7-2.エルミラードの英雄譚執筆(四章後のエルミラード、テイリ)
「――というわけで、今回の『舞闘大会』の顛末を演劇にして纏めることとなった」
その男、エルミラード・シッダルクはライバルギルドの執務室まで乗り込むなり、そう言った。その遠慮のなさに私こと、ギルド『エピックシーカー』サブマスターのテイリ・リンカーは戸惑いながら答える。
「は、はあ……。もちろん、協力は惜しみませんが、本当にカナミ君を主人公にして作るんですか……?」
「ああ、優勝者である彼の試合を見逃した市民からの声が凄まじいんだ。市民の声に押された結果、ラウラヴィア国主導で演劇を作ることになった。その作成のリーダーに僕が選ばれたというわけだ。先に言っておくが、僕がやるからには完璧なものとする」
「え、本当にシッダルク卿が作るんですか……?」
「何かおかしいかい?」
おかしいもおかしい。
そう言いたいのを私は我慢して、じっと国随一の美丈夫と言われる彼の顔を見る。相変わらず貴族というイメージをそのままにした高貴っぷりだ。
その貴族の中の貴族である彼にとって、劇は作るものでなく観て嗜むものだろう。
連合国で四大貴族に数えられるシッダルク卿が、わざわざ自ら動く理由を私は考える。
そして、彼が『舞闘大会』の準々決勝でカナミ君に負けたことを思い出す。
もしかして、彼は負けた逆恨みで、カナミ君の評判を落とそうと画策しているのはでないだろうか。きっとカナミ君の勇姿を劇にすると聞いて、無理やり権力を使って食い込んできたに違いない。
「あの……それなら、私たち『エピックシーカー』だけで作りますよ? このような些事、シッダルク卿の手を煩わせることも――」
「君たち『エピックシーカー』だけに任せたらフェアではない。真実を演劇にまとめて市民たちへ伝える為、僕がここにいると思ってくれたまえ」
「は、はい」
どうにかして、カナミ君の評判を守ろうと抵抗するも、ばっさりと切り落とされる。
こうも頑固になられると、大貴族の彼にそうそう逆らえるものではない。
「ちなみに劇の脚本と構成と演出も僕が担当するつもりだ。すぐにでも脚本作りのため、『舞闘大会』前の彼の生活を君たちにインタビューしたい」
「え、ええっ!? あなたが全部やるんですか!?」
「ああ、完璧なものにすると言っただろう? 全て僕がやると決めた。異論は認めない」
推測通り、妨害の可能性が濃くなってきた。
これは全権を手にしたシッダルク卿の気分次第で、これからの連合国のカナミ君の立場が決まるということだ。自分がどうにかして我らが英雄の名誉を守らなければと意気込むと、執務室のソファに偉そうに座ったシッダルク卿の尋問のようなインタビューが始まる。
「ではまず、君の知る限りの全てを教えてもらおう。最初からだ」
私は慎重に言葉を選んでカナミ君のギルドマスターの始まりを説明していく。
「カナミ君はうちのパリンクロンがどこからか連れてきた新人で……すみませんが、正直彼がどこからやってきたのかうちの誰も知りません」
「ふむ……。やはり、『エピックシーカー』に入る前から謎が多いんだな。それで?」
「その後、馬鹿のパリンクロンが彼をいきなりうちのギルドマスターにすると言い出しまして……もちろん、みんな反対しました。その結果、彼と全員が模擬戦をすることに決まりました。全員に勝てば文句ないだろうって馬鹿が提案したんです。あの馬鹿が」
大体の不祥事はパリンクロンのせいで、カナミ君は真面目でまともであることを強調する。
「初日でかい……? どうしてカナミがギルドマスターをやっているか疑問だったが、そんなにも強引な話だったのか……」
「はい、うちの馬鹿がほんと強引で……」
「いや、パリンクロン・レガシィは馬鹿ではないだろう。むしろ、慧眼と言っていい。カナミの素質を見抜き、たとえ仲間たちから誹りを受けようとも彼をあるべきポジションに収めたのだ。ふっ、流石は神童だな。ああ、目に見えるよ。その全員との模擬戦でカナミの剣が振るわれ、誰もが見惚れる瞬間が――」
