5-2.『舞闘大会』予選(三章裏のローウェン、リーパー)
そこはラウラヴィアの北東部にある多目的競技場。
大きくもなければ小さくもないどこにでもある石造りの円形の建物で、その中に決闘や訓練を行うための広々としたスペースがある。
ただ、いまはその広々としたスペースが余りに狭く感じる。息が詰まると表現してもいいほどだ。
「さて、私たちは『舞闘大会』の予選に来たわけだが……」
「凄いね! 空気がチリチリしてて、なんだか安心できるよ!」
私――『地の理を盗むもの』ローウェンは、相棒の『死神』リーパーを連れて、この競技場にある砂を敷き詰めた中央スペースまでやってきたのだが……周囲には無骨でむさくるしい者たちで一杯だ。
誰もが物々しい凶器を身につけ、いまかいまかと予選が始まるのを待っている。
この連合国で出場するだけで栄誉とされる最も大きな大会――通称『舞闘大会』に出るため、噛み付かんばかりの殺気を出場者たちは放っている。
『舞闘大会』にシードで出場するカナミたちと違って、私たちは一般枠での出場だ。なので、こうして私たちも予選会場まで足を運ぶ必要があったのだ。今日は弟子のカナミは本物の貴族の舞踏会に参加しているので、同行者はリーパーだけだ。
私は周囲の大人たちに囲まれて、目を輝かせるリーパーに勉強させていく。
「リーパー、そのチリチリは殺意と敵意と言うんだ。これを覚えれば、死角や遠距離からの攻撃に対応できるから覚えておくといい」
「あ、こういうのが殺意って言うんだねー。あ、でも、ローウェンと戦ってるとき、チリチリしたこと一度もないよ?」
「『剣術』の一環として、チリチリしないように気をつけてるからな。当然だ」
「へー。器用だねー、ローウェン」
「『剣術』だけでなく、戦いの基本だぞ。リーパーも殺意なく攻撃できるようにならないと、いつまで経っても私に触れないから練習してみろ」
「うん、頑張ってみる。このチリチリを抑えるのかー。んー、えいっ」
むむむと唸りながら、リーパーは私の背後に回り、とても静かな動きでタッチしようとしてきた。それを私はスキル『感応』を使って、さらりとかわす。
するとリーパーは面白そうに、何度も何度も背中にタッチするのを挑戦しようとする。
結果、私たちは緊張感なく、追いかけっこを競技場内で和気藹々と行うことになる。
当然だが、それを快く眺めてくれる人はいない。ここにいる出場者たちは、その全てが真剣で、中には人生を賭けている者もいるはずだ。
「おいおい、子連れかよ……」
「エルトラリュー学院生より若いのは初めて見たな。最年少じゃないのか?」
「ちっ、ガキが来ていい場所じゃないぞ。うぜえ……」
あちこちから聞こえるように嫌味を言われ、舌打ちをされ、近くで痰を吐かれる。
「あ、あれ? アタシって歓迎されてない……?」
リーパーは立ち止まり、きょろきょろと周囲の様子を見る。
「……ああ、歓迎されてない。しかし、みんないい人たちだから、安心していい。帰るように促してくれるなんて、良識ある人たちだ」
千年前、私がリーパーくらいの背丈だった頃、とある国で大会に出場したときは止めてくれる人なんて一人もいなかった。
小さかろうが何だろうが、生きる為なら命を賭けて道を切り開く。それが当然……という時代だったのだ。
あの頃と比べると、なんと暖かい大会だろうか。小さいという理由だけで周囲は関心を持ってくれて、ちゃんと悪態までついてくれる。それだけで大会での死傷者の数は、かなり減るに違いない。ああ、とても素晴らしい文化・風習だ。
この暗雲のない世界は、本当に生きているだけで感動できるもので一杯だ。
「へー、みんないい人なんだねー」
「ああ」
千年前の私たちは、しみじみと周囲の敵意を味わいながら頷き合う。
その私たちの様子を見て、周囲から「頭が狂っているのか」と囁かれたが、あながち間違っていないので反論などしない。
こうして、私とリーパーは競技場の隅で、周囲の視線を独り占めし続ける。そして、半刻ほどの待ち時間の末、司会者がやってきて、とうとう予選が始まる。
かなりの人数がいるためか、その予選のルールは大味なものだった。
