11-2.船旅の裏で・その2(四章裏の船旅スノウ、リーパー、ディア)
『舞闘大会』を終えて、リヴィングレジェンド号は『本土』に向かっていく。
その船旅の間も一行は、リーダーによる次元魔法で迷宮探索を繰り返していたが、全員が同じモチベーションで臨んでいるわけではない。ラウラヴィアで自らの人生の山場を越えた二人は、仲良く潮風を浴びながら心の休息を行なっていた。
「リーパー、釣りしよーよー。のんびり釣りー」
船旅といえば海、海で休息といえば釣り。
という単純な思考でスノウ・ウォーカーは、自分と同じペースで人生を歩む少女を誘う。
「いいよー。そう言うと思って、準備は終わらせておいたよ! じゃーん!」
「流っ石ぁ! ……えへへ。リーパーと一緒だと色々楽」
リーパーは『繋がり』を使って戦った経験によって、生まれたてらしからぬ気遣いができる女の子だ。
そして、成人直前らしからぬスノウは、その彼女に甘えることが多い。
二人はいそいそと船尾まで移動して、甲板の手すりを乗り越えて、足を放り出す形で端っこに座り込む。
スノウが釣竿を構えて、その腕の中でリーパーも釣り竿を構えるスタイルだ。
こうして今日も、二人はのんびりと釣りに興じていく――のだが、今日は新しいお客さんが、その場に現れる。
「おまえら、ほんと仲いいな。……ぴったりとくっついて、暑くないか?」
ディアだった。それには、まずリーパーが答える。
「ディアお姉ちゃん、よくぞ聞いてくれました! 実は、スノウお姉ちゃんの身体は温度調節可能と最近わかって、とても住み心地がいいんだよ! びっくり人間だよ!」
そして、自分のポジションの良さを自慢する。
その返答は予想していなかったのか、ディアは好奇心に負けて、スノウの首筋に手を当てる。
「……本当か? って、ほんとだ。ほんのりとひやい。竜人、すごいな。色んな獣人の特性を聞いてきたけど、そういうことができるやつもいるんだな」
ディアは興味深そうにスノウのあちこちに触っていく。
「わわわっ。ディア様、くすぐったいです!」
「あ、ああ。悪い」
その様子をリーパーは、じーっと見ていた。
そして、ディアと同じく興味深そうな顔で釣竿を置き、スノウの腕の中から抜け出し――
「どれどれっと」
スノウにくっついたのと同じように、ディアにしがみつく。
「うわっ! おまえ、急に何するんだ!?」
「嫌?」
「いや、別に嫌なわけじゃあ……」
「ディアお姉ちゃんも、なんだか普通じゃないね……。なんというか、お日様みたいな感じ……」
「俺はお姉ちゃんじゃなくて、お兄ちゃんのほうがいいんだが……」
きょろきょろとディアは周囲を見回し、カナミがいないことを確認してから諦める。
「まあ、どっちでもいいか。……リーパー、甘えたければ存分に甘えればいい。俺は拒否しない」
ディアは『舞闘大会』での活躍は少なかったが、ことの顛末はよく理解している。
ローウェンという無二の存在を失ったリーパーに、どこか親近感を持っていた。
そして、ディアは年下相手に格好つける癖があるので、目一杯姉ぶった(本人は兄ぶっているつもり)。
「ひひひー、ありがとー。ぺたぺたー」
そして、さらにその様子をスノウが、じーっと見ていて――
「ディ、ディアお姉ちゃん、私も――!!」
「おまえは駄目だ」
ディアの妹ポジションに滑り込もうと身を乗り出そうとしたが、即アウト判定を受ける。
「な、なぜです!? これでも妹暦の長い、優秀な妹! 甘やかし甲斐があると巷で噂!」
「そういうところだぞ、スノウ。おまえは強いくせに、すぐ手を抜こうとする。もっと真面目にだな――」
「あれ!? これ、お説教に入ってる!?」
リーパーを抱えたままディアは、スノウの駄目なところを指摘していく。
なんとかスノウは「つ、釣り中だから、また今度ぉ……」と逃げようとするが、「釣りしながら聞けよ」と逃げ道を塞がれる。
