5-1.閑話・ペット飼いたい(三章裏のリーパー、ローウェン、カナミ、スノウ)
それはローウェンとリーパーがエピックシーカーの客人として住み着いてから少し経ってからのことで――
「――ねえ、みんな! ペット、ここで飼っていい!?」
その日の朝、そんな一言を発しながら、ギルド『エピックシーカー』の執務室に入ってくる少女がいた。迷宮で拾ってきた死神の少女――リーパーだ。
その純真なリーパーの発言に、執務室で作業していた全員が答えていく。
「駄目だ」
「駄目だろ」
「……駄目かな」
まずローウェンが即答し、続いて僕とスノウも首を振った。
「まさかの味方ゼロ!?」
その揃った反応にリーパーは驚く。予定では一人くらいは賛同してくれると思っていたのだろう。
「リーパー、ペットを飼うなんて早い。そういうのはもっと、常識を身につけてからだ」
保護者のように――いや、事実、最近は保護者と化してしまっているローウェンが大人の意見を告げる。
「ローウェンの言う通りだ。リーパー、諦めてくれ」
それに僕も同調する。
何より、この執務室で飼おうとする時点で色々アウトだ。
「でもでもっ、凄い可愛いの拾ったんだよ! 運命だよ、これは!」
「返してきなさい」
食い下がるリーパーにローウェンは首を振り続ける。
どこかの一般家庭で見たことがあるような光景だ。
「お、お願い……! ねえ、お願いだから、みんなで一緒に飼おうよ……!」
そして、どこかの一般家庭でも起きているであろう愛娘からの父親へのおねだりが発生する。
目を潤ませたリーパーが僕たちの服の裾を掴んで、下からじっと見上げてくる。
これには流石の僕もローウェンも心が揺らぐ。
じっと見つめ続ける戦法を取ってきたリーパーに、まず僕からあっさりと折れてしまう。
「う、うーん……。リーパーに命の尊さを学んで貰うということで、試しに飼ってみる?」
「この部屋の主であるカナミがいいならば……。確かに小動物程度なら、情操教育にいいかもしれないしな……」
続いて、ローウェンも折れる。
子供の純粋なお願いには弱い僕たちだった。
「二人とも、リーパーに甘くない……?」
当然、それをスノウが咎め、僕たちは無駄に早い反応で目を逸らす。
「そ、それで、リーパー。どんなのを拾ってきたんだ?」
スノウの視線に耐え切れず、急いでリーパーに続きを促す。
「あ、窓から見て。入らなかったから、庭で待たせてるの」
「入らなかった?」
その不思議な発言に首をかしげながら、リーパーが指差す執務室の窓に近づいていく。そして、その言葉の意味を知る。
窓の外――『エピックシーカー』の庭にある大きな木の隣で、毛むくじゃらの何かが蹲っていた。
「……い、犬?」
遠めで見たところ、犬としか見えない。
ただ、その大きさがちょっと……いや、かなり大きいためか、語尾に疑問符はついてしまう。
その疑問符には、続いて窓から庭を見るスノウから説明が入る。
「あー、あれ、モンスターだね。連合国外の左方面の平原に出てくるメジャーなモンスター、バウンドドッグ。旅人の死因ランキング上位に食い込むやつだよ」
死人が出るレベルのモンスターとわかり、咄嗟に『注視』する。
【モンスター】バウンドドッグ:ランク6
「おい、リーパー……。どうやって、ここまで連れてきたんだ、あれ……」
自然と口調が少し荒くなってしまう。
「こう、闇を使って、こそーりとね!」
指先から黒い靄を出して、リーパーは得意げに笑った。
仕方ない。
ギルドマスターとしての責務を果たすしかない。
「よし、ちょっとあのモンスター殺してくるから。待ってろ、リーパー」
「迷いないね!? 待って待って! アタシ、ちゃんと世話するからさ!」
「世話してどうすんだよ……。命の尊さを、ギルドメンバーたちの死で学ぶつもりか……?」
あんなところに放置していたら、何も知らないメンバーが庭で食い殺されてしまう。
「大丈夫! あの子、絶対に誰も襲わないから! 来て来て!」
