8-1.スノウの修行(釣り)(四章裏のスノウ、リーパー)
「――というわけで、水着ができるまで釣り大会だよ!」
その声は『リヴィングレジェンド号』での旅の途中、照りつける太陽の下、船の甲板で放たれた。発案者はスノウで、それに仲間たちが呼応していく。
「わーい!!」
つい先ほどまで泳ぎの練習をしていたリーパーが、ずぶ濡れの身体を跳ねさせて喜ぶ。その頭をセラが、用意した大きめの手ぬぐいでわしゃわしゃと拭きつつ思案する。
「釣りですか……」
乗り気ではないが反対するほどのことでもないといった反応だ。それに、薄着のままで待機していたラスティアラとマリアも続いていく。
「はっきり言って、すごく楽しそう! 私、経験ないけど!」
「私も余り自信ありませんね……。興味はありますが……」
全員が参加するとわかり、発案者のスノウは目を輝かせた。
そして、なによりもマリアの反応に喜ぶ。こういったことが得意そうなマリアが、まさかの自信なし発言だ。これならば、この中で最も釣りが上手いのは自分の可能性がある。そうスノウは思ったのだ。
常日頃から甘やかされることしか考えていないスノウは、今回の釣り大会にて自分の地位向上を狙っていた。この船旅の間、迷宮と家事をサボり、釣りに勤しんでいない彼女にとって、みんなの好感度を稼げるのは今日しかない。
いま、スノウの頭の中にあるのは――この釣り大会で目立ち、みんなに見直され、褒め称えられ、甘やかされたいという欲望。そして、いつものサボりが容認され、スノウには釣りを任せるのが一番なんて話になれば最高――と考えていた。
「えへへ……」
温い未来にスノウが思いを馳せ、ふぬけた笑顔をこぼしていると、手早くリーパーが甲板の端から人数分の釣り道具を運んでくる。
「スノウお姉ちゃんならそう言うと思って、用意はできてるよっ! はい!」
「偉いっ、リーパー!」
スノウが褒め、次にマリアが釣り道具を手に取り――釣り大会の開始を口にする。
「では、釣り大会を始めましょうか」
各々が準備していく中、未経験者のラスティアラが最も遅れて釣竿を手にしていた。
「とりあえず見様見真似でやろうかな……? あっ、思ったんだけど、これ何か賭けないの? 一位の人は何かご褒美あったほうが面白くない?」
その発言を聞き、もう釣り糸は海に放っていたスノウは目の輝きを増していく。
――計画通り。
ラスティアラがいれば、そういう流れになるとわかっていたからスノウは大声で「大会」という単語を付け足したのだ。
全ては自分の得意なフィールドで、楽に尊敬と褒美を得るため。
慎重にスノウは褒美について同意していく。
「えへへ……。そうですよね、ラスティアラ様。やっぱり、そういうの必要ですよね。私は賛成です……」
「反対者いないみたいだし、決定ってことでー。よーし、私初めてだけど勝つよー!」
意気揚々とラスティアラは、初めてとは思えない手つきで釣竿を振った。それもスノウは計画通りだと思いながら、卑屈な敬語で勝利宣言しようとする。
「ラスティアラ様、すみませんが私は手加減しませんよ。これでも、釣りだけは――」
「あ、釣れた! 一匹目ー!」
しかし、それはリーパーの声に遮られる。
「――!?」
スノウは目を見開いて驚き、ラスティアラは拍手と共に褒める。
「おお! リーパー、早い! すごい!!」
「ひひっ。この前、スノウおねえちゃんに教えてもらったからねー」
スノウは弟子の裏切り(別に何も約束はしていない)を受けて、すぐさま本気を出すと心に決めていく。
数日前、ラウラヴィア国で自らの道を選び、解禁した本気だ。
「――ヴィ、《ヴィブレーション》」
スノウの最も得意とする振動魔法を、こっそり発動させる。
本来ならば、何の役にも立たない無属性の基礎魔法だが、彼女が使うことでそれは別物となる。
手から発せられた振動が釣竿から糸を通し、海まで届く。はっきり言って、魔力を通す為に作られていないものに振動を伝わせるのは至難の技だ。しかし、本気を出したスノウだからこそ、それは成功する。振動は広がり、反響し、術者である彼女まで戻ってくる。その情報を整理することで、彼女は魚たちの位置を正確に把握し、丁度いい獲物を狙い、釣り上げていくことに成功し、
「よし、私もまず一匹目――」
「あ、また釣れた!」
「――!?」
またもやリーパーが宣言を遮られる。
スノウが驚く中、またリーパーはセラやマリアにちやほやされていく。
「流石はリーパーだな。私も負けていられんな」
「凄いですね、リーパー。本当に飲み込みが早いです」
ちやほやされるのが羨まし過ぎるスノウは、歯軋りし、さらに魔力を漲らせる。
「――《ヴィブレーション》!」
スノウは魔法に集中し、頭の中で自分に言い聞かせていく。
魔力を浸透させにくいなんて言っている場合ではない。いま、ここで改良しろ。研ぎ済ませろ。私の独特な魔力を、釣竿に、糸に、針に、海に、水に、隅々まで――!!
