4-2.スノウの新しい生活(三章裏のスノウ)
新しいギルドの生活から数日経った。
私は服を脱ぎ捨て、薄着になって部屋の窓に近寄って夜空を見上げる。
無数の星が輝くおかげか、全く世界は暗くない。ラウラヴィアの街並みがはっきりと目で見ることができる。日は沈んでも、まだ街は眠ってなどいない。私と同じ迷宮探索者など、夜に仕事をする人々が沢山歩いている。
どこまでも続く街――自由を象徴するラウラヴィアという国。
それを見て、私は久しぶりの開放感を覚えた。
「……カナミのおかげで、毎日が楽」
その理由を飾ることなく呟く。
もしかしたら、カナミが魔法で聞いているかもしれないけれど構わない。あの優しいマスターなら、このくらいのことでは怒らない。
いまどき珍しい性格だ。
ただ、それは私にとって『理想』の性格とも言える。
だから……夜風は吹くけれど、全く寒くなんかない。むしろ、心がぽかぽかと温かい。
人目がなければ、このまま下着も脱いでしまいたいほどだ。
「『本当の英雄』って感じじゃないけど、それでもいい人……」
ぼそりとカナミの評価を口にする。
何気ない言葉だったが、私の核心を突いていた。
そう。私にとって大事なのは『本当の英雄』かどうか。
パリンクロンは『本当の英雄』と言っていたけれど、私は違うと思う。
違うけど……ウィルさんと同じだ。
先代で初代の『エピックシーカー』ギルドマスターのウィル・リンカー。
あの人にカナミは少し似てるかもしれない。
単純に私にとっての頼れる人というのがウィルさんだけしかいないから、そう思うだけの可能性もある。
けど、ウィルさんもカナミと一緒で優しい人だった。
優しくて強くて『英雄』っぽくて、でも心の底から『英雄』であることを嫌がってた人。
やっぱり、似てる……?
んー、カナミとウィルさんかあ……。顔は似てないけど……。んー。
「……あれ? 最近、ずっとカナミのことばかり考えてる?」
ふと、そんなことを思った。
カナミがマスターになってから数日、毎晩似たようなことを考えている気がする。
どうしてだろう……。
「もしかして、好き、なのかな……?」
いや――
自分で言って、すぐに自分の中で否定する。それは違うと。
だって、私が好きだったのは、人生で唯一人。
昔、私と一緒に逃げようって言ってくれた少女で――カナミとは似ても似つかなくて――彼女の名前は――……いや、もういい。
思い出さないほうがいい。
「は、はは……」
足が震えていた。
あの三度目の失敗を少し思い出そうとしただけでこれだ。
地獄が脳裏にちらついただけで、急に寒くなってきた。
氷の中でも生きていける竜人の身体が寒いと感じるのだ。
もはや、これは病気だ。不治の心の病だろう。
ふらつきながら、私は窓を閉めて、ゆっくりと離れていく。
ちらつく地獄――私と共に逃げた少女の最期――それを振り払う。
「カ、カナミは違う。カナミは私よりも、ずっと強い。だから、大丈夫」
口にすることで、なんとか寒気が止まっていく。
あの少女の最期が繰り返されることは二度とないと信じる。
そして、それを信じきれたところで、私は気づく。
カナミとの生活で心が温かくなる理由に。
「……あ、そうか。私にとってカナミって、そういうことなんだ」
ちょっと悪い言い方になるけど、つまり彼は『とてもとても都合のいい人』なのだ。
私やグレン兄さん以上の強さに、ウィルさん以上の優しさ。
これを都合がいいと言わずに何と言おう。
かつての少女は優しさはあれど、強さが足りなかった。けれど、カナミには両方ある。
それが、とてつもなく安心できて、暖かいのだ……。
「好きとは、もっと別の感じ。なんだろ、これ……」
ウィルさんや少女に覚えた感情とは少し違う。
初めての正体不明の感情だ。
それに困惑しながら――けれど、大切に抱きしめながら私はベッドに身体を倒す。
薄着のままだけれども、身体は暖かくなってきた。カナミのことを考えれば考えるほど、気持ちよくなっていく。
ああ、今日も安心して眠れる。
カナミのおかげで、ずっと不安だった夜がこんなにも優しい。
明日もカナミに私の仕事を頼もう。
きっとしょうがないって言いながら甘やかしてくれる。
それが楽しみで堪らない。
「……えへへ」
だから、私は笑って、安心と共に意識を手放せる。
何もかもを手放せるのだ――
――もちろん、それは初めての『恋』。
その暖かい気持ちこそ、スノウ・ウォーカーがカナミを愛しているという証明であることを知るのは、もう少し先。
彼女の子供心が一歩前に進み、初恋を知るのは、もう少し先の話だ。
ウィル・リンカーは、ファフナー・ヘルヴィルシャイン(本名ヴィルヘルム・リンカー)の子孫でした。




