2-3.ディアとアルティの出会い(二章裏のディア、アルティ)
「ほ、本当にごめんな……。トドメを刺しに来た敵かと思ったから、その……」
「構わないよ、ディア。むしろ、君の反応が正しい。悠長に話し合いに応じたキリストのほうが甘いくらいだ」
とはいえ、出会った瞬間、戦いが始まったときは大いに焦ったものだ。
しかし、一切反撃することなく無抵抗を意思表示し続けることで、なんとかディアと話し合いの場を設けることができた。
そして、手土産の代わりに火炎魔法の扱い方を手解きしたところ、あっさりと信用されてしまった私だった。
その懐き具合から、彼女の将来が心配になる。
「でも、アルティはこんなにいいやつだったのに……。本気で魔法を撃っちゃって……。う、うぅ……」
ボロボロになってしまった私の服を見て、ディアは申し訳なさそうに縮こまる。
だが、心配すべきは私よりも病室だろう。
彼女の魔法によって、病室は穴だらけになってしまっている。
もし私がヴァルトで顔が広くなかったら、追い出されていたに違いない。
「そう何度も謝らなくていい。私が迷宮のボスモンスターである以上、あの戦いは仕方ないことだったのさ。君は悪くない」
魔法を教えながらディアを宥め続ける。
それを繰り返していくことで、彼女の顔が徐々に明るいものへと戻っていく。
そして、計画通り、私との距離も近づいていく。
《フレイムアロー》の火力調整をマスターしたときには、私のことを師匠と呼んでいた。
「――《フレイムアロー》!」
最小火力の炎の矢が病室を飛ぶ。
それは部屋の壁に当たったが、焦げ目一つつけることなく掻き消えた。
「やった! 師匠のおかげで《フレイムアロー》がコントロールできるようになってきた! 本当に助かった! なにせ、神聖魔法以外は独学だったからな! ははっ!」
「独学であそこまでの火力を出していたのかい。ふふ、火炎魔法使いの専門家としての自信を失うな」
「そ、そんなことないと思うぞ。アルティは俺の全力の《フレイムアロー》を正面から受け止めてたじゃないか」
私は炎を操るモンスターだ。
火炎魔法を掻き消すことなど造作もない。
「流石に火炎魔法でやられる私じゃないよ。むしろ、あれが渾身の神聖魔法だったらと思うと寒気がするね」
下手をすれば、未練など関係なく単純に殺されていたかもしれない。
実質、あのティーダを倒したのはキリストでなくディアの神聖魔法だと私は思っている。
それほどまでにディアという少女は規格外だ。
「もし、君と真正面から魔法を打ち合えば、私は負けるだろうね。君は私の天敵と言ってもいい」
「そうなのか……? 全くそんな気はしないけどな……」
だからこそ、こうやって様子を見に来ている。
「私を超える逸材だよ。もっと自信を持っていい。きっと君は誰よりもキリストの力になれる」
「そ、そっか? 誰よりもキリストの力にかー。へへっ」
手放しに褒め続けることで、ディアは頭をかきながら照れた。
自分が褒められたことよりも、キリストの力になれることが嬉しいようだ。
本当に純真な少女だ。
彼女を見ているだけで、昔を思い出しそうになる。
そう、『昔』……――
ゆえに私は確認をする。
「本当にキリストが好きなんだな、ディアは……」
「ああ!」
何気ない私の一言に、ディアは迷いなく頷いた。
その『好き』の種類によって、全てが決まる。
「なあ、ディア。実のところ、君はキリストのことをどう思っているんだい?」
「……え? どうって、キリストは迷宮探索の仲間だけど?」
「仲間――、他には?」
「あと友人かな? ああ、キリストは何にも代え難い友人だ」
これもまた迷いはなかった。
まともすぎる『好き』。
その『好き』は、いつか綺麗な恋心に変わることだろう。
その異常な一途さは歪で好みだが、私の望んでいたものと少し違った。
「……そうかい」
「俺、何かおかしなこと言ったか?」
「いや、おかしくはないよ。ちょっとキリストにむかついただけだ」
「え、ななななんで、キリストに?」
「君のような子に慕われているキリストに、少し嫉妬してしまったんだよ」
「慕う――か。ははっ、確かにそうかもなっ。俺はキリストを尊敬してる!」
ディアの可愛らしい笑顔を前に、少しだけ逡巡してしまう。
しかし、すぐに思い直す。
もう迷ってはいけない。
迷っていては遅れてしまう――と私は知っている。
千年前と同じ間違いだけは繰り返すわけにはいかない。
――だから私は進む。
「今日はそろそろ帰るよ、ディア。そうだな。次に会うのは聖誕祭くらいかな?」
「ああ、その頃には退院できてると思う。またな、師匠!」
別れを済ませて、病室から出る。
そして、病棟の廊下を歩く。
全てを確かめるために。
自分の感情を見つけるために。
聖誕祭までに私の永い永い人生を終わらせると誓って、私は暗い廊下を前へ前へと進み続けた……。
記憶が戻っていく要因に、ディアも絡んでいました。




