8-2.ライナーの修行(手錠)(四章裏のライナー、アイド一行)
それはシア・レガシィ率いるパーティーが旅の途中、とある町で昼食を摂っていたときのことだった。
騎士ライナーはテーブルの向かいにいる千年前の偉人に頭を下げる。
「アイド先生、僕を鍛えて欲しい……!!」
それに迷宮の守護者『木の理を盗むもの』アイドは少し不思議そうな顔を見せる。
「……これ以上強くなりたいのですか? ライナー様は十分に強いと思いますよ。この大陸であなた様の敵となる騎士は、ほとんどいません。強者の中でも上位と言っていい」
「上位程度じゃ駄目なんだ! 僕の敵である『異邦人』『現人神』『神童』の三人は最上位! もっと早く、もっと強くならないと――!」
ライナーは拳を握り力説する。
それをアイドは目を細め、少し嬉しそうに微笑んだ。
「上位程度じゃ駄目……ですか。わからなくはないです。自分に才能がないのはわかっていても、どうにかあの高みまで追いつきたいという気持ち。……少し懐かしいですね」
「先生っ、頼む!!」
その反応にライナーは手応えを感じ、さらに頼みこむ。
「いいでしょう。魔法ならば、自分にも心得があります。……しかし、私が教えられるのは才能のない者の戦い方ですが、それでも構いませんか?」
かつては『地の理を盗むもの』から剣を教わったが、今度は『木の理を盗むもの』から魔法を教われる。
この上ない幸運にライナーは、さらに深く頭を下げる。
「ありがたい! むしろ、そっちのほうが助かる!」
「ふっ、ならば教えましょう! このアイド式魔法運用法を! ――はい。では、どうぞ」
そして、アイドは木属性の魔法を発動させて、ガチャリとライナーの両手首に木を纏わせ、繋ぎとめた。
「て、手錠……?」
その形状は誰が見ても、ライナーが口にしたそれそのものだった。
「まず、手に頼るのをやめましょう」
アイドは昼食のスープを口に運びながら、修行内容を説明していく。
当然だが、手錠によってライナーの食事は途中で完全に止まった。
「手に頼るのをやめる……?」
「自分は多くの個性溢れる身体的特長を持った種族を見てきました。その中の傾向の一つとして、腕のないものは魔力の扱いに長けていました。そして、それを元に編み出した訓練法がこれです。一定の成果をあげたのは確認していますので、ご安心を」
「なんとなくわかるけど……。んー……」
ライナーは少し腑に落ちなかった。
アイドの話は少し聞いているので、その『個性的な体を持った種族』たちが、いまで言うところの獣人たちであると知っているのだ。
ゆえに、獣人でない自分にも効果があるかどうか、疑っているのである。
「いいですか、ライナー様。選択肢を探すのです。きっとあなたは、自分に才能はなく、力は弱く、戦いの選択肢はとても少ないと思っていることでしょう。しかし、それは間違いです。選択肢は見つけ辛いだけで無限に存在します。それを日常生活から……例えば、この昼食から見出すのです。これはいわば選択肢を探す訓練でもあります」
アイドは昼食の続きを促した。
その学院の教師を思い出す言葉に、ライナーは素直に教示を受けることにする。
「手を使わない訓練なら……魔法でってことか? ――《ワインド》」
魔法の授業を受けていると思っているライナーは、自らの得意な魔法で木製スプーンを動かそうとする。
しかし、そう上手く行くはずもなく、スプーンは卓上を転がった。
「ふむ、やはりライナー様は正攻法を選びましたか。他に選択肢もあるのですが、それも悪くはありません。日常生活から魔力制御を磨くのは基本ですからね。この魔法を扱い切れなければ食事すら摂れないという状況が、あなた様を成長させてくれることでしょう」
アイドは懇切丁寧に自分なりの教育をライナーにしていく。
ただ、その丁寧な一歩目の授業は悪戯大好きな同行者によって、方向性がずれていく。
ライナーの隣に座る赤の『魔石人間』ルージュだ。彼女は、満面の笑みで星属性の魔法を発動させる。
「なるほどね! つまり、不自由を増やす修行なんだね! ならライ君、私が手伝ってあげる! ――《グラヴィティ》!」
途端にライナーの身体が重力に囚われる。
「ば、馬鹿……! 身体が重い……!!」
「うんうん、重いね……。でも、それがライ君を強くしてくれるんだよ……?」
ルージュはアイドのやりたいことを正確に理解していた。
その上で、あえて手助けの方向性を少しずらして楽しむ。
「これじゃあ、絶対飯食えないだろ……! これは駄目だろ、アイド先生……!?」
