌っている)。
そして、セラと付き合いの長い主が、スノウの疑問に答えていく。
「実は! セラちゃんは、小さくて可愛い子が好きなんです! なので、スノウに対して冷たいのではなく、スノウ以外のちっちゃい子に甘々過ぎるというだけ!」
「お、お嬢様ぁああ!?」
その一切遠慮のない暴露にセラは悲鳴をあげた。
続いて、バッと振り返り、周囲を見回す。
その小さくて可愛い子たちが、いまの発言を聞いて、セラから全力で距離を取ってもおかしくない。そうなれば、いくら騎士として頑丈な精神を持つセラでも、ショックで倒れる……はずだったが、現実は少し違った。
まず一番近くのリーパーが、穏やかな母のような顔で微笑む。
「いや、大丈夫大丈夫。そんな顔しないでいいよ。少なくともアタシは知ってたからね」
「し、知ってた……? え……?」
その上で、いまの対応だったことにセラは心底驚く。
今日までの経験だと、この秘密を知られて、いい思い出はなかった。親しい同僚のラグネにすら、この話を知られたときは「あ、できるだけボディタッチはなしの方向でお願いっす」と言われてしまったのが、彼女の記憶に新しい。
「うん、知ってたよ!」
だが、逆にリーパーがセラにタッチしてくる。
さらに、ディア、スノウ、マリアといった他の仲間たちも態度は変わらない様子だった。
「なんとなくそうだろうとは思ってた。俺は別に気にしないぞ」
「ぐぅ。つまり、この背のせいで駄目なのかぁ……。縮まないかなあ……」
「大した話ではありませんよ。好みなんて、人それぞれ。……というより、好みの悪さを言い出したら、私なんて酷いものですからね」
「マリアちゃんと同じく、私も好みは酷い! ……というわけで、セラちゃん。誰も変な風には取らないよ。だから、セラちゃんにはもっと自然体でいて欲しいな。私の理想の『冒険』の為にも、もっともっと仲間っぽくなっていこう!」
つまり、ラスティアラは純粋に「もっとセラ・レイディアントには自由に楽しんで欲しい」という願いから、暴露したのだとセラは理解した。
隠し事はせず、ありのままの自分で構わないと、仲間たちの優しい言葉たちから伝わってくる。
セラは迷う。ラスティアラと同じように、本当に自分も「可愛い」「欲しい」とかを遠慮なく口にしていいのかと。
そのセラの頭を全てを察しているリーパーが、優しく両腕で包み込み、その獣耳も合わせて頭を撫でていく。
「アタシ相手なら、遠慮しなくていいんだよ。ほら、よしよしー」
「あ、あわわわわ……!」
種族上、撫で撫で(グルーミング)に弱いセラは身体から力が抜けていく。
そこにリーパーの優しさが追撃で突き刺さる。
「大変だったんだよね。ちょっと前まで、『繋がり』があったからわかるよ。お姉ちゃんのちょっと特殊な家に、騎士になった経緯。色んなことあって、自分の生き方にちょっと自信がなかったんだよね」
その言葉を聞いて、マリア・ディア・スノウも少し思案してから動き出す。
「どうやら、ここに至るまで、セラさんにも色々あったみたいですね」
「……ほら、座れ。今日は俺が注いでやる。仲間だから交代でやろう」
「私もセラさんにはいつもお世話になってるから、たまにはお礼しようかな」
食事を終えて、次はセラの番だとお世話し始めた。
それに撫で撫で(グルーミング)で力を失ったセラは、強く抗えない。
というか、色んな意味で動けない。この船は天国だという確信だけが深まっていく。最近、ラグネのやつは大きくなり過ぎて色々と不足していたから超最高と、少し危ない方向にセラの思考が逸れ始めたところで――船の甲板に、仲間の最後の一人が現れる。
「あ、みんな。もういたんだ。そろそろ、僕も食べようかな」
恋する少女たちに「自分の好みは酷い」と自覚させる男カナミが混じったことで、女の子たちから女性的な包容力が霧散して、甲板に緊張が走っていく。
甘い香りのしていた天国が、死の香りとか凶悪な魔力とかで塗り換わった。
「はあ……。あとは貴様さえいなければな……」
そうセラが呟き、カナミは困惑する。
「え、ええ? きゅ、急になぜ……」
「そういうところだ、カナミ――」
とりあえず、文句を言っていく。
けれど、このカナミも含めて、ここは自分にとって素晴らしい場所だと、セラは薄らと気づいていた。
彼女は男性にトラウマを持っているのにもかかわらず、彼とだけは自然体で話せる。セラは「この船旅で自分は変われるだろうか」と少し後方でセラたちを見守る主ラスティアラの「自然体でいて欲しいな」という言葉を反芻しながら、甲板から見える海を眺めた。
この貴重な時間を噛み締めながら、今日もゆっくりと船は進んでいく。




