異世界学院の頂上を目指そう5
結論から言うと、僕とカラミア・アレイスの決闘は引き分けに終わった。
入念な準備の末、負ければ飢え死にと覚悟して貯金を使いきり、様々な『魔法道具』を持ち込んでの決闘だったが――引き分け。
「先輩!」
その決闘の噂を聞きつけたであろう後輩が、学院の食堂の隅で落ち込む僕に声をかけてくれる。
「決闘の結果を噂で聞きましたよ。先輩凄いですねー。二十レベルの壁を越えてるカラミア会長と引き分けるなんて……。あの人、僕の二倍のレベルあるんですよ。二倍っ」
後輩ライナーは妙に興奮していた。それほど信じられない結果だったのだろう。
それに僕はダウナーな対応をする。
「んー、まあね……。というかもう噂になっちゃってるの?」
「はい。確かに決闘が行われたはずなのに、序列が変動していないということで引き分けだったとの噂です。いやあ、正直なところ、今日は先輩の葬儀になるって思ってたのでよかったです。本当に凄いですよ、先輩」
僕は顔を青ざめさせる。葬儀は本当に洒落にならない。
僕からすれば、まだ葬儀の未来から逃れきったわけではないのだから。
「へ、へー……。それで決闘内容とかは噂で聞いてる?」
「いえ、決闘内容までは……。アニエス先輩がしっかりと決闘を管理していたので……」
前日の決闘の立会人はアニエスが務めてくれたのだ。
そして、その試合が外に漏れないように全力を尽くしてくれた。
一方だけに強く肩入れはしないと言いながらも、僕のために動いてくれたのだ。
本当に友達甲斐のあるやつだ。あとで拝もう。
「実は決闘なんだけど、かなり卑怯な手で引き分けに持っていったんだよね……。だから、余り凄い凄いって連呼されると……ちょっと困る」
「あ、やっぱりですか。前日までに用意してたものを考えると、そうなんじゃないかなーとは思ってはいましたよ」
「正直、もう一度戦えば絶対に負ける。次があっても同じ『魔法道具』を用意できないから……。あぁああ、あれだけ散財しといて、決闘に勝ててないから懐がやばい。死ぬほどやばい……」
そして、ずっと僕の顔が青い理由を説明した。
基本的に僕の収入源は『学院決闘序列』で賄われている。その『学院決闘序列』での一世一代の賭けに引き分けてしまい、収入が断たれ、『魔法道具』を作る材料も買えなくなったのだ。
ぶっちゃけ、それどころか学院生活そのものが詰みそうなのだ。
このままでは友人のアニエスに本格的にたからなければなくなる。それだけは友人として回避したい。
なけなしのお金がなくなったことを悔やみながら、僕は後輩に決闘の愚痴を吐く。
「あー、もー、くそー……。最悪だ……。カラミアのやつ、人間ならあそこで負けとけよ……。最後以外は予定通りだったのに……。なんで、あそこから引き分けに持ってかれるんだよ。おかしいだろ、あーもー……」
「言っちゃ何ですけど、レベル二十代は『化け物』ですからねー」
「ああ、本当に『化け物』だった。序列三位のあいつに勝ったら大金だったから、絶対に勝つつもりで戦ったのに、皮膚が人間レベルじゃないなんて理由で巻き返された。あれで引き分けとか納得いかなさ過ぎる」
決闘の最後の瞬間は思い出すだけで腹立たしい。
前日からの妨害工作は完璧。決闘での煙幕やまきびしはちゃんと機能して、魔法道具を使ったトラップも大成功。メイン火力だった魔石の魔法も直撃させて、痺れ薬による追撃も決まった。
なのに、あの女、そこから引き分けに持って行きやがった。納得いかない。
「――ええ。私も引き分けなんて納得などできるわけがありません。あなたのせいでお気に入りの服が破けたのです。責任を取って、弁償しなさい」
「そうそう、最後にカラミアの服を溶かしたまではよかったんだ。けど、そのあと、あいつ酸の海を素肌で駆け抜けやがって――」
「この私を傷物にした責任も、ついでに取って貰いますよ。カナミ・エルトラリュー」
「え?」
その凜とした女性の声に釣られて、僕は振り向く。
そこには薄桃色の髪の少女――昨日、決闘したばかりのカラミア・アレイスが笑顔で立っていた。そして、次の瞬間には視界が暗転する。当然だが、レベル20の『化け物』にここまで近づかれてしまえば、レベル1の僕は抵抗などできない。
隣のライナーはレベル10なので、それなりに反応できたようだが、
「げぇっ、僕は関係な――ぐぁっ!!」
同じく気絶させられる。
そして、どこかへ運ばれているのを感じながら、僕たちの意識は飛んでいき――
◆◆◆◆◆
僕とライナーは見知らぬ部屋に連れ込まれ、叩き起こされる。
部屋には窓がなく無機質で、地下室のように見える。
考えたくないが拷問部屋のような何かかもしれない。そこで僕たち二人は拘束されている。
「ええと、その、僕に何か用でしょうか……? カラミア・アレイスさん……」
後ろで「そこの人と僕は関係ないんですよー」と主張している友達甲斐のない巻き込まれ体質なライナーは置いて、まず自分の安全を確保しなければならない。
「ええ、用です。あなたに用があって、ここにお連れしました」
「も、もしかして、再戦ですか……?」
「確かに再戦はしたいです。ですが、『もし勝てなくても再戦はなし』とアニエスさんと約束した以上、それはできないのです」
アニエス、ナイス! そんな約束してたのか!
あとで二拝する!
「なので、個人的に報復するしかないのですけど……」
おいこら、アニエス! どうなってんだ!
話が違うぞ! これまじで死ぬぞ!?
