2-2.ヘルヴィルシャイン兄弟(二章裏のライナー、ハイン、フラン)
こうして、偶然に出会った探索者キリストさんの協力あって、無事僕たちは学院の課題をクリアしたのだった。
パーティーは解散し、エルナさんやスノウさんと別れる。そして、そのまま僕と姉様はヘルヴィルシャイン家の別荘へと向かう。
無論、道中は姉様の話に付き合わなくてはいけない。
「ああ、本当に素敵でしたわ、キリスト様! わたくしと変わらぬ年であの強さっ、単身で迷宮に挑む姿っ、まさしく孤高の騎士! まるで英雄譚に出てくる主人公のよう! ライナーもそう思いますでしょう!?」
「ええ、そうですね。まさしく、姉様の仰るとおりです。ええ、ええ」
「そうでしょう!? 学院にいる男共とは全然違いますわ! わたくしの危機に颯爽と現れ、何も見返りを求めないなんて! ああっ、いま思い出すだけでも顔が赤くなりますわ!」
いくら僕が気のない生返事だろうと、姉様は延々とキリストさんの話を繰り返す。
その一途さと純粋さに呆れながら相槌を打ち続ける内に、僕たちは別荘の門前へと辿りつく。これでようやく一息つける。
無事、姉様を家に帰すことができた。それだけで僕は満足感に包まれる。
だがまだ気を抜けない。いまこの別荘には、姉様以外の兄や姉がいたはずだ。すぐに挨拶に向かわないといけない。
そう思い、豪奢すぎる別荘へ入ろうとすると、丁度中から人が出てくるところだった。その顔を確認して、僕の顔は綻ぶ。
「ハ、ハイン兄様? なぜ、ここに……?」
「あら、お兄様ですわ」
他の上の兄たちがいるとは聞いていたが、ハイン兄様までいるとは聞いていない。
僕と姉様は疑問の顔を作り、それにハイン兄様が答える。
「ライナーとフラン? ああ、そういえばもうそんな時期ですか……。いや、ちょっと緊急の用事があったのです。色々と奔走している途中ですね」
その麗しい美貌を歪めて、薄く笑った。――珍しいと思った。
騎士として完璧なはずのハイン兄様に隙があるように見えた。
「……ハイン兄様。もしかして疲れていますか? 肩でもお揉みしましょうか?」
「いや、それはいいですよ。それより、ライナーには僕が疲れて見えますか?」
「はい……」
「ふふっ、それはよかった。そのくらい崩れてこそです」
僕の心配をハイン兄様は何でもないように笑って返す。
いつもの兄様に戻った気がした。
フーズヤーズの騎士たちの理想である姿――余裕たっぷりだけど厭味のない、周囲の人々を癒す微笑みだ。
「それじゃあ、そろそろ私は行かせて貰いますね。これでも、過去最高に急いでるのです」
「過去最高ですか? ハイン兄様、よければ僕が手伝いを――」
「必要ありませんよ。私一人で十分……いや、一人でやりたいのです」
その迷いない返答に僕は安心する。わかっていたことだ。
僕のようなゴミクズ騎士の助けなんて必要あるはずない。
養子の僕と違い、ハイン兄様は本物の貴族であり、本物の騎士だ。――ああ、流石ハイン兄様だ。
「はい、わかりました」
だから僕は何の迷いもなく見送る。
ハイン兄様なら一人で全てを解決できると信じているからだ。
「ああ、最後に。ライナー、学院生活は順調ですか?」
そして、こんなにも完璧だというのにハイン兄様は、こんな蛆虫以下の僕に気をかけてくれる。
「順調です、兄様。今日も学院の課題を無事済ませてきたところです」
家族の中で僕に優しいのはハイン兄様だけだ。
人としての出来が、他のヘルヴィルシャイン家のものとは根本から違うのだ。まさしく、騎士の中の騎士。
「流石です。ライナーは私と違って強いですからね。ええ、自慢の弟です」
いいえ、流石なのはハイン兄様です。
誰よりも強いのに、誰よりも謙虚。あのキリストさんにだって負けてない。いや、ハイン兄様のほうが英雄譚に相応しいに違いない。ただ、隣の純粋すぎる姉様のせいで口には出せない。
「それでは……、さよなら。ライナー、フラン」
「はい、またです。兄様」
「またですわー、お兄様ー!」
完璧な兄様と別れる。
その尊敬する後姿を見送る。
いつも通りだ。なのに、なぜだろう。
背筋が寒い。急に悪寒が止まらなくなった。
別れ際の言葉に違和感があった。取り返しのつかないような何かが――
「――ではライナー! わたくしの肩を揉んでくださいな!」
しかしそれは隣の陽気な姉様の声に掻き消される。
「え、なぜです?」
「え、先ほど揉むと言ったでしょう?」
「あれはハイン兄様に言ったことです。姉様には言ってませんよ?」
「駄目です。姉命令です。いますぐ、揉みなさい!」
「はいはい、わかりました……」
そして、僕と姉様は別荘の中へと入っていく。
ハイン兄様を置いて……。
――思えば、それが僕の分岐点。
そして、聖誕祭の日に全てが収束する。
今日までの全ての負債の清算が始まる。
ライナー・ヘルヴィルシャインの本当の物語が始まる……。




