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6-1.酒場の一幕 その3(三章裏の店長、クロウ、リィン)



 フウラ川の上に並ぶ船団で、連合国最大のお祭りが開催されている。


 甲板を埋め尽くすほどの来訪者たちが蠢き、誰もが船団に用意されたエンターテイメントを満喫中だ。中でも船上に用意された闘技場では、一際大きな歓声と熱気が渦巻いている。当然だが、この『舞闘大会』こそが、このお祭りのメインであり、最も人の集まる場所だ。


 そして、その『舞闘大会』南エリアの準決勝を見終えた観客たちが、いま丁度退出していく。

 ぞろぞろと観客たちは隣接した船に移動していきながら、口々に終わった試合の感想を共有し合う。その中に筋骨隆々たる男が二人――とある酒場の店長と『舞闘大会』予選敗退の剣士クロウが、試合の感想もそこそこに次の予定を決め始める。


「――終わったな。それでおやっさん、次はどうするよ」

「んー、特にやりてえことはねえな。結局、おまえに勝ったって話のガキも出なかったしなあ」


 クロウたちは『舞闘大会』の予選で戦った『黒い髪に褐色の少女』を見ようと、『ローウェン・リーパー』チームを追っかけて観戦していたのだが、結局少女が試合に現れることは一度もなかった。


