ex-2.ヒロインによる異世界式マッサージ『その二』(三章裏のカナミ、スノウ)
マリアにマッサージという名をした別の何かで攻撃された日の夜、まだ僕の災難は終わっていなかった。
スノウが『音波マッサージ』なるものを見つけ、それを僕に行いたいらしい。正直、滅茶苦茶嫌な予感がする。しかし、お昼にマリアの相手を拒否しなかったのに、スノウの提案だけ断るのは不公平な話だ。結局、僕は断りきれず、スノウの部屋まで誘い込まれてしまうことになったのだ。
スノウの部屋には無駄なものが少ない。僕に用意された部屋とほぼ同じだ。なので女の子の部屋に入ったものの、余り緊張しなくて済む。
「――それじゃあ、カナミ。こっち来て」
部屋の中、スノウは僕を手招きする。
そのとき、僕の《ディメンション》が部屋の違和感を一つ見つける。それは、いまスノウが腰を下ろしたベッドだ。以前にスノウの部屋に来たときに見たものと違う。僕の部屋にあるものと違って真新しい。
ただ、いまはそれよりもスノウが手招きしている場所が問題だ。
「スノウ……。もしかして、ベッドの上でやる気なのか?」
「うん、普通はそうらしいよ。マリアちゃんのときも、そうだったんでしょ?」
確かにマリアのときもベッドの上でマッサージしてもらった。それを引き合いに出されると、また拒否がしにくい。
僕は頭の中で損得を勘定し、早く終わらせることを優先して頷き返す。
それに、もしかしたらだけど、この世界ではベッドでマッサージは一般的なことなのかもしれない。そう頭の中で言い訳しながら、マリアのときと同じようにベッドの上でうつ伏せになる。
「よし、頑張ろう……。頑張って、それらしいところ見せないと……」
意気込んだスノウが、その僕の腰の上に乗っかる。
ベッドの横から手を出すのかと思ったが、何の迷いもなく乗られてしまった。
彼女の全体重が僕の腰にかかる。竜人である彼女は角や尻尾がある分だけ、普通の人よりも体重が重い。一瞬、「重い」と言いたくなったが女の子相手なので喉の奥に呑み込み、余裕の表情を保ち続ける。
そして、スノウはマッサージを始める。
無属性の振動魔法を手の平に発生させ、背中を揉み解す。まるで寝そべっていながら、高価なマッサージチェアに座っている感覚だった。
「えへへ……。どうかな……?」
感想を聞いてくるスノウに僕は正直に答えようとする。
「ん、んん……? 気持ちいいような、くすぐったいような……――っぐぅ!」
その途中、急に背中からの圧力が増して、肺の中身が外にぶちまけられた。
背骨を握られたかのような感覚に、とうとう余裕の表情が崩れる。
「あれ、ちょっと間違ったかな?」
上のスノウが恐ろしい一言を零したので、すぐに僕は問いただす。
「ま、待て、スノウ。もしかして、これが初めてか?」
「え? うん、初めてだよ? でも、ヴォルザークから借りた本を、よく読んできたから大丈夫大丈夫」
「読んだだけ!? 練習とかしてないのか!?」
「いや、ちゃんとベッドの上で試したりもしたよ?」
「ああっ、それで新品になってたのか、このベッド!」
「た、偶々だよ? ボロがきてたから、偶々粉微塵になっただけだよ?」
「粉微塵になったの!?」
恐ろしい情報が背中越しに伝えられ、僕の顔は青くなっていく。
予測だが、この『音波マッサージ』とやらは、もっとレベルの低い魔法使いが行うのが前提の技術ではないだろうか。連合国トップクラスのスノウでは魔力が高すぎて、本の技術が正しく再現されていない可能性がある。
その僕の不安をスノウは感じ取ったのかもしれない。上から耳元に声をかけられる。
「カナミ、お願い。いつものお礼がしたいから、もう少しだけやらせて……」
その声色から純粋な善意を感じた。
スノウが僕のために頑張ってくれているのは間違いないだろう。物臭で怠惰な彼女の、せっかくの頑張る機会を奪いたくはない。
軽くステータスを『表示』したところ、HPは半分ほど削れているが余裕はある。
――まだいける。
その意志を上のスノウに伝えると、さらに彼女は意気込む。
「よーし」
ぽきぽきと指を鳴らし、スノウの魔力が膨らんでいく。そして、より慎重に、より強いマッサージが再開される。それを僕は全力をもって受け止める。
「どう? 気持ちいい……?」
上から不安げな囁き声が届く。
それに僕はどう答えたものかと迷う。
間違いなく、この『音波マッサージ』は普通のものより心地よい。全身の筋肉から強張りが消えていくのがよくわかる。確かに本になるだけの価値を感じる魔法技術だ。
――ただ、なんかやばい。
色々とやばい気がする。気持ちいいのだが……それ以上に身体が軋んでいるような気がしてならない。ギギギとやばい音が、体内から響いてる。
やばい感じにやばい箇所へ負荷がかかっているのかもしれない。これ以上のマッサージを本能が拒否しているレベルの軋みだ。耐え切れず僕は声を出そうとする。
「いや、やっぱり、ちょ――待っ、――ぐ、うぅ……」
しかし、喉が上手く動かない。
途中から妙な呻き声しか出すことができなかった。
「ん? いい感じなのかな? えへへ。じゃあ、もっと頑張ろー」
それをスノウは、僕が気持ちよさに酔いしれていると勘違いしてしまった。さらに気合の入った『音波マッサージ』がなされていく。
「うぁ、ぁああ、ぁあ……――」
振動魔法が全身に浸透しているせいか、喉が上手く震えてくれない。というか、振動魔法をゼロ距離でぶつけられているせいか、全身の力が入らない。だから、嬉しげにマッサージを続けるスノウを止めることができない。
命の危険が迫っている。
ただでさえ、昼間にマリアのお灸でダメージを負っている。そこにこの追撃だ。外側ではなく内側が壊れる。臓器に直接ダメージを受け、血の気が引いていく。
「ぅ、うぅ――」
意識が遠のいていくのを僕は止められない。スノウの無駄に高等な防御無視攻撃魔法によって、HPが削れていくのを『表示』で見続けることしかできない。
そして、呻き声を上げ続け――その果てに、僕は気絶した。
◆◆◆◆◆
結論から言うと、僕は生き延びた。
様子を見に来たヴォルザークさんが止めてくれて、ギルドメンバーの治療を受けたことでHPがゼロに達することはなかった。
今回、僕は教訓を得た。「まだいける」は「もう危ない」だ。
「次こそは」と反省の様子がないスノウの横で、僕は二度とマッサージは受けまいと心に誓った。
ただ、このときの僕はまだ知らない。この先、ディアやラスティアラの新たな『試練』が僕に待っていることを――




