7-1.ヒロインによる異世界式マッサージ『その三』(四章裏のカナミ、ラスティアラ)
この異世界では科学でなく魔法が発達しているためか、思いもしない文化と遭遇することが多い。
何をするにしても魔法というものが付属し、現代社会で生きてた僕には毎日が驚きの連続だ。
最近だと魔法を使ったマッサージが記憶に新しい。
この『リヴィングレジェンド号』での船旅に入る前、ラウラヴィアでの生活で僕はマリアとスノウからマッサージを受けた。
そのとき、二人は火炎魔法と振動魔法を使い――その結果、マリアに背中を焼かれ、スノウに至っては殺されかけてしまった。驚きというか恐怖だった。本当に心底怖かった。あれ以来、もう二度とマッサージは受けまいと僕は心に誓っている。
だが、いくら僕が心に誓えども、現実は思い通りにいかないものだ。
その二人のマッサージの話を聞いたことで動き出す少女が一人がいた。とにかく面白いことが大好きな少女ラスティアラだ。
船旅の途中、彼女は何かにつけては「疲れてない? マッサージしてあげようか?」と聞いてきて、何度僕が「大丈夫。いらないよ」と返答しても、一向に諦めてくれない。
そして、最終的にラスティアラは……ごねる。
年相応に、これでもかとごねる。「私も私もっ」と騒ぎまくるのだ。こうなるともう駄目だ。説得するのは面倒くさいし、何より惚れた弱みがある。こうして、僕は彼女に少しだけと約束してから、船の甲板で肩を揉んでもらうことになったのである。
「――どうですかー、お客様ー」
どこで得た知識かわからないが、お店のマッサージ師のような台詞を吐きつつ、椅子に座った僕の肩をラスティアラは揉み解していく。それに僕は偽りのない感想を返す。
「……悔しいけど上手い」
「でしょ? 産まれ的に、私って何でも器用にできちゃうからね」
そのプロのお店かのような肩揉みに感心し、僕はラスティアラのマッサージを疑っていたことを反省する。こいつの性格のことだから、正直もっと変なことになると思っていたのだ。僕は肩を揉まれながら目を瞑り、この船旅での疲れを少しでも癒していく。
そして、数分ほどの肩揉みがなされ、僕が油断しきっていたとき、僕の疑いが正しかったことが証明される。
「私ほどの鮮血魔法の使い手ともなると、例えば血流をよくするマッサージとかもできるよ。ほら」
「え? あ、ああ。確かに、身体がぽかぽかしてきたかも」
僕が了承する前にラスティアラは鮮血魔法で僕の肩のこりをほぐす。
魔法のマッサージはトラウマだったのだが、注意する前に見事な効果が出たので止めることができなかった。――それが今日一番の油断だった。
「うんうん。他にも色々といいのを私は知ってるよ。この血に刻まれてるからね」
「いや、そういうのはいいんだ。普通にやってくれ。普通に……」
「そう、例えば風魔法を使ったマッサージ。びりりーって雷の奔るやつで凝りをほぐすんだってさ」
「い、雷……? 待て、それは――ぐっ、ぅあア!!」
止めようとした瞬間、全身に電気が奔った。
ゼロ距離からの雷の魔法によって、身体が硬直し、動かせなくなる。
結果、僕は椅子から転げ落ち、うつ伏せに倒れこむ。そして、その背中の上にラスティアラが馬乗りになる。
「かかった! ふふふー。やっぱり、マッサージするなら全身マッサージじゃないとねー。じゃないと私が面白くない!!」
「お、おまえぇ……!!」
最初からこれが狙いだったようだ。
僕の自由を奪ったラスティアラは、とても楽しそうに魔力を練って笑う。
「えーと、マリアちゃんが炎属性、スノウが無属性のマッサージしたんだよね……。なら、残りの属性のマッサージを私は試してみようかな。まずは水属性……? 体内の水分を上手く操作して、身体の健康を促進させる感じかな?」
「お、おい! 感じかな――で試そうとするのはやめろ!! こ、このぉ――!」
恐ろしい話が頭上から聞こえ、僕は全身に力をこめて脱出しようとする。
「あ、動いちゃ駄目。びりりー」
が、駄目。
先ほどと同じ要領の電撃で、全身を硬直させられてしまう。
「ゼロ距離で電気通すの止めろ! それ、めっちゃ痛い!」
「でも、このくらいじゃないとカナミの身体止まらないし……」
「僕のHP、かなり減ってるからな! 結構洒落にならないダメージあるからな、それ!」
ぱっと自分のステータスを『表示』したところ、それなりにダメージを食らっている。下手をすれば迷宮のモンスターの一撃ほどだ。つまり、一歩間違えれば死ねる。
「あ、ほんとだ。結構、食らってるね……。でも大丈夫、カナミ! 私は回復魔法使えるから!」
「だから!?」
「だから、これから行う体内水分操作マッサージでダメージを受けたとしても安心!」
「安心できるか!!」
いま僕の頭に思い浮かぶのは、マリアとスノウのマッサージ。
どちらも、かなりの激痛をともない、かなりの命の危機に瀕した。
それがいま繰り返されようとしている。
「やめろ! 魔法とマッサージは混ぜるな! まじで危険なんだ!!」
「平気平気。私はカナミのHPを確認できるし、回復も得意だし。死なない死なない」
「そもそもマッサージで死ぬギリギリを想定するな!」
「ふふふ……。この水属性が終わったら、次は木とか地だね。土に埋めたりしたら、植物みたいに元気になるのかなー? あっ、そろそろか。びりりー」
「定期的に電気流すな! 本気で逃がさないつもりだな、おまえ!!」
その雷の魔法とラスティアラの見事な馬乗りにより、僕は一向に抜け出すことができない。そして、さらに背中から水属性の魔法の発動を感じ、同時にラスティアラの全身マッサージも始まる。
……正直、気持ちいいことは気持ちいい。
けれど、常に不安が付きまとう気持ちよさだ。
というか、水分操作でマッサージってどういうことだ。怖すぎだろ。
「だ、誰か助け――!」
「びりりー」
こうして、僕はマッサージという名の人体実験をされ続ける。
その所業は仲間が甲板に上がってくるまで続いた。
結果的に、ラスティアラのマッサージで身体は軽くなった。
ただ、僕が本格的なマッサージ恐怖症となるのに十分過ぎる所業でもあった。
その日の夜、僕は改めて二度とマッサージは受けまいと心に誓う。
誓うが――僕のマッサージとの戦いはこれで終わりではないのだ。まだ船には仲間たちが残っている。まだ僕にマッサージをしていない仲間が残っている。
まだ僕の試練は終わっていない……。――その四に続く。




