5-3.グレン・ウォーカーの二回戦(三章裏のグレン)
エルトラリュー国とラウラヴィア国の狭間にあるフウラ川――そこで開催される『舞闘大会』がようやく始まった。
もう二回戦だが、僕はシードなのでこれが実質初戦である。
今日も、燦々と太陽の輝く絶好の殺し合い日和だ。
慣れ親しんだ闘技場の中心で、僕は連合国のファンたちから声援を貰う。
自分が見世物の動物であることを理解しながらも、愛想笑いで答えていく。それが僕の仕事だ。そして、使命でもある。
少し遠くで『舞闘大会』の司会が選手の紹介をしている。
(――そして、我らが連合国『最強』に挑戦するのは、いま本土で大活躍中の狩人チーム『アヴァランチブロウ』! 本土ではウォーカー卿に匹敵するほどの人気がある冒険者であると聞いております! その背の弓矢で、果たして『最強』に穴を穿つことができるのかぁあ!?)
『最強』の僕の紹介が終わり、対戦相手の紹介に移るところだった。
すぐに僕は対戦相手まで歩み寄り、にこやかに挨拶をかわす。
「グレン・ウォーカーです。今日はよろしくお願いしますね」
「胸をお借りします。あなたの武勇は本土まで届いておりますので……」
「ははっ、そうですか」
自分のありもしない武勇が、海の向こう側まで届いていることに苦笑する。
それを対戦相手たちは余裕と受け取ったのか、少し顔をしかめた。
その顔をゆっくりと僕は眺める。対戦相手の『アヴァランチブロウ』さんたちは、誰もが大きな身体をしていた。そして、まさに狩人といった感じで、身体に緑色と土色の軽装を纏い、腰に湾刀を、背中に弓を背負っている。
少しだけ僕は疑問を思い浮かべる。
狩人チームと言っていたが、こうも狩人みたいな格好をしていいのだろうか? 獲物に狩人と気づかれたら――
(――なんとっ、彼ら『アヴァランチブロウ』が本土で狩ってきたモンスターの中には、小型といえど竜種もいるとのこと! 『竜殺し』のウォーカー卿といえど、これは油断なりませんね!)
ああ、人間相手じゃなくてモンスター相手の狩人か。
ははは。
狩人と聞いて、自然と人間相手の仕事と考えてしまうなんて、もう病気も末期だな。
「どうかしましたか? ウォーカー卿」
にやにやと笑う僕を見て、仲間となってくれている部下たちが声をかけてくれる。
それに僕は何でもないと答えて、試合の指示を行う。
「大丈夫だよ。あと、試合中はパフォーマンスしないといけないから、僕がいいって言うまで手を出さないでね。たぶん、一人で十分だから」
対戦相手に聞こえないところで段取りを決めていく。
僕は小細工専門のスカウトだが、圧倒的な力をもった英雄であるということになっているので、それを試合で演出しないといけないので大変だ。
(――それでは『一ノ月連合国総合騎士団種舞踏会』南エリア第三試合、開始します!)
そして、試合は始まった。
こちらは僕一人が突出している陣形で、向こうはリーダー格の男だけが一人退いている陣形だ。
僕は散歩でもしている感覚で、無造作にチーム『アヴァンランチブロウ』に近づいていく。正直なところ、所詮は人対人の戦い――気は楽なものだ。
たとえ、向こうが化け物相手のプロだろうと、こちらは人体のプロだ。この試合形式で後れを取る可能性など、欠片もないつもりだ。
その僕の余裕たっぷりの前進に対し、敵チームの前衛二人は取り乱すことなく冷静に剣を構えて駆け出した。
「かかるぞ!」
「ああ、作戦通りに進めよう!」
流石はモンスター相手に鍛えた胆力だ。この程度の事態では動揺しないようだ。
ただ、どちらにしろ、その程度の考え方では、到底僕には届かないが――
「――な!? どうやって……?」
「馬鹿な……!!」
僕と敵二人が交錯した瞬間、二人の構えていた剣が僕の両手におさまっていた。僕にとっては慣れた盗みの技だったが、二人は驚きを通り越して唖然とする。
そこへ司会の実況が加わる。
(あ、圧倒的ぃい!! このレベルの大会で、相手の武器を奪うという光景は滅多にお目にかかれることはありません! 恐ろしい『剣術』の技量! 流石の『最強』! 流石は連合国の『英雄』、グレン・ウォーカーだぁあ!!)
