6-3.ヒロインによる異世界式マッサージ『その一』(三章裏のカナミ、マリア)
マッサージ編はえっち系ラブコメなやつなのでご注意を!
あと少しで、ギルドの仕事が終わる。
初日に渡された書類の整理などはなくなったが、定期的に国から命じられる依頼がある。街の見回りといったものならば楽なものだが、ときには郊外の犯罪者を追ってくれと無理難題を言われることもある。幾度となく依頼をこなしていくうちに、僕の《ディメンション》が周囲に知られてきた結果だろう。もちろん、単純に僕たちギルド『エピックシーカー』の名が上がってきたというのもある。
こうして、今日僕は、ローウェンと共に逃げ出した人攫いを捕まえて――執務室で他メンバーたちの報告を聞いて、最後の確認として《ディメンション》を広げたら助けた子供たちにちやほやされているローウェンが消えかけているのを見て、少しだけ心がほっこりしたりして――一日の仕事を終えて、自室に帰っていくところだった。
部屋に帰ってくると同時に、いつもの声が届く。
「お帰りなさい、兄さん」
「ただいま、マリア」
僕もいつもの挨拶を返す。
そして、ゆっくりと身の内にあるものを溜め息で吐き出しながら、備え付けの椅子の一つに座る。その様子を見て、マリアは心配げに近寄ってくる。
「お疲れのようですね……」
「え、いや、そりゃあギルドの仕事だからね。それなりに疲れるよ」
外では気を張り続けているものの、マリアと二人きりになってしまうと気が緩んでしまったようだ。最愛の妹に気を遣わせてしまったことを少しだけ僕は後悔する。
「すみません、兄さん。私は何も役に立てず……」
予想通り、マリアは自分を責め始める。
「役に立ってないってことはないよ。そんなことは絶対ない。マリアがここに待ってくれているから、僕は頑張っていけるんだ」
その言葉に嘘はない。
けれど、マリアは全力で首を振って、
「私にもできることが何かあれば……。その、兄さん、こちらに来てくれませんか……?」
自分のベッドを、ぽんぽんと叩いた。
少しだけ不思議がりながらも、躊躇いなく僕はベッドに腰を下ろす。この一週間ほど、ずっと二人で寝てきたので、同じベッドに座るくらいのことにもう躊躇いはない。
「じゃあ、次は寝転んでください……」
「な、何を……?」
ぐいぐいと僕をベッドに押し倒そうとするマリアに、流石の僕も抵抗をする。
「マッサージをしてみようと思いまして……。妹として、お疲れの兄さんにできることはこのくらいです」
マ、マッサージ? つまりこれから、僕の身体を揉み解してくれるということか。
…………。
……果たしてそれは年頃の兄妹が同じベッドでやっていいことなのだろうか?
ちょっとした疑問と気恥ずかしさが心の底から溢れ上がり、僕は拒否しようとする――が、先んじて首を振られてしまう。
「お願いします。やらせてください」
真っ直ぐに僕の目を見つめて、マリアは懇願した。その顔を見て、僕は身体の力が緩み、否定しようとした言葉を飲み込んでしまう。
よく考えれば、家族同士のマッサージのし合いなど、現代日本の家庭ならば多く見られる光景だ。そこまでおかしな話ではない。何より、これはマリアが自分の居場所を探しての願いかもしれない。そう思うと、もう僕に抵抗は不可能だった。
「う、うん。じゃあ、お願いしようかな……?」
そして、ぐいーっと身体をベッドに押し付けられてしまう。
こ、こんなに力、強かったっけ……?