死人が出ることを危惧する僕だったが、リーパーには絶対の自信があるようだ。その証明をするために、覗いていた窓から跳び出て、階下の庭に降りる。
「あ、だから、窓で移動するな!」
と言いつつ、僕も同じように窓から跳び降りる。
ローウェンとスノウも同様だった。
ちょっとやそっとの高さではびくともしない僕たちだと、窓は丁度いい脱出口である。
僕たち全員が庭に降りたことで、蹲っていたバウンドドッグが起きる。
やはり、異常なほど大きい。人を丸呑みしてしまいそうなほど大きい頭部に、短剣のような白い牙が並んでいる。これをペットとするのは獅子を飼うより危険だろう。
だが、そのモンスターにリーパーは無防備に手を突き出す。
「ほら、お手!」
犬にするかのように芸を強制するリーパー。
その瞬間――僕とローウェンは顔をしかめる。高ランクの感知能力を持っている僕たち二人だけが違和感に気づいた後、モンスターであるはずのバウンドドッグは命令通りにその大きな手をリーパーに突き出した。
「ね! 大丈夫でしょ!?」
それをリーパーは満面の笑みで僕たちに自慢する。
この場で最もバウンドドッグの恐ろしさに詳しいであろうスノウは驚き、不思議そうにリーパーに従うモンスターを眺めて呟く。
「え……。これ、どうなってるの? モンスターが人間の言うことを聞くなんて聞いたことない。もしかして、大発見……? 大手柄? どうにかしてカナミの手柄に――」
よく話し合いたい話がスノウの言葉には混じっていたが、それよりも確認しないといけないことがある。隣に立っている僕と同じぐらい真剣な表情のローウェンに声をかける。
「ローウェン、これ……」
「ああ……」
僕の言わんとすることはわかっているようで、すぐに頷き返し、スノウを止める。
「スノウ君、これは人間には真似できないから報告はやめたほうがいい」
そして、これは人間技ではないこと――そして、連合国の利益にならない現象であることを注意する。それに僕は補足を入れていく。
「これ、モンスターを死の恐怖で縛り付けてるね。モンスターはリーパーを上位のモンスターと誤認してるのかな? それとも、もっと別の何かが……」
「ああ、ここまでモンスターが怯えるとは……。一体何をしたんだ、リーパー」
ここに連れてくれる前のことを聞くと、あっさりリーパーは教えてくれる。
とてもあっさりと恐ろしい言葉を口にする。
「え? ずっと闇の中に入れて、念入りに殺意を当てながらお話しただけだよ?」
拷問過ぎる……。
何も見えない暗闇の中、延々と死神の殺気に当てられたのか、こいつ……。
僕は呆れ、ローウェンは嘆息と共に、エピックシーカーから借りている剣を腰から抜く。
「やはり、リーパーにペットなんて、まだ無理のようだな……。このモンスターは少し可哀想だけど殺すしかないな。モンスター相手に油断は禁物だ」
自分もモンスターだからこそ、その真の恐ろしさを知っているのだろう。迷いなく、飼育は不可能であるとリーパーに伝える。
「え、ええ……。いっぱい時間かけてお話して、ここまで来て貰ったのに……」
しゅんと項垂れて、リーパーは残念そうに呟く。
「リーパー、流石にこれは駄目だ。危険すぎる。もっと小さいやつにしろ」
「もっと小さなやつは……、アタシを見たら逃げるんだもん……」
「それはおまえの殺意が漏れてるからだ。その強すぎる存在感は、訓練次第でどうにかごまかせる。……あとで私が指導してやるから、それまで我慢しろ」
「え? ローウェンが教えてくれるの……? なら……、わかった……」
思った以上にリーパーは素直だった。大して話がこじれることもなく、今回のペット騒動は終わる。
そして、庭のバウンドドッグはローウェンによって苦痛なく息の根を止められた。
結局のところ、リーパーはローウェンの気を引きたくて今回の騒動を起こしたような気がする。このとき僕はこれを、ただの子供の我がままだと思っていたが、それが間違っていたことを『舞闘大会』で知る。
後日、自らの殺気を操れるようになったリーパーを相手に、僕は苦戦することになる。




