異世界学院の頂上を目指そう4
授業への道すがら。美しい少女――『剣聖の孫』カラミア・アレイスに、呼び止められた。
「――学院理事長の秘蔵っ子か何か知りませんが、この学院を乱すような真似は控えてください。ただでさえ、あなたのせいで『学院決闘序列』なんて馬鹿げた制度が生まれ、我々は苛立っているのです」
どうやら、因縁をつけられているようだ。
しかし、詐欺紛いの決闘をしようとしているのは確かなため、僕は低く低く応える。
「申し訳ありません。しかし、生まれの貴いあなた方とは違い、僕にとって決闘の勝敗は命に関わることなのです。どうかご容赦ください。学院理事長の秘蔵っ子などと言われても、実際のところは教科書どころか食事もままならない最下層の生徒なのです。どうしても、この決闘が僕に必要ということをご理解頂きたい」
なんとかやり過ごしたい。
その一心である。
「決闘が必要……ですか」
苛立たしげにカラミアは答えた。
いまの応答の何かが癇に障ったようだ。まずい。
「ならば、この私が決闘の相手をしてあげましょう」
「え? あ、いや、いいです」
「いいえ。この私に申し込まれた以上、これは強制ですよ」
断る僕を逃すまいと、にっこりと笑った。
しかし、相手は剣豪とか言われているレベル20の化け物。僕は首を振り続ける。
「ほ、本当に大丈夫です。遠慮しておきます。相手になりませんから……!」
「……ふう、ならば仕方ありません。時間は有限ですからね。学院の風紀のため、この場で終わらせましょうか。腕の一つや二つ折れば、少しは大人しくしてくれるでしょう」
「は?」
恐ろしいまでに横暴な話だった。
すぐに僕は周囲を見回す。生徒たちはそれを止めようとはしていなかった。
それもそうだ。いまここにいる彼女が、本来こういうのを止めるべき立場の人間。確か、この学院の風紀を取り締まる学院の生徒会長様なのだ。
ライナーは歯噛みし、アニエスは天を仰いで「あちゃー」と言っている。
この反応はつまり、この学院で、このカラミアという少女ならば、このくらいの横暴は通るということ。流石は貴族の中の貴族様。流石は家柄絶対のエルトラリュー学院だ。
「――砕けなさい」
カラミアの腕が僕に伸びる。
身の危険に反応して、咄嗟に《ディメンション》が発動する。
ゆっくりと近づいてくる彼女の手のひらが、異様に大きく見えた。もちろん、見かけは荒事を知らぬ淑女の柔らかいそれだ。
だが『表示』は彼女の筋力が成人男性の何倍もあることを現している。
これに掴まれるのはゴリラに掴まれるのと同じと現している。
「くっ!」
相川渦波という生徒の強みは《ディメンション》という次元魔法。
それが全てだと言っても過言ではない。
簡単に言えば、僕は目がいい。だから、そのカラミアの奇襲に反応する事ができて、それを目で追うことができていた。
近づく腕。それから逃れようと一歩離れる。それを見たカラミアが顔をしかめて、一歩踏み込む。腕を守ろうと、利き腕を後ろに下げる。それを逃すまいと、カラミアの腕は蛇のように柔軟に、そして鷹のような速さで迫る。しかし、そうはさせまいと《ディメンション》で見えている僕は、その腕を払おうとする。当然、カラミアは払おうとした手を払い返そうとする。このままではいけないと思い、次に僕は立ち位置をずらす。それを追いかけるようにカラミアはすり足でステップを踏む。
いつの間にかカラミアの顔は一変し、好戦的な喜色に染まっていた。
――静かだが高速。確かな『体術』の応酬になっていた。
その僕とカラミアの動きを見て、廊下の生徒たちが目を丸くしている。
ただ、一つだけ問題があるとすれば――
「――あっ」
僕は情けない声をこぼす。
つまり、所詮はレベル1とレベル20の戦いだということが問題だった。
頭は追いついても、身体が追いつかない僕に限界が来る。
足が絡まり、体勢を崩す。
「えっ」
カラミアも声をこぼす。この短い応酬によって、彼女は僕が自分についてこれる相手だと信じてしまっていた。
だから、この突然の転倒は予想していなかったのだろう。
運悪く、それに対応すらできない体勢だった。
その結果――カラミアごと廊下に僕は倒れこむ。
それはもう、絡みに絡み合って。
そして、僕が手をついた先には、カラミアの薄い胸部。余りに特徴的すぎる個性のせいか、最初は床だと思った。だから、手を離すのに遅れる。
「な、ななっ、ななななな――!!」
カラミアの顔が赤く――どころか、血管が浮かびすぎてちょっと紫っぽい。
これはまずい。
何がまずいって、ずっとパーだったカラミアの手のひらがグーになっていること。
そして、その身の魔力がうねんうねんと廊下いっぱいを満たしていること。
その日、廊下は爆発四散した。
◆◆◆◆◆
「――あとでこの馬鹿に決闘を受けさせます、受けさせます! だからここは引いてください、会長! ほらっ、周りの目周りの目!!」
と、ずたぼろになった僕をかばったアニエスがそこそこ本気でカラミアを説得してくれたおかげで、その場はなんとかなった。
しかし、保健室のベッドで横たわる僕は、その勝手なアニエスの約束に困っていた。
あとで決闘って、勝てるはずないじゃん。
というか、決闘で死んだら自己責任なんだぞ。
それをアニエスに伝えたところ――
「んー? 何とかなるんじゃないー?」
「なるなら、最初から決闘を断ってない……」
「そのポッケにあるやつ」
アニエスはベッドの中を指差す。いま僕が持っているのは先の授業で作ったやつだけだ。
「たぶん、向こうはカナミ君を色々と舐めてる。たとえカナミ君がレベル1でも、決闘というルール内ならなんとかなるって私は思ってるよ」
要は条件次第、そう言いたいらしい。
情報収集を得意とするアニエスらしい考え方だ。
「レベル1による上位陣崩しなんて、ちょっと楽しそうじゃない?」
悪戯っ子のようにアニエスは笑う。
その笑みから、彼女の協力があることがわかる。
おそらく、少し遠くでカラミアの暴挙に対して静かに怒っているライナーも同様だろう。
「はあ。やればいいんだろ、やれば……」
僕は承諾する。
つまり、次の決闘相手は順番を飛ばして飛ばして序列三位。
しかし、勝算はある。
懐から魔法道具の指輪を取り出して僕は微笑する。
それに合わせてアニエスとライナーも笑う。
こうして、僕の魔法道具使いとしての道が拓かれる。
レベルを上げれば全てあっさり終わるなんてことに気づくことなく、別の道を進み続ける僕の物語が始まる。
そして、カラミアに勝ったら勝ったでそれもやばいということにも気づかず……僕は『学院決闘序列』への挑戦を続けるのだった。
ちょっとえっちなラブコメ!
※進むの遅いので、火曜金曜日曜の週三で投稿しますね。
予約投稿全部終わったら、さらに早く毎日投稿になるかもです。が、いまは基本だらだらタイムです。