「よし! 上手くいった! これで二匹目――」
「あ、アタシは三匹目! ひひっ、今日は調子いいよっ!」
「――!?」
さ、魚を捕捉するだけでは駄目だ……。
もっと工夫をしよう。こうなったら、魚とコンタクトを取るしかない。例えば、魚の好む音を水中に紡ぎ、誘い出すのだ。振動魔法を強弱だけで考えるな。小さく大きく振るわせるのではなく、細く太く、曲げて伸ばして、振動を海に伝播させて、魚を呼びこむ――!!
「来た! 三匹目――」
「あ、四匹目釣れたー」
「――!? ま、まだまだぁ!!」
スノウが釣り上げるたびに、すぐさまリーパーも釣り上げる。
その予定外の熱戦にスノウの眠っていた竜人の細胞が呼び起こされていく。迷宮でなく甲板で。
――そして、この漁師さえも慄く戦いに他のメンバーはついていけるはずもなかった。
次第に二人の一騎打ちという様相となり、それを周囲が盛り上げるという形になっていく。
その最中、スノウの無属性魔法は磨かれ、昇華し、次の領域に達していく。
こうして、彼女は自分でも知らぬ内に、振動魔法で水中内での会話まで可能になるのだが……その成長をスノウは自覚することなく、二人の釣り対決はデッドヒートし――終わりのときを迎えることになる。
「――あっ、カナミが戻ってきた。はい! 惜しいけど、そこまで! 終わりだよー」
水着を作り終えたカナミが甲板に現れ、ラスティアラが釣りを止めた。
終わりと同時に、すぐスノウとリーパーの二人は釣果を確認する。そして――
「か、勝った! 私の勝ち!!」
スノウは垂れる汗を散らし、魔力が空っぽになった身体を震わせ、天空に拳を突き上げた。彼女は大人気なくも終盤、水中内で衝撃波を発生させてライバルの邪魔をしたことで、この戦いの勝利を子供のリーパーから取り上げたのだ。
「むむー、アタシの負けかー。でも次は負けないよ! ちょっとコツ掴んできた!」
薄らとリーパーはスノウの反則的な魔法に気づいていたが、特に気にすることなく明るく再戦の提案をする。その天使的対応に対してスノウは、
「……これ以上!? い、いや、私もリーパーには負けないよ! 釣りの師匠だしね!」
顔を青くして、カナミの用意した水着に着替え始めるのだ――
そして、このときから彼女は時間を見つけては、釣り用に振動魔法の特訓をしていくことになる。
スノウは生まれ持った才能のせいで、今日までライバルという存在はいなかった。
なにせ、彼女が少し本気を出せば、それだけで誰も足元に及ばないのだ。
ゆえに連合国の学院生活で、他人と切磋琢磨して強くなるということは一度もなかった。しかし、この船での生活では、彼女と比類する魔法使いがたくさんいる。努力の必要がある。
――つまり、今回の船旅の間、スノウはサボり続けていたようで、カナミの知らないところで個人的な修行をちゃんとしていたのである。
それをカナミに報告すれば、見直して貰って好感度も上がっていたのだが、それにスノウが気づくことは最後までないのだった。
スノウはなんかリーパーとすごく仲いいです。
設定上だと何のシナジーもないんですが、書くと大体二人セットになりますので、本当に仲がいいんだと思います。




