11-1.船旅の裏で・その1(四章裏の船旅マリア、ディア)
『舞闘大会』を終えて、リヴィングレジェンド号は『本土』に向かっていく。
その船旅の途中、一度目の迷宮探索が終わった二日目の夜。
「なんだ、部屋にまで呼んで……」
眠たげな目をこするディアが、マリアの部屋に入る。
「ディア、今日使った共鳴魔法《フレイム・守護炎》ですが……、もう少し練習してみませんか?」
この日、迷宮で圧倒的な成果をあげたマリアだったが、まだまだ改良の余地があるとわかっていた。
共鳴魔法の錬度を上げることで、少しでもカナミの力になろうとする。
「あれか……。確かに、実戦だけじゃなくて、きちんと訓練すればもっと違うだろうな」
「私たちは同じく、後ろでどっしりと構えるタイプですからね。おそらく、これから先、何度も連携を取る場面がくるはずです。そのためにも、早めに――」
「……俺は剣が使える。後衛ばっかりじゃない……と思う」
ディアは譲れない部分に口を挟んだ。
ただ、その声は『舞闘大会』前に迷宮探索していたときと比べると、刺々しさが少ない。
カナミやラスティアラと共に戦い続けて、彼女も少しずつ大人になっていた。
「ディアが、剣ですか……」
もし短剣のマリアと片手剣のディアが戦えば、軍配があがるのは間違いなく前者だ。その事実をマリアは理解している。そして、薄らとだがディア自身も、もう。
「な、なんだよ。笑ってるのか?」
「そうですね。聞けば、ディアの『剣術』は自己満足らしいですから」
他の仲間たちならば、気を遣って言葉を選ぶ。
けれど、マリアは「自己満足」という言葉でばっさりと一刀両断した。
それをディアは唇を噛んで悔しがったが――
「ただ、気持ちは少しわかります。私も自己満足のために、カナミさんについていっていた時期がありましたから。ディアにとって、それは人生の全てなんでしょう?」
「マリア……」
その『届きたくても届かない想い』は、仲間たちの中ではマリアが最も共感できる。
「その上でお願いします。いまは剣ではなく、私と魔法を一緒に練習しましょう」
ディアを理解して、やめろと厳しく言う。
そのマリアの言葉は、ディアにとって決して無視できないものだった。
それはマリアが、本気で自分をパーティーの一員と認めている気がしたからだ。下手をすれば、リーダーであるカナミよりも。
「……なあ。マリア、いくつだ?」
余り考えるのが得意でないディアだったが、迷った末に聞く。
その文脈を無視した問いにマリアは困惑しつつも、彼女の真剣な表情に釣られて答える。
「いくつとは、年ですか? えっと、十三ですが……」
「俺は十五だ」
同い年と思われがちの二人だが、実は二つ離れている。
それをディアは再確認して、かつての家族を思い出す。故郷にいる自分の弟の姿だ。
「俺のほうが年上だからな。……仕方ない。今回は俺が譲って、マリアのお願いを聞いてやる」
踏ん反り返って、ディアは大人の余裕(?)で譲歩していく。
――思い出しているのはマリアもだった。
失った家族の中には、いまのディアのように、明らかに妹よりも才覚で劣っていながらも「俺に任せろ」と強がる家族がいたのだ。少し苦笑しながら、その年上の配慮(?)に口を出す。
「いや、いまさら、姉ぶられても……」
「いいから! 今回はそういう感じなんだ! いいから、共鳴魔法の特訓を始めるぞ!」
「カナミさんがいないと、結構ディアって仕切り屋ですよね」
「――《フレイム》!」
「あと短気です。――《フレイム》」
黙らせようとディアが魔法を飛ばして、それをマリアが軽く相殺する。
こうして、二人の特訓は始まった。実は、その裏でカナミとラスティアラも特訓しているのだが……その成果の差は一目瞭然だった。
――数時間後、狭い室内で多種多様な形状の炎が浮かぶ。
基本、船上で火は厳禁だ。
船団の掟によっては、火を点けただけで死罪になる場合もある。
しかし、そんな常識を覆す光景が広がっていた。ゆらりゆらりと蛍が飛ぶかのように、炎は揺らめき、床にも天井にも僅かな焦げ跡はない。
「……自分ながら、上手くなったな。前は俺、病室を焦がした罰金食らってたのに」
「驚くほど有意義な時間でしたね。同タイプの後衛魔法使いとはわかっていましたが……、かなり手癖が似てます」
「俺の知っている魔法の基礎を、マリアの視点で見直すだけでこんなに変わるとはな」
「本当に相性いいみたいですね……。どうしてでしょう?」
「んー、同じやつから火炎魔法の基礎を教わったからか?」
