2-4.ラスティアラのお願い?(二章裏のラスティアラ、リィン、店長)
「えー、ごほんごほん。あー、あー」
人の流れの止まらぬ街中、道の端で私は喉の調子を確認する。
久しぶりに演技をする必要がある。
師である騎士ハインさんの教えを思い出そう。ついでに悪巧みのほうの騎士も。
襤褸の外套を纏いながらも中身は深窓の令嬢――を装う。
そして、私はヴァルトにある迷宮近くの酒場の扉を開いた。
酒場のピークになる手前の時間とはいえ、多くの探索者たちが中に揃っていた。顔に傷のある者や半裸に近い大男、明らかに深窓の令嬢が訪れるような場所ではない。なので、獣の巣に入った子供のように怯えた振りをして周囲を見回す。
当然のように周囲の好奇の目線は私に集まっている。その中から店員を見つけて、私はか細い声を出す。
「あの……、いま、こちらの店長様はいらっしゃいますか?」
その声を聞いて、こちらの看板娘であろう美人の女性が私に近づいてきた。
「え、ええっと、いらっしゃいませ。うちの店長に何か用かな?」
明らかに場違いである私相手でも、優しく用件を聞いてくれる。
おかげでこちらも話がしやすい。
「その、先日の件について謝罪をしたくて……」
「…………?」
曖昧に表現したせいか、看板娘さんは首を傾げてしまう。
もちろん、これだけ言葉が少なければ、それは当たり前だ。
私はすぐに前もって用意していた名前を出す。
「私の騎士セラとキリスト様の決闘のことです」
これで全てを察してくれるだろう。
この私のことについても。
「あっ、あれかー……。って、なら貴女が例のお嬢様?」
「おそらく、その例のになると思います……」
肯定した瞬間、看板娘さんが私をまじまじと見る。
「へ、へぇ……。貴女が、キリスト君の……」
「ええと、やはり何か問題が……?」
よく周囲を観察すれば、ほとんどの客が驚きながら私を見ていた。
こそこそと小さな声で「おい、見ろよ」「あれがキリストの女だってよ」「まじか、美人すぎるだろ」「あれに手を出すとか、まじで勇者だな」と囁き合っている。
私の顔を知っている人がいたら困るので、少し顔を俯ける。
それをどう勘違いしたのか、看板娘さんは慌てて周りを睨みつけて黙らせたあと、さらに優しい声で私の疑問に答えた。
「いんやっ、全然問題ないよ……! ちょっとびっくりしただけだから。すぐに店長呼んでくるね。すぐだから、待ってて!」
「ありがとうございます」
店の奥にある厨房へと走り去っていく看板娘さん。
彼女の言葉通り、大した間もなく、店長と思われるいかついおじさんが出てくる。
「ねっ、店長。すごいでしょすごいでしょ」
「確かに、こりゃすごいな……」
私を見て店長さんは驚きながら、軽く一礼する。
それに対して、私は深々とお辞儀をして、手に持ったものを差し出す。
フーズヤーズのお菓子の詰め合わせだ。
「先日は大変ご迷惑をおかけしました。こちら、つまらないものですが……」
「お、おう……」
店長さんは不思議そうな顔でそれを受け取る。
ん、何か間違った?
私の読んでいた英雄譚の謝罪では、こういうシーンがあったのだが……。
「えっと、丁寧にありがとうな、フーズヤーズのお嬢さん。それでうちのキリストのやつはどこにいるんだ……?」
私と話すよりも、身内のキリストのほうがいいのだろう。
きょろきょろと店長さんは周囲を見渡す。しかし、いまここでキリストを出すわけにはいかない。
「それがこちらの手違いで、まだフーズヤーズの騎士たちとのいざこざが続いておりまして……。いま彼はここにはいないのです……」
「まーた、あの獣人の騎士様みたいなのに絡まれてるのか、あいつは……」
「いえ、彼女ほど過激な娘はもういません。もうキリスト様が傷つくようなことはありませんので、ご安心を」
「ならいいんだが……」
店長さんは見た目に似合わず、店員であるキリストのことを強く心配していた。
それを解消するために私は断言する。
まあ、あのキリストなら決闘でも傷一つ負わないだろう。別に嘘はついてない。
「ただ、そのいざこざを収めるのにまだ時間がかかりそうなのです。その間、キリスト様がこちらへ働きに出られる余裕がなさそうなので、こうして私が代わりにやって参りました」
「お嬢様ご本人が……?」
「え、ええっ、やはりこういうのは原因となった張本人が謝りに来るべきかと思いまして……。本当にっ、私のせいでご迷惑をおかけしました!」
不自然に思われてしまったので、強引に押し通しにいく。
「い、いやっ、そこまで謝ることはないぞ。頭を上げなっ、お嬢さん」
慌てる店長さんの隙を突いて、一番の要求をぶつける。
「――なので、このほとぼりが収まるまでの間、どうかキリスト様にお休みを頂けないでしょうか。キリスト様がこちらで働くことで、またお店にご迷惑をかけてしまうかもしれませんので……」
「いや、それは構わないが……。あいつは大丈夫なのか……?」
「ええ、あとは時間の問題ですので。大丈夫です」
店長さんは迷っている。
本人の確認を取ろうかと考えているのかもしれない。
そうはさせまいと、店長さんの手を握って懇願する。
少し前、パリンクロンから教わった必殺技だ。
「無理を言っているのは承知です。どうか……、どうかお願い致します……!」
「……あ、ああ、構わないぜ。……だから涙ぐむな」
よし、勝った。
こうして、私はキリストから仕事の時間を奪って見せた。
あとは当たりさわりのない雑談を行って、できるだけ自然に店から出るだけの簡単なお仕事だ。
「――色々とありがとうございました。それでは失礼致しますね」
「ああ、キリストを頼んだぜ」
「キリスト君によろしくねー」
二人に見送られて、ヴァルトの街へと出る。
顔を見られないように物陰を選んで、すぐに私はキリストのいる家へと向かう。
そして、暗い路地裏の中で自嘲する。誰にも見られないように。
「……ふふっ。ほんと、結局は時間の問題だよね。だからこそ、時間は有意義に使わないと。……キリストのも、私のも。ねえ、ティアラ様」
ああ、時間がない。
わかってる。
だからこそ、もっともっと楽しまないと……。
私は笑う。
その暗い暗い道を、口元を吊り上げて歩き続ける。
前へ前へと……。