この空間内にいる全員で無差別に戦わせるつもりらしい。最後まで立っていた三チームが勝ち抜きという話に、少しだけ私は落胆する。
もっと趣向を凝らしたものを期待していたのだが、そうもいかないらしい。今年は志願者が多く、時間の都合がつかないのだと司会者に説明され、渋々納得する。
そして、司会者の説明が終わると同時に、すぐさま予選が開始される。
狭い競技場内で全員が得物を持ち、周囲からの攻撃に備える。
生き残ればいいというルールである以上、目立つよりも迎撃を選択するチームが多かった。手始めに睨み合いの時間が過ぎていき、少しずつ作戦を決めていくチームが出てくる。
「このまま睨み合うのは性に合わねえ。そろそろ動くか?」
なかなか有望なチームもいる。
それを私はリーパーと共に、端っこから眺める。
「おい、どうする? 数を減らすか、様子を見るか……」
「両方を兼ねて、まずはあのガキのいるチームからやるか? あの端にいる二人だ」
とあるチームが、私たちを視界に捉えた。
どうやら、組み易しと判断されたようだ。弱いものからやられるのは、いつでもどこでも当たり前の話だが、少し運のないチームだ。
「……待つんだ。このリーパーを舐めないほうがいい。こう見えて、君たちの数倍は強く、君たちの数倍は残酷だ」
もはや、私たちが狙われるのは避けようがない以上、フェアに実力差を先に伝えておく。
当然だが、私の周囲にいた誰もが、その額に青筋を浮かばせていく。
「頭おかしいとは思ってたが、ここまでとはな……」
「舐めてやがるのか……?」
「そこのチビが俺たちより強いだとぉ?」
チリチリと涼やかな殺意に晒されつつ、私はおもむろに座り込むことで、さらに周囲を挑発する。
「今日は私一人でやろうと思ったが、こうも良識ある相手たちならば安心して見ていられるな。……あとは任せた、リーパー」
この予選、リーパーと他の全員でいい勝負になるだろう。
他の出場者たちには申し訳ないが、ここは身内であるリーパーの勉強を優先させてもらう。
「あれ? ローウェン、アタシが戦ってもいいの?」
大人しくしているようにと言われていたリーパーが顔を輝かせる。
「ああ、構わない。ただ――怪我はしないように気をつけてな。ああ、あとカナミが対戦相手にも怪我させるなとも言ってたぞ。血とか一滴でも流れたら、リーパーの負けだ」
「え、相手も怪我させちゃ駄目なの?」
「駄目らしい。出発前、口を酸っぱくして言われた。さて……私には軽くできることだが、さて、リーパーにもできるかな?」
「で、できるもん! アタシだって!」
リーパーはどこからともなく、黒い鎌を取り出し、座り込む私の前に出た。
「みんなを怪我させずに失神させていったらいいんだね! アタシだって軽くできちゃうよー!」
そして、周囲の全てを相手取る意思を表明した。
当然も当然だが、周囲の怒りは加速する。額に浮かんだ血管が切れそうだ。
なにせ、一人は座り込み、もう一人の子供が手加減して戦うと言ったのだ。それなりに腕に自信のあるものならば、黙ってなどいられないだろう。
すぐに挑発に挑発を重ねられた周囲の出場者たちは、リーパーに襲い掛かる。
それを私は座ったまま、後ろから見守り――
――間もなく、予選は終わった。
結局のところ、どう足掻こうとも、結果は一つしかなかったのだ。
その日、予選を勝ち抜いたのは一組だけ。
そして、敗退した出場者たちが口々に「ありえない」と呟きながら帰っていくのが、ラウラヴィアの町に溢れかえった。
その出場者たちの背中を私は少し寂しい気持ちで見送る。
少しだけ生前を思い出してしまい、顔が歪みかける。けれど――
「やったー! 予選突破だね、ローウェン!」
生前と違い、私の隣にはリーパーがいた。
もう、私は一人ではなかった。
「ああ、リーパーのおかげだ」
「でしょー? アタシがいてよかったでしょ!」
それだけで、私は満足だったのかもしれない。
「そうだな……。リーパーがいてくれて、本当によかった……」
ただ、それは『未練』が消えるのと生まれるのを、両方とも含んだ満足感で……それに私が気づくのは、後日のことだった。




