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異世界学院の頂上を目指そう2


 エルトラリュー学院の中央食堂は巨大だ。


 万を超える生徒たちを一度に収容できるほどの広さの上、コンサートホールのように天井は高い。

 大小様々な円卓が並んであるが、その全てを誰もが利用できるというわけではない。


 この学院には平等という言葉はない。

 家柄によって、生徒たちの利用できる学院の備品が決まっているのだ。

 高貴な者は大きな卓を使うことができ、木っ端の貴族は隅の小さな卓しか使えない。親の学院へ寄付している金額によって、生徒の使える廊下まで決まっていると知ったときは驚いたものだ。没落貴族は舗装された道どころか芝生も踏めないらしい。その徹底した差別主義のせいか、生徒たちは綺麗に集団分けされている。


 中央に大貴族の子息や令嬢が座り、その回りに取り巻きが群がり、その回りを子爵家など中堅どころの貴族が固める。

 そして、間に誰も居ない空間があって、食堂の隅を貧乏貴族たちが使うというわけだ。

 当然、僕は食堂の隅に座っている。いや、隅というか端だ。食堂の中に生まれた孤島の中、一人寂しく格安のパンをかじっている。

 全ては学院長のくそじじいのせいだ。金の援助は全くしないくせに特待生なんて立場を与えやがったせいで、絶賛はぶられ中だ。大貴族様たちからは睨まれ、それ以外の生徒たちには目をそらされてしまう。


 『学院決闘序列エルトオーダー』荒らしをすることで借金を返済すると誓ったものの、そろそろ挫けそうだった。

 だが家で待つ妹のためにも休んでなんていられない。

 こうして食事を取っている間も情報収集をし続ける。


 僕の目線の先にいるのは、大貴族も大貴族であるウォーカー家の女の子フィルティアさんだ。中堅貴族たちの取り巻きに囲まれながら、ずっと柔和な微笑みを絶やさない。滑らかな栗色の髪をなびかせた美少女だ。

 線の細い箱入り娘にしか見えない少女だが、彼女こそ、この『学院決闘序列エルトオーダー』のラスボスだ。『注視』から得られる情報は異常も異常だ。



【ステータス】

 名前:フィルティア・ウォーカー HP345/345 MP255/255 クラス:騎士

 レベル22

 筋力7.23 体力7.33 技量9.45 速さ9.44 賢さ8.45 魔力10.22 素質2.02



 生徒のレベルではない。

 生徒の平均は5レベル程度、九割以上が一桁だ。

 そして、教師のレベルでもない。教師でもレベルは10前後。つまり、彼女はこの学院の教師たちの誰よりもレベルが高いのだ。それに加えて、素質もトップクラス。


 ゆえに、彼女はこう呼ばれる。

 生徒でも教師でもない称号として『英雄姫』と。

 これが『学院決闘序列エルトオーダー』の序列一位。彼女を決闘で倒さなければ、僕は学院から出られないのだ。


 ――いや、もう一人いたか。


 『逆鱗』なんて呼ばれているもう一人のウォーカー家の女の子スノウさん。ただ、彼女は学院のどこにいるのか不明なので、早々に抹殺対象から外れている。


「『英雄姫』様がレベル22で……、僕はレベル1……」


 レベルを一つ上げるのに一年かかるような世界だ。その差は絶望的だった。普通に考えれば、彼女に勝てるのは二十年後だ。


 そして、絶望的なのはそれだけではない。中央で明るく話す『英雄姫』の周囲も『注視』していく。

 序列二位の『主席王子』『オーバーロード』レベル20のエルミラード・シッダルク。

 序列三位『剣聖の孫』『剣豪生徒会長』レベル20のカラミア・アレイス。

 三人合わせて、将来を約束された『学院三英雄』と呼ばれている。


 どいつもこいつも化け物だ。

 生徒じゃなくて英雄って呼ばれてるのだから、早く卒業しろよと心底思う。


「――どう? 彼女たちに勝てそう? 学院長の一押し君」


 そこへ一人の少女が声をかけてくる。とはいえ、味方ではない。

 ゴシップ好きというだけで僕にちょっかいを出してくる少女アニエスだ。

 肩口でくすんだ金の髪を切り揃えた快活な少女だ。さほど家柄はよくないものの、実力で序列七位を勝ち取っている化け物の一人だ。


「誰が真面目にやるもんか。僕はもっとスマートな手段を考えてる」


 味方ではないが、数少ない僕の話し相手である。

 アニエスは食堂の孤島である卓に座り、楽しそうに話を促してくる。

 いまとなっては、僕とまともに談笑しているのは彼女だけだ。


「へへえ。して、その手段とは?」

「あの序列一位の人と仲良くなって、わざと負けてもらう」


 よくよく考えれば、別に全うに戦う必要性はないと気づいたのだ。

 その簡潔な戦法を聞いたアニエスは噴出す。


「ぶはっ、はははっ。いいねいいね。確かにそれでも君の目的は達成されるね」

「ただ、問題は仲良くなるどころか、話すことも出来ないってところだ。だから、こうやって観察して機会を探ってる」

「ふうん。確かにずっと見てれば、フィルティア様のことはよくわかるかもね。例えば、彼女の実家の問題とか?」


 意味深にアニエスは言う。

 情報通でもある彼女の言葉は、どれも聞き捨てならない。

 その意味を目で問う。


「見てればわかるよ。そろそろかな」


 アニエスの指差す先を見る。

 そこでは食事を終えた『英雄姫』が忙しなく移動しようとしているところだった。

 そこに取り巻きの一人が声をかける。


「――フィルティア様。今日もスノウ様をお探しになるのですか?」

「ええ、当たり前です。つい最近できた『学院決闘序列エルトオーダー』という制度、利用しない手はありません。今日こそ、スノウを捕まえて決闘してみせます」

「し、しかし、序列のトップはフィルティア様です。別に決闘の必要は……」

「あのスノウは序列『番外』ですよ、『番外』! まるで誰も相手にならないから、特別枠を用意されたかのような扱い……。わたくしが真の意味で序列一位となるためには、あの子を決闘で打ち負かす必要があるのですっ。ええ、この決闘でスノウを倒せば、きっとグレンお兄様もわたくしのことを――!」