まだあの頃は剣術はふざけた領域でなかったのだが、シッダルク卿は最初からカナミ君は剣聖レベルであることを信じていた。
私はこれから下げられるであろう評判を考慮して、そこの誤解は解かないでおく。
「はい、シッダルク卿の言うとおりです。そして、ギルドマスターとなった彼は、当時サブマスターだったスノウと出会い……ふふっ、そうです。そこからカナミ君とスノウのラブロマンスが始まるのです! もちろん、最初は気だるげなスノウでしたが、カナミ君と触れ合い、ギルドの仕事をやるにつれ――」
「スノウ君のことは大体でいい。いつも通りだろう、彼女は。おそらく、仕事を人の良いカナミに押し付けていたりしたはずだ。予測がつく」
私が自慢のスノウを語り出したところで、余り芳しくない反応が返ってくる。
元婚約相手よりも、カナミ君にしか興味はないといった様子だ。
「は、はあ……。そこが彼の『エピックシーカー』での生活の大部分なんですが、そこを省略してしまうと、次はローウェンさんとの出会いになりますね。彼は迷宮からローウェンさんとリーパーちゃんを拾ってきます」
「それが聞きたかった! やはり迷宮でローウェン・アレイスと出会ったのか! そ、それでカナミは彼とどのように過ごしたのだ!? いずれ決勝で相対する二人はどんな話をしていたのだ!? 早く教えてくれ!!」
んん……?
少し様子がおかしい。
大興奮でカナミ君の話を聞く姿は、まるで子供のようだ。
そして、とにかくカナミ君のことを知りたがる。ただただ、知りたがる。そこに嫉妬や悪意なんてものは一切感じず、評判を下げるという思惑も感じない。
私は予定と違うことに動揺しつつも、言われるがまま話をしていく。
「――といった風に彼はローウェンさんと仲が良く、一緒に仕事したり、一緒に修行したりして――」
「なるほど! そうして、あの師弟対決に繋がるんだな! それで、次は!?」
「――『舞闘大会』前に竜討伐へ行くことが決まりまして、確かトドメを刺したのはカナミ君でした。このあたりから彼の剣術は急成長してましたね――」
「ははっ、流石は僕に勝った英雄だな! もう終身名誉剣聖ローウェン殿にも追いついたのか! 勇ましい! 猛々しい! かっこいい! そうだ、メモを取らないと! 我らがラウラヴィアの英雄は籠の中で苦しむ姫君を救うため、単身で竜の首を獲る! その彼の剣はもはや剣聖フェンリルさえも上回り――!!」
「いや、それはちょっと脚色しすぎじゃ……」
「失礼な! 脚色なものか! カナミならば、このくらいは当然だ!」
シッダルク卿は大好きなものを馬鹿にされた子供のように怒った。その姿を見て、私は察する。ここまで来ると嫌でも気づいてしまう。
この人、ただのカナミ君ファンだ……。
それも重度のやばいレベルで……。
「あー、確かに、あの子ならやらなくも……ないかな? 全部、苦しむスノウを救うための行動だった……かも?」
私としても劇としてみるなら、ローウェンさん中心よりもスノウ中心のほうがいい。
愛するスノウの可愛さを連合国全体に知らしめるいい機会だ。
「だろう!?」
「はい! そうですそうです! もうこれで行きましょうか!」
「ははっ、それでは続きだ! もっとカナミの偉業を聞かせてくれ、リンカー君!」
利害が一致した私は彼の妄信という名の脚色を容認する。
こうして、私とシッダルク卿の脚本作りは夜中が過ぎ、朝になっても続き――
「ほう! それはいいな、リンカー君!」
「ふふっ! 話がわかるわね、シッダルク君!」
意気投合した二人による劇が完成に近づいてく。
これから先何十年も、連合国の劇場や吟遊詩人に謳われる『英雄カナミの舞闘大会』という名の伝説が――
会話させると、この二人仲いいことに滅茶苦茶びっくりするんですよね……。
仲いいけど、テイリはスノウ信者なので、すぐ喧嘩します。




