9-1.ヒロインによる異世界式マッサージ『その五』(四章裏のカナミ、リーパー)
「ひひひ。じゃー、次はアタシがマッサージやるねー」
そう言って、ベッドでうつ伏せになっている僕の背中に、リーパーは馬乗りとなった。彼女の柔らかい太股が触れて、互いの体温が混ざり合う。しかし、僕の心拍数は正常だ。眩暈も吐き気もなく、一切の精神的な動揺は見られない。
――『克服』した。
その言葉に相応しい成長を僕は遂げていた。
確かにマリア、スノウ、ラスティアラのマッサージを経て、一度僕の心は折れた。マッサージという単語を聞くだけで女の子のような短い悲鳴をあげる状態になっていた。だが、トラウマのマッサージを克服する為に、マッサージを繰り返すという苦行によって、僕は至ったのだ。マッサージ(受ける側)の終着点であり、極みへ。
「なんでも来い、リーパー。いまの僕なら、もう大体のことは驚かない」
「むっ!? ついさっきまで子犬のように震えていたお兄ちゃんが、いつの間にか……! でも、負けないよ! アタシが一番面白いマッサージするんだから!」
「いや、マッサージに面白さとかいらないからな……。でも、まあ、本当におまえの好きにやっていいよ。他のみんなのと比べたら、リーパーのは全然優しそうだ」
「こ、これは舐められてる……!? かつては死神として畏れられていたアタシが! これは沽券に関わる……ということで! ――《ダーク》っと」
背中で魔法が発動し、僕の頭部を闇が包んだ。
「当然のように魔法を使うなよ……と言いたいところだが、その程度で僕の心は揺るがない。まだまだ心拍数は平常、いま僕はお昼のティータイムと同じ精神状況だ」
「むむむ、やるな! 人の恐れる根源的闇を克服してるとは……! ――というか、お兄ちゃん。どんだけの目に遭ったの? 本当に心拍数が一切乱れてないよ? ちょっと心配になってきたよ、アタシ……」
「急に素に戻るなよ……。思い出すと悲しくなるだろ……」
「……んー、だね! というわけで! マッサージと聞いて色々準備してきたアタシの全てを食らえーい! まずは《ディメンション》を相殺っ、見えないことが重要だからね!」
「はいはい。別に《ディメンション》くらい、こっちで切るよ」
「第一弾、さあ叫べ! お兄ちゃん!!」
ぷすりと、背中に軽い痛みが走った。
続いて、背中のいたるところで、ぷすりぷすりという痛みが、連続で広がっていく。僕の服越しまで届く鋭くて細いモノ――闇に包まれ、その正体は見えずとも大体の見当は突いた。
「ああ、鍼か。なかなかいいものを持ってきたね、リーパー」
「あれっ、なんか普通!? 針だよ、針! マッサージなのに、針を刺してるんだよ!? もっと色々あるよね! うぎゃーとか、痛いーとか!」
「いや、鍼って僕の世界だと、そこまで珍しくないし……」
「マジ!? ……アタシ、針マッサージを知識でだけ知ってて、絶対ありえねーって思ってたけど、そうでもないんだね」
リーパーはラウラウヴィア国で、国民全員と『繋がり』を得て、その経験を吸収していた。この鍼は、そのときの情報らしい。
「じゃあ、第二段! さらにー、火を灯す! というわけで、ちょっと上だけ脱いで貰うね、お兄ちゃん」
「ああ、いいよ。リーパー相手なら、そこまで恥ずかしくない」
「では、ほいほいっと。さらに火も点けてー」
僕は寝転がったまま、器用に上着を脱がされて、肌を晒す。
マリアのときと比べれば、慣れもあってかいくらかマシだった。
そして、背中に熱が広がる。
「鍼の次は、灸か。リーパー、これはマリアが先にやったぞ」
「え!? くっそー、先越されたかー。ならば、全力点火っ!」
負けじとアドリブで、リーパーは急に熱を加速させる。
しかし、その程度の熱で騒ぐような僕ではない。むしろ、丁度いい温かさだ。
「あー、いい感じ」
「嘘だぁ!? これ、かなり熱いと思うよ!?
「ほんと、リーパーは常識的だな……。いや、ほんとに……」
マリアの火力と比べれば、本当に天国だ。
リーパーは多くの人と『繋がり』を得たせいか、一般人の感性と良識を兼ね揃えている。それが、この真っ当なマッサージに繋がっているのだろう。
「なら! 第三弾! これは絶対に、わひゃあってなるはず!!」
べちゃりと冷たくてぬるぬるしたものが背中に広がった。
初めての感覚に少しだけ眉を動かしたが、すぐに問題はないと判断する。なにせ、そこにダメージがない。それだけで僕にとっては十分過ぎた。
火炙りに電流、振動と液体操作による内部破壊を経験した僕にとっては、癒しとしか言いようがない。
「あれぇ!? ちっとも驚いてくれない!?」
「これはオイル……? いや、植物の粘液か何かか?」
「え、あ、うん。オイルマッサージってやつだね。癒し効果のあるハーブとか混ぜたよ」
「そうか……。そうか……」
常識的過ぎて、二度頷いてしまった。
ディアのマッサージで浄化されたはずの僕の眼球から、追加の涙が出そうだった。
ディアの肩揉みもよかったが、リーパーのマッサージはあれを超えている。
というか、精神的な安心感が半端ない。そもそも、あのリーパーなのだ。この船で最も危険がない彼女のマッサージなんて、そりゃ最高に決まっている。
「うぅ、なんか和んでる……! アタシは驚かそうと思ったのに!」
「ふっ。まだまだだな、リーパー。僕を驚かせるには、一味も二味も足りない」
「くっそー、こうなったら……実力行使!!」
僕の余裕に不満な様子のリーパーは、オイル塗れの手を脇腹まで持っていく。
そして、こちょこちょとくすぐり始めた。
「――っ! って、おい! リーパー! それはもうマッサージじゃないだろ!」
「ひひっ、反応の悪かったお兄ちゃんが悪い! 食らえ、笑え、驚けい!!」
「ははっ。あ、おい、まじでやめろ。ははははっ――」
その可愛らしい癇癪と攻撃に晒され、僕は腹をよじらせる。
背中にいるリーパーを払いのけようとしたが、彼女は笑いながら上手くかわし、くすぐり続ける。
「あははっ」
「ひひひっ」
部屋の中に僕たち二人の笑い声が響く。
恐怖の象徴であったマッサージタイムだというのに、和み、癒され、心の底から楽しい時間だった。
それは僕がマッサージという試練を突破した証明であり、報酬でもあった。その日、僕は十分にリーパーからマッサージをしてもらい、心身ともにリフレッシュした――が、その様子を見ていた他の仲間たちによる追撃が、次の日に襲い掛かることになると、癒されている最中の僕は、まだ知らなかったのだ……。
いかがわしくはありません。