『剣術』じゃなくて、『盗み』なんだけどなあ……。
ちょっと贔屓が過ぎる気がする実況だ。
運営側から僕を持ち上げるように指示が出てるのかもしれないが、もう少しボリュームを落として欲しい。
「リーダー! やつの足止めをする! 躊躇なく撃ってくれ!!」
その実況で敵は我に返ったのか、武器を奪われた二人は再突進してくる。
ただ、そんな安直な発想をする時点で僕に勝てるわけがない。その雑な試合の組み立てでは、一生かかっても僕は殺せないだろう。
できれば殺して、色々とわからせてやりたいところだけど、ここは我慢して捕縛術で我慢しておく。
懐から長いロープを取り出して、すれ違い様に二人を縛り上げる。
時間は数秒もいらない。相手の動きさえ読めていれば、一息で終わりだ。
そして、そこで敵チームの最後の一人、弓を持ったリーダーの男と目が合う。捕縛術を終えたところの僕に向かって、限界まで引き絞られて放たれた矢が飛来する。
――回避行動は取らない。
僕の持つスキルならば、この距離の投擲物など当たるはずがない。
なので、構うことなく懐から短剣を取り出して、全力で投げつける。
射線上で矢と短剣が交差した。
敵の矢はスパッと僕の髪の毛を一本だけ切った。僕の短剣は敵の弓の弦をパツンッと切った。
リーダー格の男は目を見開く。
必中の自信があったのだろう。遠距離ならば、狩人である自分に有利だと思ったのだろう。しかし、現実は真逆に終わった。
「し、司会……。俺たちの負けだ」
男は力量の差を冷静に理解し、降参を宣言した。
勝てない戦いにむきになるタイプではなかったらしい。ここからさらに試合を盛り上げるプランを考えていたのだが、その前に試合が終わってしまった。
(試合終了! 下馬評通りの結末でしたが、試合内容は余りに圧倒的! 我らが『英雄』グレン・ウォーカー選手の大勝利です――!! 三回戦進出――!!)
司会が宣言を繰り返し、観客たちにも勝敗を伝える。
闘技場内が歓声で包まれ、僕は『英雄』らしくそれに応えていく。
結局、技のほとんどを使わずに勝利できた。
切羽詰れば、本業の短剣や毒薬で戦うことになるのであり難い限りだ。その戦い方は余りに『最強』の『英雄』らしくないのだ。
僕は『最強』の『英雄』として決勝でカナミ君と当たらないといけない。
みんなの期待する理想像として、勝ち進まないといけない。
この大会を逃すわけにはいかないのだ。
早くしないと……、もうスノウさんがもたない。
スノウさんだけは助ける――それが、この『最強』の称号を継いだ者の使命だ。
先代の『最強』だったウィルさんを思い出しながら、それを真似る様に僕は、目も眩む『栄光』の中で笑い続ける。
悲哀の混ざった笑みを顔に貼り付け続ける。
◆◆◆◆◆
試合後、控え室に戻った僕は、すぐに笑顔を消して、冷静に次の予定をウォーカー家の侍従相手に確認する。
「今日も一仕事終わったね。それで次の対戦相手は……?」
「一般枠のローウェンという名前の剣士です」
「ローウェン……? 聞いたことのない名前だね」
「私も聞いたことがありません。しかし、聞いたところ、かなりの腕らしいです」
「少し情報収集しようか。素性はわからなくとも、扱う武器くらいは遠目で見ておきたい」
「その程度でしたら、私共で――」*私共で複数という意味があります
「いや、僕がやるよ。こういう仕事は僕が一番だからね」
本音は時間の節約だ。
専門家の僕ならば何の準備もなく、安全かつスピーディーに情報収集ができる。
――このとき、本当に僕は時間の節約程度の考えで、ローウェンという選手を見に行くことになった。
だが、その彼と目が合っただけで僕は理解するのだ。
この大会の組み合わせを見たとき、グレン・ウォーカーこそが決勝戦でカナミに負ける役だと思っていたが――それは間違いだった。
ローウェン・アレイスこそ、自分よりもカナミの決勝戦に相応しい『本物の敵役』であることを、次の試合で僕は知ることになる。
そして、久方ぶりの歓喜の混ざった笑みを顔に貼り付けるのだ。




