9-2.ロードとライナーの庭師のお仕事!(五章裏のティティー、ライナー)
パリンクロン・レガシィとの激闘を経て、僕ことライナー・ヘルヴィルシャインは『世界奉還陣』に呑み込まれ、迷宮の奥深く――六十六層の裏まで辿りついた。
そこに待っていたのは千年前の王国ヴィアイシア、その王である『風の理を盗むもの』ロード。
『ここ』に落ちたとき、一目で異常と妄執に満ちた場所であると僕にはわかった。
それは僕と一緒に落ちてきたキリストも同意見だったようで、『ここ』の主であろうロードの監視を僕に頼んだ。
こうして、僕は庭師として働くロードと行動を共にすることになった。
キリストが地上に戻る為の計画を立てているのを気づかれないように、彼女の注意を集めるのが僕の役目というわけだ。
ただの庭師の仕事だけでは遣り甲斐はないが、囮も兼ねているとなると腹の底から気力が湧いてくる。全力でロードの仕事を手伝おうと、僕が「今日は一日よろしく頼む」と挨拶すると、彼女は嬉しそうに満面の笑みで、びしっと人差し指を僕に突きつけた。
「――じゃあ、ライナー! 仕事中、童のことは親方と呼ぶように! 親方ってね! そう、童は親方! 今日から親方だあっ!!」
四回も繰り返したことから、そう呼ばれるのが夢だったとわかる。
とはいえ、このくだりを僕は、もう経験している。
つい先日、風魔法を教えてもらうときも、こいつは「師匠」という言葉を四回繰り返した。
「いや、ロード。もう魔法の特訓で、おまえのことは師匠って呼んでるんだ。そっちで統一したほうがよくないか?」
「むっ? むむむー。確かに、師匠呼びも捨てがたい……。しかし、今日は親方! せっかくなので、どちらも味わおうって童は思ってるよ!!」
「……はあ。わかった。魔法特訓の時は師匠で、仕事中は親方な」
僕は溜め息をつきつつ、その要望を受け入れた。
この程度の我が侭は、かつてのヘルヴィルシャイン家で姉様から言われ慣れている。だからこそ――
「で、日常生活のときはお姉ちゃん!」
「それは断固拒否する」
「ぬー!」
姉と呼ぶのだけは冷たく拒否した。
子供のように頬を膨らませるロードの要望を叶えたいという気持ちはある。しかし、それだけは間違っていると、本能的に思った。こうやって友人のように話している僕たちだが、まだ根っこのところでは信用し合えていないのだ。
すぐに僕は自分の役目である監視作業に集中する。ロードの注意をキリストから逸らす為に、庭師の仕事を全力でこなしていくつもりだ。
「じゃあ、親方。庭師の仕事をやろうか。道具、勝手に使うぞ」
すでに僕たちは仕事場についている。小枝の選定の道具は準備済みだし、庭の家主への挨拶も済んでいる。ちなみに、家主である女性は、少し遠くで僕たちを笑顔で見守っている。どうもロードの仕事ぶりを見たいようだ。
「え、ライナーって庭の調整できるの?」
「地上で少しな。基本はできてる自負がある。もしやり方が違ってたら、言ってくれ」
僕は手際よく、選定の鋏を使って庭の木々を整えていく。
元の庭の特色を壊さないように、明らかに邪魔な部分を経験から除いていく。
その様子を見たロードは驚きを露にした。
「あれ……? え、え、なんで? 上手いね、ライナー」
「普段は剣を使ってるからな。刃物の扱いは得意だ」
これでも器用で通っている僕だ。大体のことはこなせる。
とはいえ、どれも二流止まりだろう。同じ器用でも、何でも超一流にこなすキリストとは違う。
「ほら、無駄口叩かずに、早くやるぞ。僕は仕事には全身全霊をかけるタイプなんだ」
「あ、うん。そんな気はしてた。ただ、いまはそれよりも、ライナーが童より、これ……」
いそいそとロードも仕事を始める。
しかし、その動きは拙い。不器用というわけではない。ただ、魔法を使っているときと比べると、異様に錬度が低い。まるで、初心者の子供のように手を動かしていた。けれど、出来自体は長年の仕事の経験からか、それなりになっている。
