3-4.騎士ハインの戦いの在り処(二章裏のハイン、七騎士とカナミ)
――とうとう最上段まで、もっていかれてしまった。
「――《ゼーア・ワインド》ォ!!」
大聖堂を背に私は叫ぶ。
指にはめていた最後の魔法道具が砕け散り、渾身の風魔法が放たれた。
「――《ゼーア・ワインド》」
しかし、それは私の魔法の師であるモネ副総長にあっけなく相殺される。
「くっ!!」
風が散り、魔力が掻き消される。
そして、その消えた魔法の影から屈強なる騎士たちが続く。
右からは黒き鎧を身にまとったペルシオナ・クエイガー総長が、左からは魔剣を伸ばしたラグネ・カイクヲラが、疾風の如く迫ってくる。
この二人の同時攻撃を防げる手段なんて、私は持っていない。大きく後退を繰り返していくことで、なんとか致命傷を避けていく。
その戦いの間、総長は叫び続ける。剣を打ちつけながら、騎士全員の代弁を行う。
「なぜだ、ハイン! 期待していたのだ! おまえこそ、このフーズヤーズの総てを背負って立つ騎士になれると!!」
「……すみません。それはできません」
余裕のない私は、ぼそりぼそりと答える。
その返答に総長の猛攻は過激さを増す。
隣で攻撃を合わせているラグネが、味方でありながら引くほどに。
「おまえは言っていたろう!? いつか必ず、ヘルヴィルシャインの嫡男として、立派なフーズヤーズの騎士になると! だから私は――!!」
「……すみません。あれは嘘です」
剣を振るいながら、淡々と答えていく。
もはや自分の気持ちに嘘をつく必要はなくなった。
それ自体は清々しいことだが、だからと言って尊敬できる先輩の気持ちを裏切っていたことを白状するのは心が痛む。
総長の剣は届いていないというのに、罪悪感で身が斬られていく。
そして、その猛攻によって私は大聖堂の入り口の扉まで後退させられてしまう。
『天上の七騎士』五人相手に逃げ場なしというのはまずい状況だ。
「ラグネ、あなたなら私の気持ちがわかりますよね……?」
ゆえに悪あがきのように最年少の騎士に語りかける。
「え、え? それは、その……」
ラグネは動揺で足を止めた。
ついでに、もう一人のほうにも声をかけようとする。
「セラは……言うまでもないようですね」
騎士五人の中で、セラは最も後方に立ち、最も顔を歪ませていた。
いま、彼女は苦しんでいる。
選択を迷い、何が正しいのかもわからず、怒るような表情で悩んでいる。
少し前の私と似ている姿だった。
「余所見をするな! まずは私と話せ! ハイン!!」
その悪あがきの対話に総長は怒り、渾身の一撃を見舞う。
仕方なく私は大聖堂の中に入ることで、その一撃から逃げる。
静かな玄関だった。
大聖堂に残る魔力の残滓から、パリンクロンの介入を知る。
その間も、遠慮のない騎士たちの猛攻は続く。
先頭に総長。そのフォローとしてラグネとホープスさん。その奥では、常にモネさんが魔法を構えているのだから胃液を吐きそうなほど辛い。身体も魔力も限界を超えてしまい、いまにも失神してしまいそうだ。だが、それでいい。それがいいのだ、私は。
「無茶な真似をっ、ハイン! 死んでもいいのか!?」
自殺染みた攻防で、なんとか戦い続ける私を見て総長は咎める。
もちろん、あっさりと私は答える。当たり前のように言う。
「……はい。これで死ねたら嬉しいんです」
総長の黒いバイザーの奥から歯軋りの音が聞こえ、それに合わせて、剣が振るわれる。
私の腕では受け切れない豪快な剣が、右から左から、上から下から、何度も打ち付けられ、私はどこまでも後退させられる。
廊下を過ぎ、階段を越え、最後には儀式をしているであろう神殿まで追い詰められていく。
背中には扉――奥の物音から、いま、まさに真っ最中だとわかる。
「終わりだ、剣を収めろ……。ハイン・ヘルヴィルシャイン……」
最後だと言うように、総長は私の家名まで口にした。
びくりと私は身体を震わせる。
パリンクロンのおかげで忘れられたものを、最も尊敬する人の声によって思い出させられてしまった。ヘルヴィルシャイン……、聞いただけで手がすくみそうになる。
「……嫌です。……あと、その名前で私を呼ばないでください」
吐き出すように否定する。
もう国も、家も、母も父も、誰も彼も、私には関係ない。私は私で、ヘルヴィルシャインでも何でもない。そう……信じたい。
「おまえはヘルヴィルシャインの騎士なのだ! 『聖人ティアラ』の騎士なのだ! それはこれからもずっとだ! いまそれを思い出させてやる! その両手足を砕いて!!」
「――っ!!」
怖い。鎖が私を捉えかけている。
負ければ終わり。総長の言うとおりになる。
だから、その前に――誰か、私の名を呼んで欲しい。力付けて欲しい。ヘルヴィルシャインでも、『天上の七騎士』でもない名前――私を『少女の騎士』とたった一言呼んでくれたら、それだけで私は――……!
――敵に圧され、手が震え続ける。
私は卑怯者で臆病者だから、迷いのない敵に怯えてしまう。
そして、その末、騎士たち五人から逃げるように大聖堂の中へ飛び込んでしまう。
助けを求めるように大聖堂の扉を開き、目に飛び込む光景。
それは少女が苦しみ、少年が戦っている光景だった。
どくんと、熱をもった何かが身体を廻り、身体の震えが一瞬で止まる。
パリンクロンもそこにはいた。
なぜか、少年の背中を守っていた。何よりも先に「ずるい」と思ってしまい、私も少年と背中を合わせ、聖殿の混沌とした状況に身を投じる。
その間も、ずっと総長は私を睨み続けている。
恐ろしい。
子供の頃からの記憶のせいで、総長の想いを裏切りたくないと思ってしまう。
しかし――。
しかしだ――!
「――初耳ですね! そんなこと! 少なくとも、僕の知っている『天上の七騎士』ハイン・ヘルヴィルシャインは違う! 『聖人ティアラ』の騎士なんかじゃない! ねえ、ハインさん、そうでしょう!?」
あ、あぁっ……。
ああぁあああ……!
少年が私の名を呼んだ。
それだけで、全ての恐怖は消える。
少年が信じてくれている限り、私はまだ――いや、どこまでも戦える。
――ありがとう。
「あ、ああっ! もちろんだ! 私が仕えたのは、『聖人ティアラ』なんて過去の偉人にではない! 私が心から守りたいと思ったのは死人ではなく、いまっ、そこに生きているお嬢様だ! ようやく胸を張って言える! 私はお嬢様の騎士だ――!!」
答える。
それが答え。騎士ハインという存在の答え。
そして、いま、私の人生は私のものであると確信する。薄らと涙が浮かんでいるのが自分でもわかる。
本当にありがとう、キリスト君。いや、もう一人の私の主――カナミ君。
これで私は、どこまでも戦える……。ああ、どこまでも、どこまでもっ……。
たとえ、この身体が朽ちたとしても、戦える――!
ハイン編上




