4-4.ラスティアラ、ディア、セラの逃亡(三章前のラスティアラ、ディア、セラ)
運命の聖誕祭。
大聖堂から逃げ出した私たちには、多くの追っ手が差し向けられた。
そして私たちは――待ち構えていたアルティに対してカナミを置き去りにして、追っ手の指揮官であるパリンクロンをハインさんが足止めして――逃げ切った。
逃げ切ってしまった。
私たちは当初の予定の半分の人数で、連合国の南にあるグリアードまで辿りついたのだ。
その私たちが、最初に向かったのはグリアードにある安宿。
本当はハインさんやセラちゃんの親戚や知り合いをあてにしていたが、そうもいかなくなった。あのパリンクロンが念入りに裏切りを計画していた以上、安易な逃げ道を選ぶことはできないからだ。
おそらく、いま思いつく安全な場所全てにパリンクロンの罠が待ち受けていることだろう。
ゆえに安全性を妥協し、不特定多数が利用する街の隅にある宿を選んだのだ。
その宿の一室で、私は負傷した仲間ディアの治療を終わらせる。ここに辿りついてから一時間近くも彼女の治療を行い、ようやく終わったところだった。
「ありがとう、助かった……」
ベッドの上に寝転ぶディアは身を起こして、私に礼を言った。しかし、パリンクロンのやつに斬られた傷は深く、彼女の身体には跡が残ってしまっている。この綺麗な身体を容赦なく傷つけたパリンクロンに私は怒りを感じた。
「はあっ、はあっ、はぁっ……。とりあえず、これでもう峠は通り越したかな」
私も重症だったディアと同じくらい息を切らして、ベッドに腰を下ろす。
すると、ディアは真剣な表情で問いかけてくる。
「……ラスティアラ。俺が斬られてからどうなったんだ。教えてくれ。俺は血が足りなくて意識が朦朧としていたから、あまりよく覚えていないんだ」
「それは――」
どこまで話したものかと悩む。
ディアがキリストと一緒に迷宮探索を行い、とても仲が良かったのは知っている。その彼女に現状を教えれば、一人でも助けに行こうとするだろう。
もちろん、そうしたいのは私も同じだ。だが、いまの疲労困憊の私たち二人が出向いても、獲物がわざわざ飛び込んでいくようなものだ。それだけはいけない。
「言い難いってことは、かなり酷いんだな……。いま部屋の中には俺とラスティアラだけ……。他のみんなは捕まったのか?」
ディアは直情的だが、賢くないわけではない。
周囲の情報から、自分たちの状況を上手く推測していく。
それを見て、黙っていても無駄だと私は観念した。
「ううん。全員じゃないよ。セラちゃんは残ってる。いま、彼女には情報収集を頼んでるから、ここにはいないんだ。あれから一時間ほどは経ってるから、そろそろ帰って来ると思うけど……」
そう私が言ったとき、丁度よく部屋の中にフードで顔を隠したセラちゃんが帰って来る。
どうやら、頼んでいたことを調べ終えてきてくれたようだ。
「ただいま、戻りました。お嬢様、使徒様」
「おかえり、セラちゃん。それでどうだった? 私とディアに聞かせて」
「ヴァルトの追っ手は国境あたりで手間取っているようです。国の兵が無断で越境するのは、流石に手続きがいりますからね。いつかは入国するでしょうが、いくらか時間はかかるでしょう。グリアードのほうから追っ手が出ているようには見えませんでしたので、もう少し休息できそうです」
「よかった……」
追っ手の動きから薄らと気づいていたことだが、やはり越境することで追っ手の数は激減するようだ。だから、あんなにも兵たちは必死に、ヴァルト国内で捕まえようとしていたのだ。
「そして、聖誕祭の一件ですが、情報の早いところではもう噂が届いているようです。かの大聖堂に悪質な逆賊が入り込み、聖誕祭の姫がさらわれたと、グリアードのいつくかの酒場で話を聞きました」
狼の獣人であるセラちゃんは耳がいい。その特長を活かして、酒場の噂話も拾ってきてくれたようだ。
フーズヤーズで最も諜報員に向いている能力を持つ彼女によって、次々と状況がわかっていく。
「他は……『天上の七騎士』の数名が裏切り、使徒様も行方不明となったと噂されています。いずれ、それらの身柄を拘束したものには賞金が出るようなお達しが広まることでしょう」