 柔和な表情から一転して、ただならぬ様子で取り巻きと共に食堂を出て行く。


「あんな感じだね。スノウ様を目の敵にしてるから、そこを上手く突けば一回くらい負けてくれるかもよ」

「そのスノウ様とやらが『蒼き逆鱗』とか呼ばれてるんだが。絶対に無理だろ」

「見つけるだけでも大変だね。もし見つけたとしても、スノウ様に気に入られないと、逆鱗に触れちゃってウォーカー家に抹殺されるかも?」

「……よし、序列一位は後回しだ。それよりも、もっと手堅いのを先に狙うか」


 日和りつつも、仲良くなって負けてもらう作戦は変えない僕だった。


「手堅いのって誰?」

「……あのライナーって子」


 序列二十一位の男の子ライナー・ヘルヴィルシャイン。

 先ほどから観察し続けて情報収集を行った結果、彼には取り入る隙があるとわかった。

 ヘルヴィルシャインという大貴族の出身でありながら、ずっと周囲から侮蔑の視線を受けている。陰口を盗み聞きすれば、どうやら彼は全うな生まれでないらしい。正直、親近感の沸く立場だ。同じ立場ならば、仲良くなれるのではないかと思った次第だ。


「あー、彼ね。確かに彼なら、君の立場を気にしないだろうけど……」

「だろう? 正直、彼とは運命すら感じるね」

「私としては、あっちの姉のほうが狙い目だと思うよ?」


 アニエスはライナーの近くで騒いでいる少女を薦める。

 そこにはライナー君の姉である序列二十位の姉がいた。


「え、あれはちょっと……。見る限り、性格が……」


 その破天荒な言動で、ずっと弟のライナー君を困らせている。むしろ、困らせていない場面のほうが珍しい。


「けど、フランならカナミ君に興味もってくれると思うよ。彼女も私と一緒でミーハーの面食いだからねえ。君ってば訳ありっぽいからストライクかも?」

「そりゃ、訳ありかもしれないけど……。面食いなら僕じゃ無理だろ……」

「んー、そんなことないと思うけどなぁ。たぶん、ライナー君を狙うより、序列上位の女の子たちと仲良くなったほうが早そうだと思うよ? 君って、なんだかそんな顔してるもん」

「いや、どんな顔だよ……」

「女たらしの顔? 生粋で天然なヒモ男っぽさを、なぜか君から感じる」

「侮辱にも程がある……。悪いけど、僕に女の子を口説くような器用さはないよ。とにかく、君が何と言おうと僕はライナーを狙う。僕も並行世界からの記憶のような何かを、なぜか感じるんだ。女の子でなくライナーと仲良くなれって声が天から聞こえる」


 二人して理由のない何かを主張し合う。

 だが、不思議とどちらも間違っていないような気がした。アニエスは諦めたかのように肩をすくめる。


「君がそこまで言うなら、好きにすればいいよ」

「よし、行ってくる。いつも色々と助言ありがとうな、アニエス。もし駄目だったら、おまえに土下座して決闘で負けてくれって頼むから待っててくれ」

「それはだーめ。決闘で負けてあげるとなると、本当に惚れた男の子相手じゃないとね。あ、ちなみに私の好みは高身長イケメンで、女の子に超優しくて、少し気が弱そうに見えるけどやることはきっちやる英雄様ね。連合国に名を轟かせるような有名人だと、なおよし! やっぱ付き合うなら有名人だよねーっ」

「うんっ、おまえとは仲良くなれそうにないな!」

「私はカナミ君のことそんなに嫌いじゃないよ? じゃないと声かけないし」

「ちなみに僕の好みは、土下座して決闘で負けてくれと頼んだら、うんと頷いてくれる女の子だ」

「んー、残念。私は好みからハズレちゃってるかー」

「もはや、僕に残されたのはライナー君しかいない……! 彼なら土下座すれば負けてくれそうな気がする!」

「判断基準が酷いなぁ。でも嫌いじゃないよっ、がんば!」


 ゴシップ大好き人間のアニエスは無責任に応援する。


 そして、食事を終わらせた僕は席を立つ。

 妹のところへ帰るためなら、恥も外聞も捨てる覚悟はある。こうして、僕とライナー・ヘルヴィルシャインは出会う――


 それにより、元の世界へ戻るための変則的な物語みちはさらに歪んでいく。自分の素質が7.00であり、レベル上げが容易であることに気づくまで、この序列上位陣と仲良くなろう作戦は続く。

 自分一人で十分だったと気づいたときには、取り返しがつかないことになるとは知らずに……。

 



本編以外で輝く少女アニエス

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― 新着の感想 ―
[良い点] ライナー君はすべての並行世界でかなみ君と友達にならされてそう。
[良い点] 本編からの天の声w 天然ヒモはツラいし,ライナーの評価基準も悲しい でも確かに化け物だらけの学園でランキング首位を狙うなら番外戦術に賭けるしかない(普通は) 普通じゃないし,ステータスによ…
[良い点] 3章で見たメンバーもたくさん。カクヨムで3章が終わったタイミングで読めるのありがたいのかも。本編であまりスポットの当たらなかった人や新キャラとのやり取りも楽しみです。 物語の序盤なうえに結…
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