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8-3.ヒロインによる異世界式マッサージ『その四』(四章裏のカナミ、ディア)


 マリア、スノウ、ラスティアラと三人のマッサージを受けて、僕は見事マッサージ恐怖症となってしまった。


 その単語を聞くだけで身体は硬直し、実際に受けるとなると震え出す。

 いま僕の中では、火と同じくらいのトラウマまで昇華していた。


 しかし、それでも尚、僕の試練は終わらない。むしろ、これからが本番だというかのように、新たなマッサージは僕に襲い掛かってくるのだ。


 なぜそうなったのかを、正確に思い出せない。確か、ラスティアラが仲間たちにマッサージをしたという話をして、それにマリアとスノウの二人が自分もやったことがあると答えて、そのあたりで僕はトラウマを発症して冷や汗が流れ出して、徐々に呼吸が細くなった末に前後不覚になって、意識を取り戻したら――船の自室でディアと向かい合っていた。


 どうも僕が気絶している間に、本来の正しいマッサージをすることで僕のトラウマを改善するという結論に至ったらしい。

 そこで抜擢されたのが、心理的プレッシャーの少ないディアだった。

 マリア、スノウ、ラスティアラの三人の口からマッサージという単語を聞くだけで気絶しかけるので、ほぼ消去法だ。

 というか、なんでマッサージのトラウマを解消するのにマッサージをするのだろうか。その荒療治から彼女たちの性格がよくわかる。そして、これは彼女たちと共に船旅をする上で避けては通れないものであることもわかる。


「結局、こうなるんだな……。わかってた。ああ、わかってたよ……」


 この運命を僕は諦め、受け入れていた。いかに僕が抗おうと、いつかは全員のマッサージを受けることになるという確信を、スキル『感応』が感じていた。


 ある種の悟りを開きつつ僕は、自室のベッドに腰をおろしていく。

 そこに困り顔のディアが自分のなくなった腕に目をやりながら話しかけてくる。


「マッサージしてやれって言われても、この腕じゃあな……。魔法でも使わないことには、どうしようも……」


 マッサージと魔法。

 その単語が一文の中に並んでいた。それだけで、


「ひっ!」


 僕は悲鳴を漏らし、身体が震え出して止まらなくなった。


「カ、カナミ……!? 本当に顔色悪いぞ! 大丈夫か……!?」

「いや、大丈夫。いいんだ。もう、これでいいんだ……」


 慌ててディアは僕に駆け寄って心配をしてくれた。

 しかし、構わないと答える。

 このトラウマとは一生付き合っていくから平気だと強がる。


「え、ええーっと……かなり疲れているようだから、ささっとやってみるか!」


 尋常じゃない様子の僕を見たディアは、強引に明るさを繕って迅速に行動に移っていった。

 少し恥ずかしがって顔を赤らめながらも、僕のベッドの上に素足で上がり、後ろに回り、その腕がマッサージをするために、肩へ触れて、


「ひっ!」


 また僕は悲鳴を漏らし、さらなる震えに襲われる。


「なあ、カナミ……。前のマッサージで、本当に何があったんだ……」


 悲しげな声が後ろから聞こえてくる。

 同情を超えて憐憫の念を感じる声だ。


 しかし、何があったと言われても、マッサージだ。火炙りや電気攻め。振動を使った体内破壊や液体操作を使った体内破壊。その他色々――


「マッサージをみんなにされたんだ……。そう、拷問的何か(マッサージ)を……」

「そ、そっか。いや、でも俺はこういうの上手いから安心してくれ! 本当に上手いぞ!」


 優しいディアは僕の身体を慮って、元気な声をあげる。そして、慎重な手つきでマッサージを開始する。後ろから僕の左肩を手で包み、ゆっくりと揉み解していく。


 当然、身体の緊張は最高にまで高まり、全身が凍りついた。

 不安で冷や汗は流れ続け、吐き気と眩暈がする。


 この後、一体どんな恐ろしいものが待っているのか――身構えること数分。

 いつまで経ってもディアは、普通の肩揉みしかしない。普通に気持ちよく、普通に安心できて、普通に背後のディアの吐息が気恥ずかしい。


 いや、まだ油断はするな。こうして油断して僕はいつも、いつもいつも――!!