「私としてはヴァルトにあったキリストの家の炎上についての情報が知りたいかな。それについては?」
「それは私も一番気になってましたので、最優先で調べました。けれど、あの火事は誘拐事件と別件で扱われていまして、あまり情報がありません。わかったのは火事があったものの、すぐに鎮火。犠牲者はゼロということだけ。小さな事故として処理されてます」
「死体は出なかった……。つまり、キリストとマリアちゃんは私たちと同じで逃亡中か、捕まったか。それとも、隠蔽されたか」
集まった情報から状況を推測していく。
それにセラちゃんも協力してくれる。
「悪質な逆賊が逃亡中とのことだったので、少なくともフーズヤーズには捕まっていないと思います。ただ、パリンクロンのやつの手に落ちた場合、あいつは二人を秘匿する可能性が高いです」
「うん、私もそう思う。あいつはそういうやつだから……」
そこまで聞いたところで、ずっと黙って聞いていたディアが反応する。
「キリストがあの男の手に……!?」
ディアの目の色が変わった。
他の情報などどうでもいい――それだけは許さないとばかりに、ベッドから降りる。
そして、部屋から出ようとする。
「行こう。どちらにしろ、いますぐ助けに行くのが一番だ。早ければ早いほうがいい」
「ま、待って、ディア。まだ情報が少なすぎる。いま行っても、待ち構えてるパリンクロン相手に負けるだけ。せめて、キリストの居場所くらいはわかってからじゃないと――」
それに、下手をすれば、あの守護者アルティも待ち構えている。
そうなれば、返り討ちになる可能性はとても高い。
キリストもマリアちゃんも助けるためには、ここで選択を間違えるわけにはいかない。
「大丈夫だ、ラスティアラ。俺は不意打ちさえ食らわなければ負けはしない」
だが、その慎重な提案はディアの望むところではなかったようだ。
「大丈夫じゃないよ。あのパリンクロン・レガシィって騎士は、その不意打ちが一番得意なやつなんだよ。まともに戦えば、絶対に裏をかかれる」
「なら、まともにやらなきゃいい。そいつが居そうなところを更地にすればいいだけだ」
「そ、それ、本気で言ってる?」
そのディアの過激すぎる提案に、私は冷や汗を流しつつ確認を取った。
「もちろん、本気だ……! あのパリンクロンってやつだけは許せない! 絶対に許せるもんか! 大事なときに裏切りやがって、あいつ! そのせいで、キリストが一人、あの守護者のところに取り残されたんだ――! たった一人で!!」
返ってきたのはディアの叫び。
我を忘れたかのように、髪を振り乱しながらキリストのところへ向かおうとする。しかし、その足取りは頼りない。ベッドから部屋の扉へ向かうだけで、転びそうになっていた。
「落ち着いて! ふらついてる! 休息をとらないと、ディアの身体がもたない!」
私が全力で傷を治したとはいえ、身体から抜けた血が返ってきたわけではない。
少なくとも、いますぐ戦闘できるほどの力が戻っているはずはない。
すぐに転びそうになるディアの身体を私は支えたが、ディアはその手を振りほどこうとする。
「止めないでくれ、ラスティアラ……。俺は助けに行かないといけないんだ……。キリストは俺の仲間なんだ……。大切な仲間なんだ……」
キリストの名前を繰り返して、前へ進もうとするディアの横顔には狂気が浮かんでいるように見えた。まるで何かに憑かれたかのように――いや、『呪い』にかかったかのように仲間であるキリストを助けることにこだわっている。
見かねて、ずっと手を出すのを控えていたセラちゃんも口を出す。
「お、落ち着いてください、使徒様……!!」
左右から制止の声がかかる。しかし、それでもディアは止まらない。
いや、もしかしたら声が届いていないのかもしれない。
ディアは誰もいない方角を見ながら、ぶつぶつと呟く。
「ああ、早く行かないと……! 俺が『俺』であるためにも、キリストは絶対に助けないと駄目なんだ……! じゃないと、俺は何のために『私』を――」
一人称が滅茶苦茶になっている。
間違いなく、いまの彼女は普通じゃないと理解し、私は強硬手段を選択する。
「なんかおかしいねこれ! 仕方ない! まずは取り押さえよう! セラちゃんは、じっとしてて!」
「し、しかし、お嬢様――」
敬虔な教徒であるセラちゃんでは、使徒と崇められるディアに手は出しづらいだろう。何より、中途半端に介入されると危険というのもある。
大聖堂から逃げ出す道中にディアの実力の一端を見たが、あれを暴走させられると歴戦の騎士のセラちゃんでも危ない。
「ディア、ごめんね!」
謝りながら、私はディアに掴みかかりに行く。
私とディアの距離は一メートルほど。ゆえに、すぐに勝負は決まる。
「邪魔だ! ――《フレイム・アロー》!」
まず、振り向きざまにディアは魔法を唱えた。
右腕が私のほうへ向けられていた。その彼女の手のひらを見て、その魔力の収束の度合いに鳥肌が立ち――その悪寒に身を任せて、身体をひねる。
瞬間、閃光が奔った。
「な――!?」
魔法名は火炎魔法だった。しかし、出てきたのは光の槍とでも呼ぶべき代物で、その槍が私の肩をかすめた。その火力から、直撃すれば昏倒することを理解する。
そして、ディアがその気になれば、もっと速くてもっと強い光の槍が飛んで来ることも理解する。
「――《フレイム・アロー》!」
一呼吸の間もなく、体勢を崩した私に二射目が放たれた。
恐ろしい連射速度だ。しかし、一度見た魔法だ。何より、本来その魔法は、こんな近距離で使うものではないというのもある。
私は手のひらの射線から逃れるように動く。どれだけ疲労していようとも、こんな条件で魔法使い相手に負けるほど、私は弱くない。
その二射目を避けつつ、私はディアの背中を取り、後ろから彼女の両脇に腕を通す。
「ディア! 一人で行っても、こうなるだけだよ!」
力不足であることを訴えつつ、彼女の軽い身体を持ち上げる。
「ならこうするだけだ! ――《フレイム》!!」
だが、まだディアは諦めない。
炎を身体から滲ませ、背中にいる私を焼こうとする。
「熱っ――!」
熱によって身体が硬直する。ディアを手放しそうになる。
けれど、私は痛みに耐えて、燃えるディアの身体を抱き続ける。
その状況に先に音をあげたのはディアだった。困惑と心配の混ざった表情で、少しだけ狂気が薄れる。
「お、おい! 離せ、ラスティアラ! このままだと――」
「離さない!!」
私は叫ぶ。
絶対にディアは行かせない。
その叫びは、誓いに近かった。
「私はもう誰の手も離したくない! それが、これからの私の生き方! キリストもマリアちゃんもハインさんもっ、みんな私の手から離れていったけど、ディアは離さない! そう決めた――!!」
今日一日で色々なものが、この手からこぼれていった。
それを後悔した。
けれど、もう二度とそんな後悔はしない――! したくない!
「ラスティアラ……!」
その決死の覚悟が伝わったのか、少しずつディアの炎が弱まっていく。
少しだけ私は安心して、優しく後ろから彼女の頭を撫でる。
「……お願い。落ち着いて、ディア。怒りに身を任せてもいいことなんかないよ。例えばさ……。劇とかだったら、そういうやつから死んでくもんだよ? だから、落ち着いて」
「げ、劇って……。いや、言いたいことはわかるけどさ……」
ディアは呆れながら、身の炎を完全に解いた。
その表情から狂気が消えているとわかるが、呆れられる理由が私にはわからなかった。
「あれ? いま私、変なこと言った?」
私としては一分の隙もない理論だったが、ディアにとってはそうではなかったのかもしれない。
「いや、ラスティアラの言うとおりだ……。重要なのはキリストを取り返すことで、復讐じゃない。……ごめん。短気なのは俺の悪い癖だ」
ディアは申し訳なさそうに謝罪した。
その言葉を聞いて、私は彼女を解放する。
「よかった……。けど、ディアの場合、短気というよりも――……まあ、いっか」
ディアは自分が短気だから、いまの行動に出てしまったのだと本気で思っているようだ。
だが、私からすると少し違うと思う。
いまのはキリストが関わっていたから余裕を失った――そう見えた。
おそらく、この子はキリストのことになると見境がなくなる。下手をすれば、あのマリアちゃん以上に危うい可能性がありそうだ。
そんな私の心配をよそに、ディアはしゅんとうなだれて反省する。
「パリンクロンのやつに仕返しするよりも、キリストの安全のほうが大切だ。それなのに、俺ってやつは……。熱くなるとほんとに駄目だな……」
その素直な反応に、キリストのことさえなければいい子であるとわかる。
「っふう。冷静になってくれて私は嬉しいよ。このまま、ディアにこんがり焼かれると思った」
「そんなことするわけないだろ。ラスティアラはキリストが選んだ仲間だ。俺は仲間を傷つけはしない」
「いや、でも気絶させようとはしたよね? さっきの光のやつで」
「て、手加減はしてたぞ? 本気の十分の一くらいだ。当たっても、肉を貫くほどじゃない。衝撃を重視した《フレイム・アロー》だったからな」
ディアは目を逸らしながら嘯く。
もし、当たってたら大惨事だっただろう。彼女の横顔から垂れる冷や汗からわかる。
少しずつディアの性格がわかってきた。あの冷静すぎるキリストとは逆に、すぐ激昂して周りが見えなくなる性格のようだ。つまり、いまは私が冷静な役回りを務めなければならないということになる。
性に合わないが、仕方なく冷静な役を務めることにする。
「……よし。いまのは忘れよう。喧嘩なんて仲直りして、忘れるのが一番っ。それよりも、まずは体調を整えて、万全になることが大事だからね」
「ありがとな、ラスティアラ。確かに俺とラスティアラが万全になれば、敵なしだ。もし戦うとしても、それからだ」
「うんうん。それに休んでる間に、案外グリアードまでキリストたちが来るかもしれないしね。だから、まずは休息と情報収集っ。それでいい?」
「了解。しばらく俺はラスティアラの方針に従うことにする。俺は結構頭に血が上りやすいから、誰かの指示をもらって動いたほうがよさそうだ……」
「オッケー。よーし、いい感じに話がまとまったー。あー。よかったよかったー」
やっと一段落ついた。
私とディアは笑顔で握手して、仲間であることを再確認する。
ただ、それに水差す声が割り込む。
「あの……、お嬢様方……」
「ん、なに?」
セラちゃんが部屋の壁を指差していた。
「その、宿に穴が……」
そこには拳ほどの風穴が空いており、外からの風が入り込んでいた。
かわしたディアの《フレイム・アロー》の被害である。
「あ……」
「あ……」
私とディアは同時に声を漏らす。
「お嬢様、使徒様……。早めに逃げましょう。この宿には悪いですが、修繕費をいま私たちは払えません……」
セラちゃんは急いで身支度を整え始める。
その様子から、私はこのパーティーの財政状況を思い出す。
「そういやそうだね。私たち、着の身着のままできちゃったからねー」
「俺のお金もキリストが持ってるからな……」
儀式用のドレスだけが私たちの財産だ。
それとセラちゃんが普段から持ち歩いていた財布だけ。流石に、彼女のお小遣いだけで修繕まではできない。
仕方なく、私は方針に付け足しをする。
「えーと、では追加をー。拠点を変えて、お金溜めもしましょー。というわけで、まずは逃げよっか。この宿には、もっと余裕のあるときに謝りに来るということで」
「悔しいですが、そうするしかありませんね……」
その犯罪行為に潔癖症のセラちゃんは顔を歪める。
それに魔法を撃ったディアが謝罪する。
「すまない、狼の人。俺のせいで……」
「いえ、使徒様は悪くありません。気持ちはよくわかりますので」
いますぐにでもパリンクロンのやつを成敗したい気持ちはセラちゃんも同じだったようだ。ディアを慰めるように優しく答えた。
その流れに私は全力で乗っかっていく。
「うん、誰も悪くない! 悪いのはパリンクロン! あいつあいつ!!」
それにディアもセラちゃんも、不器用ながらも乗ってくれる。
「あ、ああ。あいつさえいなけりゃ、こんなことにはならなかったからな……!」
「え、ええ。間違いありません。この店に穴が空いたのは、使徒様でなくパリンクロンやつのせいです。おのれ、パリンクロン。相変わらず、姑息で非道な真似を……!」
こうして、私たちは「パリンクロンのせい、パリンクロンのせい」と繰り返しながら、身支度を整え、窓から宿を逃げ出したのだった。
少しだけトラブルはあったものの、この新生パーティーの結束は固まった。
そう思えるだけの連帯感が、そのとき、私たちにはあった。
◆◆◆◆◆
そして、その二日後。
拠点を変えた私たちは、軍資金が尽きる。
とうとうセラちゃんが持ち歩いていた銀貨がゼロ枚となったのだ。
しかし、その間に私とディアは体調を取り戻していた。もちろん、ヴァルトやフーズヤーズの追っ手が少しずつ越境してきているので、熟睡できることなく完全な状態とは言えないが……。
それでも、どうにかお金を稼がなければ、宿に泊まるどころか食事さえできなくなる。
「――というわけで、小金稼ぎに来たわけだけど」
「迷宮に来るのは久しぶりだな」
やむを得ず、私とディアはグリアードのほうから迷宮に入っていた。
セラちゃんは情報収集のため別行動だ。何より、グリアードの街に一人はいなければ、もしキリストが辿りついたとき《ディメンション》があっても私たちがここに滞在していることが伝わらない。
私たちは迷宮の『正道』を離れ、人目のつかない回廊を歩きながら話し合う。
「身体の調子の確認ついでに、パーティー戦闘の練習も兼ねようか。いつか、パリンクロンとかアルティとかと二人で戦わないといけなくなるかもしれないからね。えっと、いままではキリストとどうやって戦ってたの?」
「基本的にはキリストが索敵と壁役をしてくれて、俺が後ろから魔法で貫く感じかな」
「まずはその模倣で行こうか。先導は任せてね」
「ああ、頼む」
狙う階層は三層付近。
そこで安全に生活費だけを稼ぐつもりだ。できるだけ、人のいないエリアを探して、そこで一体ずつモンスターを仕留めていこうと思う。
そして、私は手ごろな四足歩行の獣型モンスターを視認し、それをディアに伝え――
「よし、一体見つけた。ディア、あそこに――」
「――《フレイム・アロー》!」
伝えた途端に、例の光の槍が敵を貫いた。
「は、早いね」
「いや、あそこまで近づいたら、こっちはもう撃てるから……」
「もしかして、モンスター見つけるの、私遅い?」
「え、ああ、まあ……。キリストと比べるとな……」
遅いようだ。
だが、仕方ない。いまは張り合うことよりも、狩りが楽なことを喜ぼう。
「それにしても、いい火力だね。何より、いまの魔法で全然MPを消費してないのが凄い」
「他にも色々できるぞ。……アルティのやつに色々と教えてもらったからな」
「アルティに? あっ、そういえばそんなことキリストが頼んでたっけ」
十層の守護者である彼女とは何度か話したことがある。
ただ、アルティはマリアちゃんと共に家を焼いたので、いまのところは敵だ。それにしても、なぜ彼女は敵となるであろうディアにも魔法を教えたのだろう。理由をつけて断ることはいくらでもできたはずだ。
そんな私の疑問は顔に出ていたのか、すぐにディアが答えを出す。
「たぶん、あの黒髪の子が駄目なら、俺を利用する気だったんだろ」
「そう、なのかな……?」
利用するのとは少し違う気がする。
少しだけの交流だったが、あの少女に似たモンスターは他人を利用するような存在には見えなかった。いや、どちらにしても、もう敵なのだけど……。
「だが、俺に力を与えたことを、あとでアルティには後悔させてやる! いまや、俺に近距離も中距離も隙はない! ――《フレイム・アロー》!!」
ディアは魔法を使って、かつての師との決別を喧伝する。
その魔法は、遥か遠くにいたモンスターを見事貫いていた。
素晴らしい射程と精密さだ。魔法において、彼女は私よりも上なのは、もう間違いない。
「おー、すごい。こりゃ、セラちゃんって足がなくても安心かな」
接近戦に難があったマリアちゃんと違って、ディアの魔法には安心感がある。
まず魔法の速度がまるで違う。『詠唱』なく、ディアは圧倒的な魔力を放つことができる。その連射力と燃費は両方とも脅威だ。さらに言えば、私にやったときみたいに近距離を器用に焼くこともできる。確かに全距離で隙はないと言っても過言ではない。
これは三層よりも深くで探索しても問題なかったかもしれない。
「よし、これならお金溜めが捗りそうだね」
「ああ、どんどんモンスターを倒そう」
私たちはモンスターを探して、迷宮の回廊を進む。
当然だが、私たちを脅かすようなモンスターは一匹もいなかった。なので、途中で二手に別れて敵を倒すことにした。
しかし、それでもなかなか効率よくモンスターを狩れない。
単純にモンスターを見つけるのが難しいのだ。いかにキリストの敵を索敵できる次元魔法が異常だったか、よくわかる。
とにかく、もうお金に困ることは起きないよう、私とディアはモンスターを狩って狩って、狩りまくった――
◆◆◆◆◆
――その結果。
「いやー、前は気にならなかったけど、本当に探索者って儲かるなー。これでもう、泊まるところに困りそうにないかも」
グリアードの換金所の外で、私は満面の笑みを漏らす。
もちろん、街では安い襤褸切れを何重にも纏うことで私たちが噂の『現人神』や『使徒』であると悟られないようにしている。儀式で着ていたドレスは念入りに焼いて捨てた。換金所の受付の人も、いまの汚い私たちを見て、駆け出し探索者と判断してくれた。
「久しぶりにまともな迷宮探索した気がするな。キリストと探索すると敵影を見る前に狙撃ばっかりだったから」
ディアは嬉しそうに自分で稼いだお金を懐に入れる。
おそらくだが、今日のように自分一人だけの力でモンスターを倒した経験があまりなかったのだろう。あの過保護なキリストのことだ。どんなときもディアの傍にいて、私のように彼女を単独行動させたことはなかったのかもしれない。
「それは正真正銘ディアの稼いだお金だから、なくさないように気をつけてね。それじゃあ、宿屋のほうに戻ろうか」
「ああ、これで今日も宿を変えることができる。正直、昨日のは安宿すぎてきつかった」
「んー、私は嫌いじゃないけどね。駄目だからこその趣ってあると思う」
追われている私たちは、できるだけ一箇所に留まらないように気をつけている。そして、今日の稼ぎから、よりよい宿屋に移れるのは間違いない。
それをディアは心から喜んでいた。
そんな雑談をしながら、私たちは話題の安宿に帰って来る。
グリアードの街の隅――路地裏の中にひっそりと建つ宿で、正直なところ、真っ当な人間が利用しているとは思えないところだ。
そこで借りた自室に戻ると、私の信頼する騎士が出迎えてくれる。
「あっ……。お待ちしてました、お嬢さま方」
いまにも尻尾を振りそうな笑顔で、セラちゃんは私たちに頭を下げる。
「おっ、もう帰ってきてたんだね。どう? そっちのほうは」
まずセラちゃんに頼んでいた情報収集の成果を確認する。
「順調です。信頼できる騎士――というより、ラグネと会うことができましたので」
「え、ラグネちゃん? 大丈夫なの?」
大聖堂では敵側に回っていたので、彼女と接触したことに少しだけ不安を覚える。
「心配いりません。どちらかと言えば、ラグネも儀式には否定的でした。私が制止をかけなければ、いまここにいたかもしれないほどです」
「そっか。ラグネちゃんは私寄りでいてくれてたんだね……」
大聖堂で敵に回っていたことを残念に思っていたが、それはセラちゃんがラグネちゃんの立場を考えて指示したことだったようだ。
彼女との友情が残っていることに私は頬を綻ばせる。
「そのおかげで色々なことがわかりました。しかし、お嬢様には残念なお知らせを伝えなければなりません」
「構わないよ。覚悟してるから」
「まず、フーズヤーズが確認した死亡者を報告します。まず、ハイン・ヘルヴィルシャインが死亡。あと、十層の守護者も消滅したようです」
「……そっか。やっぱり、ハインさんは……」
「はい。彼は彼の願いのため、全力を尽くしたようです。なので、お嬢様が悲しむことは、その……」
セラちゃんは不器用ながらも私を慰めようとしてくれる。
正直、覚悟していたことではあった。
私たちがあの絶望的な包囲から抜け出せたということ――それはつまり、ハインさんが限界を超えて戦ったということに他ならない。
しかし、それはハインさんの望んだことだ。彼のためにも私は涙を見せることなく、立ち止まらないことを胸に誓う。
きっと、彼ならそれでこそ私であると言ってくれるだろう。
「大丈夫。ハインさんは私にとって最高の騎士で、最高の先生だった。悲しいなんて思わない。誇りに思うよ。……それで、その二人が死んだのはわかったけど。なら、キリストとマリアちゃんはどうなったの? あのあとのことはわかる?」
あのとき、私たちはアルティとキリストとマリアちゃんの三人を置いていった。
そのうち、アルティだけが消えたということは、キリストが勝ったとは思うが……。
「わかりません。フーズヤーズでは、二人とも誰の手にも落ちていないという扱いになっています」
「なのに、二人はグリアードまで来てない……」
もし、キリストが誰の手にも落ちていないのならば、マリアちゃんと一緒にグリアードまで来てるはずだ。
そして、《ディメンション》を使って私たちと合流してる。
「このことから、おそらくは――」
「パリンクロンのやつか……」
「はい。パリンクロンが二人を手中に収め、秘匿している可能性が高いです。あいつはキリストのやつにこだわっていたふしがありました。彼を使って、何かよくないことを考えていると思われます」
考えられる限り最悪なパターンだ。
これではパリンクロンの一人勝ちだ。キリストや私たち、さらにはフーズヤーズという国も出し抜いて、たった一人が得をしている。その手腕に私は歯軋りする。
もちろん、隣で話を聞いていたディアもだ。その身から膨大な魔力を漏らして、いまにも爆発しそうだ。
「しかし、朗報もあります。独自に調べていてくれたラグネのおかげで、パリンクロン・レガシィの居場所がわかりました。いま、あいつはラウラヴィア国の庇護下にいるようです。フーズヤーズでやらかしたため、いま最も安全な国に逃げ込んだようですね。そこで過去に所属していた『エピックシーカー』というギルドに戻り、何かをしているようです」
「ラウラヴィアか……。確かにあそこなら、フーズヤーズも手を出し難いね」
きっちりと法で固められているフーズヤーズと違い、ラウラヴィアは自由奔放な風潮がある。
同じ連合国ながら、その仲は最も険悪と言ってもいいだろう。ヴァルトではなくラウラヴィアを頼ったのは、これからのフーズヤーズとの交渉で優位に立つためのはずだ。相変わらず、人脈の広いやつだ。そのときそのときで、最も適切な居場所を探すのが上手い。
「ラスティアラ、俺はラウラヴィアに行きたい。駄目か?」
話が終わったのを確認したディアが、殺気をまとった状態で聞いてくれる。ここで承諾を得ようとしていることから、まだ冷静さは残っているようだ。とはいえ、これ以上押さえつけたら、いつ爆発するかわからない。
「……そうだね。いまわかってるのはパリンクロンの居場所だけ。なら、そこに行くしかないかな。キリストたちの居場所はあいつしかわからないっぽいし」
何より、一番の難敵だと思っていたアルティがいないことが大きい。
パリンクロンだけが相手ならば、入念に準備をすれば圧勝できる自信はある。
「よし。ラスティアラとのコンビネーションも磨きがかかってきたしな。パリンクロンのやつをぶっ飛ばして、キリストの居場所を吐かせてやろうぜ」
「それが一番かな。このまま、じり貧になるのも嫌だしね」
いつかはグリアードにも追っ手が増えて、出歩くことすら難しくなるだろう。今日も、フーズヤーズの兵を幾人か見つけた。昨日よりも、間違いなく増えている。
それならば、早々に勝負に出たほうがいい。
「ああ、ようやくか……。あと少しだ。あと少しで、キリストに――」
ディアは笑いながら呟く。
というか彼女が限界を迎えると、連合国のどこかが更地になる。他に選択肢はない。
「決まり。すぐにでもラウラヴィアへ行こう。で、『エピックシーカー』ってギルドの誰かを捕まえてパリンクロンの居場所を吐かせて、そのパリンクロンからキリストたちの居場所を吐かせる」
「ああ、パリンクロンのやつの相手は俺に任せてくれ。とりあえず、斬られた分はやり返す。必ずな」
「使徒様、私もお手伝いします。パリンクロンのやつを共に叩きのめしましょう」
ディアとセラちゃんは仲良く結託し、手と手を合わせた。
それに私も加わって、いま考えた作戦名を告げる。
「それじゃあ、『キリストとマリアちゃん奪還作戦』! 開始!!」
その宣言を最後に、私たちは部屋を出る。
聖誕祭ではパリンクロンにやられたけれど、今度はこちらの番だ。
もう誰にも負けない。もう誰の手も離さない。
そう誓って――、私は『ラウラヴィア』へ向かう。
もう一度、キリストとマリアちゃんの手を掴むために――
いつも特典は2000文字制限でしたが、これは一万文字書いていいということで余裕のあるいつもの一話ですね。