――総合すると、ロードの庭師の仕事は『歪』だった。
そこに彼女の攻略の糸口があるのではないかと、僕は監視のついでに目を光らせていると――遠くで見守っていた家主の女性が声をかけてくる。
「上手いねー、新人君。とても新人とは思えないよ」
「あ、いえ……。僕なんてまだまだですよ。それよりも、他に家のことで何か困ったことはありませんか? せっかくなのでサービスで解決しておきますよ」
地上での経験から、僕は何でも屋としての自信があった。
家具の修復や『魔石線』の点検……大体のことはできる。
「いや、庭の整備だけで構わないよ。……ああ、でも一つだけやって欲しいことがあるとすれば、そこの高い木の剪定かな。高いところの調整は来月にでもしてもらおうかと思ったけど、余裕があるなら頼むよ」
「もちろん。そのくらいなら」
今日の仕事の範囲外を頼まれたが、すぐに僕は取りかかる。木製の脚立を使って、一般の人では手の届かないところまで鋏を伸ばす。パチパチと枝を落とし、家主さんも「おー、手早いねー」と褒められかけたところで――
「――《ワインド》ォ!!」
ロードの魔法が吹き荒れた。
それは基礎魔法だというのに力強く、鋭さを持っていた。『風の理を盗むもの』の名に相応しい風は、庭全体を通り抜け、ありとあらゆる緑を切り裂いて回った。魔法の剪定だ。それは人の手による鋏では決して真似できない速度と完成度だった。ロードは脚立の下で胸を張って、誇る。
「ふっ――! この私にかかれば、こんなもんよ!」
「いや、凄いけどさ……。なら、この道具はなんだったんだよ……」
僕は手に持った鋏を見つつ、大人気ない魔法の使い方をしたロードに呆れる。
その僕たちを見て、家主さんは心底楽しそうに笑う。どこか、このシーンを待っていたかのような喜び具合だった。
「はっはっはっ、新人君駄目だよー。ロード様より上手くやっちゃあ、拗ねるに決まってるじゃないかー」
「す、拗ねてないって! ちょっといいとこ見せようとか、全然! 全く! ないない!」
ロードは子供のような言い訳をする。
それを家主さんは温かい目で見て、僕は仕事の片付けをしていく。ロードの魔法で、もうこの家で手をつける場所はなくなったからだ。
「はいっ、ライナー! ここは終わり! 次行くよ! それと今日は魔法解禁だ! 仕事と一緒に、魔法も見てやろうぞ!」
「風魔法の足しになるなら、僕は大歓迎だけど……」
それは仕事としていいのだろうか。
お金を貰う立場なのに、その最中に別のことにかまけるなんて――
「新人君。心配せずとも、この街でロード様の提案を否定する人は、一人もいないよ」
この街の一員である家主さんが、平気だと保証してくれた。
「え。いや、誰か止めましょうよ。でないと、あいつ延々と調子に乗り続けますよ?」
「……すまないね。ロード様は、私たちの王様なんだ」
その疑問の答えに、家主さんは答えた。
とても簡潔過ぎて、『歪』と感じるほどに。
「ロード様のこと、頼むよ。彼女を止められるとしたら、北の民でない君しかいない」
そして、僕を見て、縋るような目を向けた。
『止める』。
その言葉には色々な意味が含まれているような気がした。
「……はい。バカやってたら、流石に止めます。責任持って、僕が」
「頼んだよ」
こうして、僕は庭師としての仕事の一件目を終えていった。
その次の仕事場までの移動の途中、ロードは僕に怒る。
「あと、やっぱり今日のライナーは補助! よくよく考えたら、新人のくせに初日から鋏を持ってるのは生意気! 今日は童の仕事ぶりを見て、よく学ぶように! あとよく童を褒めるように!!」
「はいはい。もうでしゃばらないって……。僕は補助に徹するよ」
話しながら、ふと視線を後ろに向ける。
そこにはロードがはしゃぐ姿を見守る家主さんが立っていた。その目は、なぜかとても悲しげに見えた。
その目の意味――『歪』の仕組みを僕が知るのは、もう少しあとのことである。