「代わりに、化けもんが出てたぜ……。なんだあれ……」


 試合に現れたのは、予選で保護者のように付き添っていた青年剣士だった。その剣士ローウェンの試合内容を思い出し、クロウは顔を青くする。


「もうあれの優勝だろ。はっきり言って、あれが負ける光景が思い描けん」


 クロウに付き添って観戦していた店長は、剣士を手放しに褒め称える。

 ただ、それはもはや称賛でなく畏怖に近い。

 それほどまでに、試合内容は壮絶だったのだ。


「毎年『ヴアルフウラ』に遊びに来てるおやっさんがそう言うなら、そうなんだろうなあ。俺から見ても、なんかおかしいぜ。あれは……」


 ローウェン選手は敵の力を十分に見極めてから戦い始めるものの、基本的には圧勝だ。

 間違いなく、ローウェン選手が優勝であると見て、二人は決勝戦を控えた『舞闘大会』の興味を失いかけていた。大会の感想は「あの剣士はおかしい」「強い」でもう終わりだ。


「おいおい。毎年遊びにって……趣味で酒場をさぼってるみたいな言い方は止めろ。リィンのやつが毎年休みを取りやがるから、仕方なく付き合っているだけだ」

「けど、楽しんでるだろ? 現役の頃の血が滾ってるくせによお」

「……そりゃ、試合を見れば誰だって興奮くらいする」


 毎年、この時期は酒場の看板娘のリィンだけでなく、店長も足を運んで試合観戦をする。

 馴染みの酒場の面子が『舞闘大会』に参加するからと店長は言い訳するが、本当は試合を見るのが好きなだけだと誰もが知っている。


 クロウは苦笑しながら、言い訳を重ねる店長の後ろをついていく。

 そして、もう今日は試合はないので、明日まで宿で休もうかと二人が思ったときだった。


 遠くから、いま話に出たリィンが尻尾頭を揺らしながら駆け寄ってきていた。


「店長! クロウさん!!」


 彼女が一目も憚らずに大声を出すのは珍しいことだ。

 首を傾げながらクロウは答える。


「ん、どうした? 友人と北エリアを見て回るって言ってなかったか?」

「それがね! お、おお落ち着いて聞いてね! すごいの見ちゃったの!!」


 リィンは興奮した様子で、息を整える前に話を始める。


「こっちは落ち着いてる。まずは深呼吸して、ゆっくりと話してくれ」


 クロウは慣れた様子で促し、それにリィンは従ってすーはーすーはーと深呼吸を行った。そして、その深呼吸もそこそこに、リィンは続きを口にする。


「そ、そのね……。一ヶ月前くらいに黒い髪の子がうちにいたでしょ? キリスト君。二人とも思い出せる?」


 それには、まず雇用者の店長が答え、


「ああ、思い出せる。あの礼儀正しい新人のことだろ?」


 続いて、クロウも答える。


「指名手配されたかと思えば、すぐに解除されたやつな。逸材だったから、いつか俺のパーティーに入れようと思ってたやつだ」


 二人の評価は高い。そのキリストという少年の才能について、二人で夜まで深く話しあったこともあるほどだ。


「その彼が決勝戦に出るっぽい。いま北エリア準決勝で勝ってた」


 そして、その少年が『舞闘大会』の出場者であることを二人は知る。


「はあ?」

「はあ?」


 これには二人とも同じ声を出してしまう。


 当然の反応だ。

 なにせ、一ヶ月前に少年キリストは、迷宮の一層から大火傷を負って逃げてきた探索者なのだ。

 二人の中にある少年のイメージ、才能はあれど運のない子供――決して、熟練の探索者であっても出場すら難しい『舞闘大会』で見ていい子供ではない。


 『舞闘大会』に挑戦したことのある二人だからこそ、そのリィンの言葉を信じるのは難しかった。


「本当だって! 本当にいたの!!」

「いや、しかしな。おまえも知ってるだろ。坊主は一ヶ月前に、命からがら迷宮から酒場まで逃げてきたんだぞ……?」

「でも、勝ってた! すっごく強かった! 目に留まらない速さだった!!」


 まだ興奮が収まらないのか、リィンは片言で試合内容を伝えていく。

 店長とクロウは仕方なく、持っている大会の資料を確認する。リィンが嘘をつくような人間でないことは、長い付き合いで理解しているからだ。しかし、資料の名前欄にキリストという名前はなかった。


「えっと……新人の名前はないぞ?」

「それがね! 記憶喪失っぽいような、なんかそんな感じだったんだって! 名前はアイカワ・カナミってなってた! やっぱり、あれ偽名だったんだよ!」


 以前からキリストという少年が偽名を使っていると、リィンは疑っていた。

 それは店長とクロウも同じだったので、そこを強く否定はできない。


「わ、わかった。なら明日、決勝戦見るから一緒に確認しようぜ」

「本当だから! 本当の本当にいたんだから!」


 他人の空似もある。見ないことには判断できないと、クロウは決勝戦を共に見る約束を取り付けて話を終わらせる。


「新人のやつ……」


 店長だけは騒ぐ二人を置いて、軽く空を仰ぎ見ていた。


 一人で空を見上げ、滅多に見せない微笑を見せる。それはキリストという少年を拾ってきたときに覚えた予感が、いま確かなものになったからだ。


「――店長! 店長も確かめてくださいね! 本当にキリスト君だったんですから!」

「わかってる。見に行くっての」


 店長も約束をする。

 こうして、三人で『舞闘大会』決勝戦を見に行くことが決まり――



◆◆◆◆◆



「――あ、こっち見た! いま見たよ!」


 そして、決勝戦。

 雲一つない快晴の空の下、鼓膜を破くような大歓声に包まれて、少年キリストが姿を現す。


「あいつ……」


 店長は声を漏らす。


 身に纏う服は、初めて出会ったときと比べようがないほど豪奢なものだ。司会の実況を聞けば、隣国のギルドマスターをやっていて、『竜殺し』も果たしたらしい。たった一ヶ月の間に、何をやっているのかと呆れるしかない。


 その間も、リィンは席を立ってはしゃぎ続ける。


「私たちに向かって礼したよ! 目が合ったもん! もう間違いないって!!」


 隣に並ぶ店長とクロウも認めるしかなかった。その顔を忘れることはなかった。

 クロウは震えながら、店長に話しかける。


「店長、覚えてるか……?」

「ああ。そういやおまえ、新人と組んで『舞闘大会』で優勝してやるなんて言ってたな」

「ち、ちげえよ! そっちじゃなくて、あの坊主の才能のことだ! 酒場で坊主なら『舞闘大会』だっていけるって話しただろ!?」

「ははっ、わかってる。あのまさかのまさか……その通りになっちまってるとはな……」


 しかし、たった一ヶ月でとは思わなかった。


 だからこそ、クロウは震えている。薄らと予感していた店長だけは、冷静に少年キリストを見つめ――ぽつりと一言漏らす。


「……ただまあ、応援の甲斐が出てきたってのは間違いねえな」


 震えていたクロウは昨日の壮絶な試合を思い出して答える。


「店長。坊主のやつが、あのローウェン・アレイスに勝てると思うか?」

「勝てるかどうかじゃねえ。……俺たちがすべきことは一つだろ」

「……そうだな。ははっ、難しく考えることはないな!」


 これは『舞闘大会』。

 試合だ。

 そして、目の前には、いつかのウェイターの少年。

 話したことがあって、笑い合ったことがあって、酒場の身内だったことがある。

 やることは一つだった。


「坊主ぅー! 応援してるぞぉおおお!」


 クロウは叫び、店長とリィンが続く。


「行けるところまで行けぇ、新人!!」

「キリスト君! 頑張ってー!!」


 そして、会場内に響く司会の宣言――


(それでは! 『一ノ月連合国総合騎士団種舞踏会』決勝戦! ――開始っ!!)


 試合が始まる。


 少年キリスト――いや、少年相川渦波の決勝戦が始まる。

 この異世界で出会った多くの人々に見守られて、いま――





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― 新着の感想 ―
[良い点] 酒場組! 予選でローウェンがリーパーに怪我も厳禁って言ってくれててよかったなクロウさん……いやローウェンはどっちでもよくて元はカナミさんのお願いだっけ。 酒場組の特典には当たったことがなか…
[一言] まさか二話も開示してくれるとは… 感謝です!
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