3-3.ディアのシャワー(二章裏のディア)
「……んーっと、《フレイムアロー》!」
病院のベッドの上で、俺は馴染みの魔法を唱える。
発生するのは例の光ではなく、本来あるべき姿の炎。
火の矢と形容するにふさわしい炎が、俺の手のひらの上で、飛来することなく停滞している。
いままでならば考えられないことだった。
俺に出来るのは全力で放つことだけだったので、この進歩に感動して涙がこぼれそうなほどだ。
何より、俺の尊敬する仲間の力になれるということが嬉しくて堪らない。
「や、やった……! 火力だけじゃなくて、発動の一時中断もできるようになった……!」
全てはアルティ師匠のおかげだ。
基礎のキの字も知らなかった俺に、無料で色々教えてくれた彼女には頭が上がらない。
「よーしっ、次は発動中断させた《フレイムアロー》を複数作るぞぉっ。これをたくさんできるようになったら、派生の《フォールフラワー》ってやつになるって師匠言ってたしな! へへっ、これができたらキリストはびっくりするだろうなぁー!」
「いえ、びっくりするのは、まずこちらですよ。ディアさん」
「――!?」
ベッドの上で跳ねるように驚く。
いつの間にか、ベッドの隣にある椅子に担当の病院の先生が笑顔で座っていた。
「い、いつの間に……?」
「ずっとです。ただ、魔法使用中のディアさんの集中を乱したら、また部屋が大変なことになると思ったので静かに見守っていました」
「は、ははっ、はははは」
笑って誤魔化そうとする。
「はははははは。では、明日にでも『魔力錠』をつけましょうか。安心してください。キリストさんの許可はちゃんと取ります」
「す、すみませんでしたぁ! それだけはっ、それだけは許してください、先生!!」
柔らかいベッドの上で土下座をする。
キリストに知られるのだけは駄目だっ。
迷惑かけたくないし、なんか恥ずかしい!
「謝るくらいなら最初からしないでください。ほら、汗がすごいことになってます。冷えてしまうと、別の病気になりますよ」
「は、はい。えっと、すぐに流します」
先生は話しながら浴室のほうに目線を向けた。
すぐに俺はそこで汗を流すことを約束する。
それを見た先生は満足したのか、簡単な診断をしたあと、部屋から出て行こうとする。
ただ、部屋から出る前に、
「ディアさん、次はありませんからね」
と釘を刺されてしまう。俺は素直に「はい」と頷く他なかった。
そして、病室に今日も一人、暇で暇でしょうがない俺が取り残される。
「はぁ……」
ため息をつきながら渋々と、部屋の隅にある扉へ向かう。
その扉の向こう側には立派過ぎるシャワー室がある。
その魔石技術の結晶とも言える部屋を、俺が使えるのにはわけがある。
まず、キリストがティーダの魔石を売り払ったお金で十分すぎる治療費を提示していること。
そして、一番の理由は――
「見つかったかぁ……」
乱暴に病院服を脱ぎ捨てることで、背中にある忌まわしい翼が露出する。
それは俺が俺でないことの象徴。『使徒』であるという証明だ。
裸になった俺は、シャワーを使ってべとべとになった身体へお湯をかけ始める。
熱いけれども心地の良い液体が、肌を伝って汗を洗い流していく。
「結構、派手にやってたもんな……。仕方ないか……」
とうとう俺の存在が、フーズヤーズ国にいるレヴァン教の神官にばれてしまった。
故郷の宗教派閥とは少し系列が違うため、確認作業に時間がかかっているみたいだけれど、すぐに強硬手段に出てくるのは間違いない。
いまは、俺の治療の援助に合わせて、監視を病院の近くに配置されている状態だ。
「迷惑……、かけたくないな……」
まず頭に浮かぶのは仲間の顔。黒髪黒目の友人キリスト。
キリストのことを考えた瞬間、少しだけ頬に熱が灯る。
「あ、あれ……?」
ついこの間、アルティ師匠に「君はキリストのことをどう思っている」と聞かれた。
そのときから、なぜか妙に意識してしまっている。
あのときは仲間と即答してみせたものの、思い返せば思い返すほど、別の言葉が浮かんできそうになる。
仲間――それでいて友達――尊敬していて、頼りになって――俺よりもかっこいい剣士で――それで――……
「熱いな……」
シャワーが熱いせいだ。
俺は俺で、私じゃない。あってはならない。
――否定すると同時に、頭が痛む。
それはレベルが上がってから、ずきずきと慢性的なものになっていた頭痛だ。
そして、その頭痛と共に、いつも頭の中に浮かぶ光景がある。
それは金色の髪の大人の女姓が戦っている光景。その女性の顔には見覚えがあった。
初めてこれを見たとき、俺はこう思った。
成長した俺が、成長したキリストと戦ってる……?
そう思った。けれど、すぐに俺は首を振る。
「違う……」
女性の敵は長い黒髪と仮面で顔を隠していた。
決して、キリストと断定できる証拠はない。
女性のほうもそうだ。少し顔に面影はあるかもしれないが、しかしいまの俺の姿とは似ても似つかない。例えば……、一番の相違点と言えば、胸の大きさ。
「あんなに大きくなるもんか……」
俺は自分の胸を見る。最近はさらしで締め付けていたせいか、少し赤く腫れてしまっている気がする。そこにあるのは、あの大人のでかい胸とは比べものにならないほどに小さい胸。
小さい。
そう小さい……。
…………
「出よう」
俺は俺だ。そう頭の中で呟く。すぐに迷いを振り切る。やることは一つだ。
追っ手も、この頭痛も、頭によぎる光景も、全て振り切る。
俺はキリストと一緒に迷宮探索する。
それだけを考えよう。そのために俺がいまやるべきことは――
「さーって、次こそ先生にばれないように練習しないとな!」
《フレイム・アロー》を自分のものとするため、俺は新しい病人服に着替えてシャワー室から出る。
独り言を呟きながら、早足で移動する。
いつも以上に赤くなっている頬を隠すように……、足早に……。
特典はこういうちょっとエッチなのがいいと教わったあたりですね。
そろそろマッサージ編だ!