ぽつりとディアは呟く。
それを聞き、マリアは少しだけ遠い目をして、その共通の師匠の名前を呼ぶ。
「……アルティ」
いま『火の理を盗むもの』の魔石は、マリアの中にある。
彼女は胸に手を当てて、今日の特訓に彼女の残滓を感じ取った。
ディアは自分がデリケートな部分に触れてしまったと気づき、頭を掻く。
「とにかく、今日はここまでだな……。終わりだ、もう眠い」
「ですね。……では、どうぞ」
そのままディアは部屋から出ようとしたが、それをマリアは止めて、自分の部屋のベッドの上の埃を、ぽんぽんと払った。
「は? どうぞって、おまえ……」
「部屋が遠いので、ここで一緒に寝ましょう」
「いや、確かに、この船はでかいけど……」
このリヴィングレジェンド号は金に物を言わせたため、七人旅のパーティーに相応しくないサイズだ。
歩けば自室まで、そこそこの距離はある。そして、備え付けのベッドは大人用で、二人が揃って寝るには十分な大きさだった。
「遠慮はいりません。どうぞどうぞ」
マリアは有無を言わさずに、ディアの手を掴んで、ベッドに引き摺りこもうとする。
「あっつい! おまえ、そういうのをやめろ! びっくりする!」
その彼女の手には火炎魔法がじんわりと乗っていた。
もちろん、制御は完璧なので、ディアの魔法抵抗力を踏まえて、火傷するかしないかのギリギリだ。
マリアは「ふふふ」と笑って、ディアを焼きながら誘う。
「ラスティアラさんは言っていました。寝食を友にすることで、仲間の絆が深まると。そう本に書いてあるらしいです」
「本……? ああ、英雄譚か? 確かに、仲間同士なら、そういうのは王道か? 俺も読んだことある。いや、でも、んー……」
ディアはラスティアラと同じ趣味で、同じ憧れを持っている。
そのマリアの説得に揺れて動かされ、逃げようとする力を緩めてしまう。
「そういうことです。せっかく、旅に出たんです。本を真似してみましょうよ」
「まあ、マリアなら、いいか……。それに疲れたから、いますぐ寝たいし……」
ディアは折れる。
これがカナミ相手ならば絶対に無理だが、今日一日で親近感を深めて、同姓の彼女ならば構わないと判断してしまった。
それをマリアは喜び、ぼそりと「ラスティアラさんと同じ緩さで助かりますね。つまり、三歳児並ってことですが……」と呟きながら、ごそごそと一緒のベッドに入っていく。
そして、部屋の明かりを消して、眠る――前に、確認したかった本題を聞く。
「……そういえば、ディア。どうして、『俺』って言ってるんです?」
「それは、『俺』が男だから……いや、話せば長い」
いつもの定型文で誤魔化そうとして、ディアは諦めた。
どうしてか、マリア相手に強がろうという気がしなかった。ただ、かと言って全て話すのも躊躇われるので、話を切る。
「私たちは仲間でしょう? いま話すタイミングだと思いませんか? そう、本なら」
「って言いながら燃やそうとするのやめろ! わかったから!」
マリアの説得は「本なら」という適当なものだったが、そこに付随する火炎魔法によって、とうとうディアは降参する。
その反応に、マリアは神妙な声で囁く。
「ディア、隠し事はなしにしましょう。もう私たちは仲間で……友人です」
「ああ、そうだな……。友人だ。俺は嘘が苦手だから、そこは安心していいぞ」
ディアは『仲間』も『友人』も否定しなかった。
そして、自分の身の上話をしながら、マリアと手を触れさせる。言葉にせずとも、互いに境遇が似ていて、この船旅のパーティーに失った『家族』を重ねていることを否定しない。
――そして、次の日。
ディアの事情を聞いたマリアは、一緒にお風呂に入ることで、きっちりとディアが女の子であることを確認した。ただ、二人で浴場から出てくるところをラスティアラに見つかり、ちょっとした騒ぎになる。
「――な、ん、で、私を呼ばないの!? お泊り会! お風呂!」
「一緒にお風呂も寝るのも、もうラスティアラさんとはしましたし。ディアも、逃亡生活中にしたんでしょう?」
「ああ、ラスティアラはうるさいからなあ」
「こういうのは何度だってしていいんだよ! 旅の思い出は、いくらあってもいいからね! マリアちゃん、ディア! というわけで、今度は三人で入ろう!」
約束をする。その遠慮のなさは『仲間』であり『友人』であり……どこか『家族』に似ている。
こうして、カナミの見ていないところで、仲間たちは確かに絆を深めていた。