そんな中、リーパーだけはマイペースにディアの身体のあちこちを探り続けて、一つ答えを出す。
「んー。ディアお姉ちゃんには悪いけど、やっぱり抱き心地ナンバーワンはスノウお姉ちゃんだね! ということで、移動ー」
リーパーは住み心地のいいスノウの中に戻っていく。
その評価をディアは受けて、先ほどの好奇心が再燃する。
「……ちょっと気になってきた。スノウ、俺も入れてくれ」
「え、あ、え? いまですか?」
ディアも手すりを越えて、スノウの腕の中とまではいかないけれど、その太腿に頭を乗せた。
手でスノウの太腿に触れながら、その居心地の良さをリーパーと確認していく。
「お、おぉ、これは中々……。ん? もしかして、これは表面に魔力が張ってるのか? 竜の魔力が、常に身体を最適な状態に……?」
「みたいだねー。快適さを保つ種族さんだね。で、それに触れてる生き物も、その恩恵にありつける感じかなー? 共生のシステムも持ってるんだねー」
手すりの外の船尾で、スノウは二人の少女に纏わりつかれる。
そして、ディアは大きなあくびをしたあと、目を瞑った。
「……これ、寝るのに丁度いいな」
「え、寝るの!? 狭いですよ、ここ!」
「もし落ちたら拾ってくれ」
それにリーパーも続く。
「アタシも、ここで寝よーっと」
完全に体重を預けられ、スノウは釣りの体勢のまま固まる。
「う、動けない……。体勢が、辛いぃ……」
本当は大して辛くはない。
それだけの筋力と体幹のよさがあると見抜いているディアは、目を瞑ったまま――
「……スノウ。おまえは妹になるんじゃなくて、姉の練習をしろ。姉の練習を」
スノウに必要なものを教える。
「私が、姉……? んー。姉かー、んー、んー、んー」
「おまえが思ってるより、姉も悪くないものだぞ。……俺が保障する。おまえはそっちのほうが向いてる」
言い切られ、スノウは動揺する。
そして、ディアの寝顔を見て、ふと子供の頃を思い出した。
かつて自分と一緒にウォーカー家から逃げてくれた友達の顔だ。
……ほんの少しだけ、ディアに似ている気がした。そして、自信に満ちていた頃の自分は、兄グレン相手でも姉ぶっていたことも。
「……ん、わかった。ちょっと意識してみるよ、ディア」
そのちょっとした偶然が、スノウを素直にさせた。
「ああ……。頑張れ、スノウ。とりあえず、俺は眠……、るから……――」
「え、ほんとに寝ちゃった! というか寝るの早い! ……ディアって、疲れやすい体質なのかなー?」
スノウは手の平をディアの額に当てて、熱がないか確認した。
病気ではなさそうだが、疲れが溜まっている様子だ。ディアを起こすことなく、いまの体勢を保って、彼女との関係を見直す。
スノウは隙あらば「ディア様」と呼んで媚びようとする。
だが、短い付き合いながらも、互いの正しい立ち位置が見えてきていた。
ディアは使徒様である前に、旅の仲間だ。そして、おそらくだけど、私が姉代わりになってあげないといけない不安定な人――
そうスノウは思い至り、腕の中の二人を撫でる。
「ひひっ……」
リーパーはくすぐったそうに笑った。
それにスノウは微笑み返して、話す。
「昔、こうして撫でてもらったことがあったんだ。一緒にウォーカー家から逃げてくれた友達に……」
「そっかー。とってもいい撫で撫でだよ、お姉ちゃんー」
「うん。撫でられると、嬉しいよね。それと、撫でるほうも……」
スノウは釣りをしながら、遠くを見る。
幼少を過ごした『開拓地』に想いを馳せる。
対してリーパーは、スノウ以上に感傷的となっていた。
――いまリーパーは、触れ合っている。
少し前までは、『呪い』で決してできなかったコミュニケーションだ。リーパーも遠くを見て、スノウとディアの身体にぺたぺた触り、連合国の『親友』に想いを馳せる。
「ひひひ……」
あの揺れる栗色の髪を思い出しながら、その心を少しずつ癒していく。