「ああ、思い出すな……。昔、こうやって爺さんたちの肩を揉んでやったもんだ」


 と、僕が疑心暗鬼で暴走しかけたとき、ディアは懐かしそうに声を出した。

 その内容は暖かく、僕の冷や汗を止めるだけの力があった。


「お爺さんたち……? それって、ディアの……?」

「ん? ああ、俺の育て親……いや、保護者みたいな存在かな。色々お世話になったお礼に肩を揉んでやったりしてたんだ。……本当に昔の話だ」


 その光景を想像するのは容易い。

 その祖父と孫の交流に僕は、少しずつ身体の震えが取り除かれていく。

 なにより、その過去のディアの経験のおかげか、彼女の肩揉みは本当に上手いのだ。強すぎず弱すぎず、あらゆる不安や緊張を解きほぐしてくれる。


 そして、僕の中のトラウマが癒されかけたとき、


「しかし、やっぱ片腕だと俺が納得できないな。このくらいと思ってもらったら困る」


 向上心溢れるディアが、さらなるマッサージを行おうとする。

 この油断させてから後から来るパターンにトラウマのある僕は、再度身体が震え出す。


「んー……。よしっ、神聖魔法を使ってみるか」


 しかも、最大のトラウマであるマッサージと魔法を合わせるやつだった。


「ひっ!」


 僕は本日何度目かわからない悲鳴をあげる。

 その僕の反応を見て、ゆっくりとディアは囁く。


「大丈夫だ、カナミ……。何も痛いことも怖いこともない。落ち着いてくれ……」


 ディアは怯える子を抱くかのように、背中から片腕を僕の胴体に回して、優しく抱き締めた。


「神聖魔法は優しい力なんだ……。俺を信じてくれ、カナミ……」


 強い想いのこもった言葉だった。

 その有無を言わさない慈しみに、僕は恐れながらも首を縦に振る。


「……わかった」

「ありがとう……。――神聖魔法《キュアフール》」


 それはいつもの回復魔法。しかし、構築が少し違うと、すぐに《ディメンション》が感じ取った。傷を癒すためのものではなく、心を癒すためかのような優しい構築。


 その魔法と共に、僕はマッサージを受ける。肩だけでなく、他の箇所も順に。ディアは片腕だけながらも、懸命に丁寧に、僕のためにマッサージをしてくれている。


 その真実に気づいたとき、僕はマッサージの真理にも気づく。

 このディアのマッサージが本物だ。ずっとおかしかったのは僕たちだった。

 トラウマはマッサージが起因していたものではない。ぶっちゃけると、あの三人の性格とか魔法とかが原因だったのだ。――という答えに辿りつき、とうとう僕は『克服』する。


「……と、止まった? マッサージされてるのに、震えが止まった……! 止まったよ、ディア!!」


 僕はベッドから立ち上がり、ずっとマッサージをしてくれていたディアの手を握る。


「いや、それが普通なんだけどな。そもそも、なんで震えてたのかわからん」

「乗り越えた……! 僕は乗り越えられたんだ! 本当にありがとう、ディア!!」


 全力でディアにお礼を言う。

 そして、僕は晴れやかな心を手にした。

 身体もディアのおかげで快調だ。こんなにも心身が軽いのは久しぶりだった。


 その様子をディアは自分のことのように喜んでくれる。


「よくわからないけど……へへっ。まっ、元気になってくれてよかった。始める前は本当に死にそうな顔してたもんな、カナミ」

「心配かけてごめん……。でも、もう大丈夫だ! というか、やっぱりいままでのマッサージが変だったんだ! これからは絶対にノーと言うぞ! 何かおかしいマッサージは全部拒否する!!」


 ディアのおかげで僕は真実を取り戻した。さらに二度と間違えはしないと、新たな誓いを立てる。――そこへ現れる『影』。


「ひひひっ、その挑戦状受け取ったよ! お兄ちゃん!!」


 バンと荒々しく扉を開けて、とてもタイミングよくリーパーが入室してくる。


「出たな、リーパー!!」


 ディアの与えてくれた天啓のおかげか、よくわからないテンションになった僕は襲来してきたリーパーによくわからない応対をしていく。


「ラスティアラお姉ちゃんから聞いたよ! 面白そうだから、次はアタシのマッサージを受けてもらうからねっ!」

「やってみろ! けど、もう僕は以前までの優柔不断な僕とは違うぞ! ディアのおかげで僕は強くなった! おかしいときはおかしいって言うからな! そうなったら、そこで終わりだ!」

「オーケー!! ただ、こっちも容赦しないよ! ディアお姉ちゃんさえいれば、トラウマは回復するとわかった以上! 手段を選ばず、極楽の先まで連れて行ってやるっ!!」

「かかってこい、リーパー! 絶対に! もう絶対に、僕は負けはしない!!」


 こうして、僕の試練は次へ移る。

 相手はリーパー。決して油断のならない死神だ。

 いまにも戦いの始まりそうな空気の中、ディアは一人呟く。


「……マッサージ役は俺だけでいいのに」


 その言葉が僕の耳に届く前に、リーパーとの戦い(マツサージ)に移っていく。

 全ては過去の過ちを清算し、自分の成長を証明する為に。――その五に続く。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  カナミ君はすーぐ調子に乗るんだからw
[良い点] ディアほんとにいい子だ……あの人肩揉みとかしてもらってたのか羨ましや。 対照的にカナミさんのテンションが面白すぎてずっと笑ってました。まんまPTSD発症してる……カナミさんをここまで解りや…
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