「はい。頑張りますね」
こうして、マリアのマッサージが始まる。
うつ伏せになった僕の腰あたりにマリアが乗って、親指を背中に押し当てる。最初は軽く――次第に強く、腰から肩甲骨までゆっくりと揉み解してくれる。
妙にマリアの身体が密着していて、その吐息が耳裏にかかる。何か体勢がおかしいような気がしたけれど、昔妹にマッサージをされたときもこんな感じだったような気がして、何も言わずにマッサージを受け入れる。しかし、まるで身体が解されていく気がしない。背中に襲いかかるマリアの身体の感触が、妙に気恥ずかしいのだ。マリアが動くたびに、彼女の柔らかな臀部が背中で擦れ、その両の弾力ある太股で脇腹を強く挟まれる。マッサージってこんなだっけ……と僕が疑問を覚えかけたところで、耳元に声がかかる。
「あっ、そういえば……こういうのもあります。テイリさんから頂きました。目の見えない私でも楽しめるお香をたくさんと、あと――」
マリアは目が見えないながらも器用に、近くのテーブルに手を伸ばして、あるものを手に取った。首をひねって、それを僕は見る。
「え? それ、もしかして……お灸?」
「よくわかりましたね。お香だけじゃなくて、『熱百草』という草も頂きました」
その形状と匂いから勘で言ってみたところ、見事当たってしまった。こちらの世界ではフレイムステイシスという草を擦り捏ねて、お灸として使うらしい。
「じゃ、やってみせますね」
「え、上脱ぐの?」
「はい」
「ん、んん……?」
当然のように上半身の衣服を剥ぎ取られていき、その背中に次々とお灸のような何かを置かれていく。そして、背中に灯る熱と――『魔力』。うつ伏せになっていたので見えなかったが、いま間違いなく魔法が行使された。
「え、マリア……。もしかして、いま魔法使った?」
それにマリアは少しだけ嬉しそうに答える。
「……秘密にしていたんですが、テイリさんに教えてもらって、とても初歩的な火炎魔法なら使えるようになったんです。才能あるって褒められました」
僕の腰の上で笑うマリアに、なぜか僕は悪寒が走った。
こんなにもお灸で背中が熱いのに、それを余裕で上回る寒気だった。
「へ、へえ……。それは凄いなあ……けどっ! 火の用心だけはきっちりしようか! 火は危険だからね! ほんとに気をつけてね、マリア!」
なぜだろう。悪寒が止まらない。嫌な予感が止まらない。冷や汗が止まらない
総じて吐き気も伴ってきた。
「はい、気をつけますね。では、練習した火炎魔法をお見せしますよ――」
だが、その僕の忠告は軽く流され、自慢の炎が背中に灯っていく。
徐々に背中の温度が上昇していく。これがお灸……お灸?
なんか暖かいというか……熱い。いや、熱いというか……痛い!
積年の――千年単位の怨念がこもっているかのような熱さが背中に――!
「……ねえ、マリア。これで使い方、合ってるのかな?」
「え、何か変ですか? 上手くいってると思いますが……」
「いや、上手くいってるならいいんだ」
こんなに熱いものなのか。ちょっと舐めてた。
この異世界のレベル上昇によって頑丈になった僕の身体をもってしても、熱さで気が遠のいてくるなんて……お灸って凄いな。
まるでマリアが大好きで僕が大嫌いな『炎の妖精』が、これを機にと全力で悪戯をしているような――そんな気がしたのだけれど、僕は黙って受け入れる。
「ふんふふーん、ふーん。ふふっ、ついでにマッサージもやっちゃいます。どうですか? 気持ちいいですか? 兄さん」
「う、うん……。あったかくて気持ちいい……ような?」
鼻歌を交えるほど嬉しそうなマリアのためならば、いくらでも我慢してやる。
ただ、我慢してやると決めたものの――熱い。熱いものは熱い。凄い熱い。洒落にならないほど熱い。熱いというか、なんかえぐい痛みがしてきた。
ほんとに健康にいいのか、これ。
いや、足ツボマッサージと同じで、健康にいいからこその痛みかもしれないけど……。
「よかったです! もっと頑張ってやってみますね! ふーんふふー、ふふっ、ふふふー」
「…………っ!」
鼻歌と共に、背中を焼き剥ぐ様な熱に襲われ――それに僕は耐え続ける。
これが健康にいいのだと自分に言い聞かせ、せっかくマリアが頑張ってくれているのだから水を差すなと心の中で繰り返し、耐え続ける。
――その日、夜遅くまでマリアのマッサージのような何かは続いた。
◆◆◆◆◆
そして、次の日の朝。
隣で眠る満足げなマリアを起こさないように部屋を出て、青い顔で執務室までやってくる。そこには僕の出勤を笑顔で待っていたスノウがいて――
「あっ、カナミ! えへへ……。あのね……ヴォルザークから聞いたんだけど、無属性魔法が使える人にしかできない『音波マッサージ』ってのがあるらしくて、そのね――」
「マ、マッサージ……?」
うちのギルドメンバーから聞いたという新たなマッサージに恐怖を覚える。
そして、その夜――その恐怖が間違いではなかったことを僕は知るのだ。
――『その二』に続く。