すぐさまライナーは、この過剰な束縛を、この場で最も発言権のある先生に言いつけようとした――が、それは予期せぬ返しをされてしまう。
「……星の魔法ですか。悪くないですね。よく考えれば、ライナー様は自分と比べると才能に満ち溢れています。このくらいの枷が丁度いいかもしれません。ナイスですよ、ルージュ。こういったことは自分一人だとできませんし、そもそも思いつきもしませんから」
サムズアップするアイドに、ルージュは頭を掻いて照れる。
「いやあ、それほどでもあるかもなー!」
さらにルージュとは逆隣にいた黒の『魔石人間』ノワールは興奮していく。
「これが千年前の修行……! 本で読んだことあるまんまですね! いい感じです!!」
「ノワール、こういうの好きだよねー」
「ということで、私も協力をします。……はい、ライナー。あーん」
そして、ライナーの代わりにスプーンを手に取り、すくったスープを彼の口元に持っていく。だが、
「え? ああ、ありがとう……って、なんでギリギリのところで引く!?」
あとちょっとのところでスプーンは遠ざかっていった。
「ふふ、これも協力です。ライナーの限界を伸ばす協力です。さあ、ほらっ、早く早くっ。ライナー、これに届くにはどうすればいいかよーく考えてください!」
ノワールはライナーの目の前でスプーンを動かし続ける。
「うっぜぇえ……!!」
絶対に食べさせる気のない動きにライナーは心底イラつき、悪態を吐いた。
その表情に赤と黒の二人は大はしゃぎする。
「おもしろいね、これ! 次は、これで模擬戦もやってみよーよ!」
「あはぁっ! いい! いいですね! ロマン! いまのライナーを甚振――もとい戦うのは、とても有意義そうです!」
「待て、まだ僕は食べ終わってない! いや、そもそもこの状態で模擬戦なんてするか! そんなの――!!」
そんなのは、ただのいじめになる。
そう思ったライナーは助けを求めて、向かいのアイドに目を向ける。
しかし、希望の先生は全く止めようとする様子がなかった。
「だからこそ、意味があるのです。ライナー、強くなりたければ、追い詰められることです。そして、新たな手を考えることです」
「くっ――!!」
それらしいことを言われてしまい、ライナーは口ごもり、受け入れる。
教えて欲しいと願った以上、ここでリタイアをするのは彼の騎士の誇りが許さなかった。
そして最後に、その様子を見ていたパーティーの残り二人、シアとワイスも仲良くお喋りするだけでライナーに助け舟を出す様子は一切ない。
「楽しそうでいいなー。私も修行したほうがいいかな、ワイス姉ー」
「いいえ、必要ありません。あなたはリーダーなのですから、どーんと構えるのが仕事ですよ」
「……わかった。私は私にできることをやるよ。……どーん!」
――こうして、シア・レガシィのパーティーの昼食は終わり、町の外の平原で先の模擬戦の約束が果たされることになる。
手錠の上に身体を重くされたライナーが、そこで強がり吼える。
「舐めるなよ……! 手がなかろうと、身体が重かろうと、おまえたちに負けるか……! こっちには風魔法がある……! それと他にも……他にも色々っ、この戦いで見つけてみせる! 僕は強くならないといけないんだ!!」
「やる気だねー。それじゃあ《グラヴィティ・デーモン》との鬼ごっこやろうかー」
「期待しています。これを乗り越えれたら、物語に出てくる人みたいにかっこいいです」
「お、おまえら! いきなり、それは――し、死ぬ!!」
しかし、容赦のない最強の魔法を放たれ、ライナーは重傷を負ことになり――
「――はい、《キュアフール》。もう一度です」
もちろん、それはアイドの手によって回復され、すぐに再戦させられる。
「もう一度!? これ、勝つまでやるのか!?」
「もちろんですよ、ライナー様。ほら、頑張ってください」
「こ、このぉおお! 勝ってやる! 絶対に勝ってやる――!!」
そんな拷問のような修行の中、ライナーは少しずつ心を荒ませていくことになるのだが……この一年後、この訓練を彼は本気で感謝することになる。
とある『理を盗むもの』との戦いで、このアイドから教わった魔力運用が選択肢にあったことで彼は救われる。
そして、この日を彼が一人で思い返すとき、これこそが自分の幸せだったのだと気づくのだ。
アイド的には、ライナーは自分より才能あるしもっときつくてもいけるな!って感じですね。
ここらでノワールとの相性のよさをこのあたりで感じて、あのEDに繋がった気がします。特典に感謝を。:




