異世界学院の頂上を目指そう3
エルトラリュー学院の食堂は広大だと驚いていた僕だったが、この学院には驚くものがまだまだある。
例えば、学校といえば教室。
この学院は教室一つ取っても色々とおかしい。
まず、単純に広い教室が多いだけでなく、その数、その種類、そしてその設備が異常だ。
金がかかりすぎて、教育施設と言うよりは研究施設にしか見えない。
そして、教室の一番前で先生が教鞭を振るっているのは僕の世界の授業と変わらないが、側面と後方がかなりおかしい。
ずらっと並んだ補助の教師たちが二桁、そして貴族の生徒の召使たちも二桁。
授業参観よりも密度の高い授業風景となってしまっている。
その密度と視線に、教室の中央の長台で授業を受けている僕は、先ほどから集中を乱されてばかりだ。
だが、隣で授業を受けている友人たちは涼しい顔なので、おかしいのは異邦人の僕なのだろう。
つい先日、新たに友となってくれたライナー・ヘルヴィルシャインは、僕の手元を見ていつもと変わらぬ様子で褒める。
「本当に上手いですね、先輩。もしかして、こういうのは得意ですか?」
この学院で僕を先輩と呼んでくれるのは彼だけだ。
あの食堂でライナーに目をつけた日、僕は彼に決闘の八百長を申し込んだ。
とにかく平身低頭で頼んで頼んで、頼み込んだ。
その情けなさすぎる交渉の結果、妙な信頼を得て、いつの間にか時間が合えば同じ選択授業を受ける仲になっていたのだ。
なぜかわからないが、僕たち二人は気が合う。
もしかしたら、前世では縁が深かったのかもしれない……なんて電波を感じるほどに。
「んー、得意……なのかな? これに似た学問を別のところで習っていたおかげかも」
自信がないので曖昧に答える。
いま、僕たちが受けている授業は『魔法道具作成』。
分類で言えば、『錬金術』に含まれる授業だ。
異邦人である僕は、学院の授業なんてどれもわけのわからないものばかりだったが(そもそも教科書を買う金がない)、これは『当たり』だったかもしれない。
やっていることは、ほぼ工芸品作り。
そして、魔法道具に書き込む『術式』とやらは数学の公式に少し似ている。
とにかく僕と相性の良い授業なのだ。
ライナーの言うとおり、得意と胸を張っても良いものかもしれない。
「僕のとは大違いの出来です、それ。きっといい点数になると思いますよ」
「じゃあ交換する? こっちのできたやつあげるから、あとで決闘で負けてくれない?」
「それは姉が怖いので駄目です」
ライナーは目をそらした。
ずっと彼はこの調子だ。決闘でお金を稼げないのは痛いが、せっかくの友人を失うのも嫌なので無理強いはしない。
仕方なく、逆隣で魔法道具と睨めっこしている少女に持ちかける。
「アニエス、こういうの苦手だろ? 交換してやるから――」
「いらない。別にこの授業、必修じゃないしねー。危なかったら、家の権力でなんとかなるしー。私ってお金持ちだしー?」
「くそっ、友達甲斐のないやつらめっ」
煽るように断ったアニエスの隣で、ぼそりと非難の声を上げる。
それを耳ざとく聞いたアニエスはにやにやと笑う。
「あれー、そんなこと言っていいのかな? この間、飢え死にしそうな渦波ちゃんに、奢ってあげたのは誰かなー? もう奢ってあげないよ?」
いま、絶賛貴族たちにはぶられ中の僕は、決闘すらままならない状態に陥ってしまっている。
この金欠の現状で、彼女に見捨てられたら本気でやばい。
「ア、アニエス様です……。生意気言って、すみませんでした……」
「よろしい。あとで白パンを恵んでやろう」
「くっ、ありがたき幸せ……」
「ふふーっ、いい気分ー!」
なにこれ、悔しいぃ……!
「本当に親近感が湧きますよ、先輩……」
後輩にも格好悪いところを見せてしまった。
いつかこの女、泣かせてやるっ。
こうして、アニエスの玩具として、ほっぺをつんつんされているうちに、魔法道具の授業は終わる。
担当の先生は僕の作品を見て「なるほどね、あの学院長が推すわけだ……。チッ」と舌打ちした。そして、僕よりも出来の悪い魔法道具を作ったライナーとアニエスの評価点は、なぜか僕よりも高かった。もうやだ、この学院。
午前の授業を終えた僕たちは、昼の時間をぶらりと歩く。
そして、日課の決闘を受けてくれる人探しが始まる。
「今日も無難な方からいきましょう。色んな人がいますから、いつかはいけます――」
アニエスとライナーのつてを使って、厳選した生徒たちと一人ずつ交流を持っていく。
当然だが、なかなか色好い返事をもらえない。転入したての頃、調子に乗って、低レベルだけれど無駄に家の格の高い生徒たちを決闘で倒してしまったせいだ。
その結果、僕と決闘すれば金持ちたちに目をつけられると生徒たちの多くが思ってしまっているのだ。
友人になってくれそうな子も、なかなか見つからない。
「――くそっ。今日もだめか……」
「僕くらい特殊な事情な子でも、いい返事はもらえませんね……。やっぱり、これは……」
「どうかしたか、ライナー?」
「妨害を受けている可能性がありますね。おそらく、僕たちみたいな下賎な出身を良く思わない大貴族の生徒、例えば――あっ」
廊下の向かいから歩いてくる少女たちを見て、ライナーは道の端へ寄った。よく見ればアニエスもだ。それどころか周囲の生徒たち全員も、同様だった。
すぐに僕もそれに倣った。だが、
「ごきげんよう。今日も決闘相手探しをしているのですね、ミスター・アイカワ。しかし、負けてくれる相手を探すなんて、恥ずかしいとは思わないのですか?」
やたら偉そうな少女に声をかけられてしまう。
凛とした目鼻立ちに、薄紅色の長髪を垂らしている少女。『表示』では名前欄にカラミア・アレイスと記されていた。アレイスは、確かこの連合国でも有数の大貴族だったはずだ。そして、そのアレイスのカラミアと言えば――
「当代剣聖のお孫様です」
こっそりとライナーが助言をしてくれる。
そう、彼女は剣聖とかいう有名人の孫で、将来を約束されている英雄様。
レベルも20に至り、もはや生徒の枠外。奇跡の年とか言われている理由の一人。
僕なんかでは、到底手の届かない人物だ。
その人物が因縁をつけてきたようだ。
――その因縁が、これから先後悔しても後悔しきれない縁を産むとも知らずに……。
ちょっとした学院の設定お披露目会場。