「カナミ君、あなたは使えます。なので、別の落としどころを考えてきました」
「僕が使える……?」
ここでカラミアの様子が昨日と違うことに気づく。
僕のことを名前で呼んでいるのが、その最たる証拠だ。
「どう言えば、いいのか……。あなたには私たちにはない発想があります。正直、昨日の決闘では面食らいました」
そして、素直に賞賛までした。
決闘で実力を示したのが大きかったのか、前と違ってまともに話ができるように感じる。
「あなたの手段を選ばない戦い方に、私は深く共感しています。何より、あなたの作る魔法道具は、私の戦闘スタイルとよく合う……」
ぞわりと鳥肌が立つ。
そのとき、カラミア・アレイスの魔力が僕の身体全体を撫でたのだ。
それは爬虫類が獲物を舐めたかのように、怖気の走る感触だった。
「カナミ君、その能力の全てを、私のために使いなさい。そうすれば、いままでの無礼は全て水に流しましょう」
真っ直ぐと僕の瞳を見つめ、勧誘をしてくる。
思いがけない話に僕は釣られていく。
「え、まじですか……? 全部流してくれるんですか?」
「あ、いえ、やはり全部は嫌ですね。私の柔肌に触れた罪は別件にしましょう。あれだけは許せません」
「あ、ですよね」
とはいえ、僕の決闘の妨害はなくなるだろう。
『学院決闘序列』での金稼ぎさえできれば、この詰みのような状態から脱することができる。
「私の派閥に入り、私の下にいることを全生徒に証明なさい。これが今回の落とし所でしょう」
これならば噂の引き分けの理由も説明がつけやすい。
実力を認めたカラミアが、僕を傘下に入れるために中断したということにできる。
お互いの誇りが保たれる。
「カラミアさん、一つだけ確認を。それは僕の『学院決闘序列』を邪魔しないということですか?」
「ええ、そういうことです。思えば、この『学院決闘序列』という制度。私の力を学院に示すのに、これ以上ないシステムでしょう。最初は生徒会長の私に許可もなく始まったことに苛立ちましたが、いまは利用したほうがいいと考えています。生徒会長という『権力』だけでは補え切れない『暴力』を、生徒たち全員に突きつけられます。本当の恐怖で皆を支配できます」
とても物騒なことを呟きながら、カラミアは呟く。
ちょっと前の、話の出来ないカラミアさんに戻っていっている気する。
「――この学院の絶対的支配者に私はなりたい」
息が止まりそうな魔力を放ちながら、カラミアさんは僕に夢を語った。
その姿を僕は次元魔法と肉眼で見る。そして、綺麗な姿だと思った。
言葉は物騒だが、高い高い目標を掲げ、そこに向かって進む少女は――少しだけ魅力的だった。
「当面の敵は番外スノウ・ウォーカー、一位フィルティア・ウォーカー、二位エルミラード・シッダルク。この学院史上最大の例外たちに、どんな手を使っても構わないから私を勝たせなさい。もちろん、私が一位になったあとは、ちょっとだけあなたも一位にしてあげます。あの学院長は私の敵でもあるので、あれを嵌める協力ならします」
学院長の話もあげられ、断る要素がなくなっていく。
どうやら、昨日と様子が違うのは学院長との取引の話を聞いていたからかもしれない。
「もし、私の下で働いてくれると誓うならば……こういった契約書も用意しました」
すっと目の前に紙を一枚突きつけられる。それは雇用契約書だった。
別に学院生が仕事をしてはいけないという規則はない。
ゆえに彼女は僕を執事として雇い、立場を明確にしようとしていた。
この学院にはお世話係として侍従が貴族と共に入学することはよくあるので、別におかしな話ではない。
そして、その文書をざっと読んだところで僕は驚きの声をあげる。
「衣食住に、学院に必要な道具全てを支給……!? さらに実験室の許可まで!?」
「当然です。私に近しい『友人』となるということはそういうことです」
これは大きい。教科書があるとないとでは大分違う。
先日の決闘で見えた魔法道具使いとしての道も進みやすくなる。
なにより、授業中に作った魔法道具は自分のものになるのが、これからの『学院決闘序列』に有利だ。
「ライナー、ちょっと代わりに確認してくれないか? 魅力的な提案過ぎる」
後方の友人に僕は確認を頼む。
異世界から来た僕では細かいところがわからないのだ。
「えぇ、僕ですか? まあ、先輩は事情があるから仕方ないですけど、普通は自分で読むものですからね。あとで文句言っても知りませんから……」
こうして、一応は貴族のライナーの確認を終えて、僕はカラミアさんの契約書にサインをすることになる。
ぶっちゃけ、力のない僕には拒否など最初からできないというのもある。
「――では、これで今日から、あなたとライナー君は私の派閥ですね」
「え、先輩だけじゃなくて、僕もですか!? えぇ!?」
こうして、僕(とオマケ一人)はカラミア・アレイスの傘下に入る。
『学院決闘序列』を上がっていく上で、これ以上ない大きな後ろ盾を得た。
総じて言えば、カラミア・アレイスに絡まれたことは悪くなかったと、そのときの僕は思っていた。
ただ、この契約が詐欺であったと近い将来に僕は知ることになるのだが……。
――平行世界の僕と違い、まだ僕は騙され慣れていなかったのだ。
理不尽な魔法の契約書の存在も知らなければ、人間の本当の悪意と好意にも出会ったことはなかった。このとき、カラミア・アレイスが出会ったばかりのカナミに自らの夢を語ってまで誘った――その本当の意味を理解できていなかった。
カラミア・アレイスが、僕を『友人』とまで言った本当の意味を――
アニエスヒロインのつもりでした……が、カラミア様強い!
※進むの遅いので、火曜金曜日曜の週三で投稿しますね。