2-1.『天上の七騎士』ラグネの場合(一章前のラグネ、ラスティアラ、パリンクロン、セラ、ハイン)
あーあ。
今日も今日とて大聖堂の見回り。
こうやって、来るはずもない敵を警戒して歩き回るのが私の日課であり仕事だ。
つい最近までは騎士の仕事で忙殺されていたというのに、このフーズヤーズ大聖堂に配属されてからは余裕たっぷりだ。
これが誰もが羨む『天上の七騎士』の実情なのだから驚きだ。いや、正確には今期の『天上の七騎士』の実情か。
以前は各所を休む間もなく回って、その権威を知らしめるのが仕事だったらしい。けど、私の代からはその仕事がなくなった。
その理由は単純。
以前の『天上の七騎士』には守るべき主がいなかったが、今期の『天上の七騎士』には守るべき主がいる。それだけだ。
そして、見回りをあらかた終えた私は、最後の確認を行う。
騎士の最後の確認――それは守るべき主の安否の確認だ。
フーズヤーズという国の中で『特別』と言われる大聖堂の中でも、さらに『特別』な部屋。位の高いものしか出入りすることのできない豪奢な領域へと踏み入る。
出迎えるのは一人の少女と一人の男。
「あ、ラグネちゃんです! パリンクロン、これで今日は終わりなのではありませんか?」
「それはありえないなあ、我が主。ラグネは定時であることを知らせただけ。そして我が主は定時までに課題を終わらせることが出来なかった。ゆえに遊びの時間なんて、都合のいいものはあるはずない。あれはやるべきことをやったもののみに与えられる権利って知ってたか?」
その少女こそ『天上の七騎士』の主、ラスティアラ・フーズヤーズ。そして、その隣でいやらしい笑みを張り付けているのが同僚であり上司でもあるパリンクロン・レガシィ。
「お嬢、どうやら今日も居残り勉強のようっすね」
「ああ、我が友ラグネっ。この分からず屋のサディストをどうにかふんじばってさしあげて、一緒に遊びたいとは思いませんか?」
「んー、それは難しいっすねー。まず問題が一つ、私がパリンクロンさんに勝てるかどうかわからないということ。さらに問題が一つ、別に私はお嬢と遊びたいと思っていないこと。そして一番の問題があるっす。ここで手を出しちゃうと、私のお給料が減っちゃうことっす」
「ならば、何一つ問題ありませんね。私は友の勝利を信じていますし、私は友の好意を信じていますし、私は友の献身を信じていますから」
「あ、それじゃあこれで見回り終わりなんで、お先にあがるっすねー。お嬢、パリンクロンさん、またっすー」
「ああっ、ラグネちゃん! そんな! 冷たいです!」
芝居がかった動きで腕を伸ばすお嬢を置いて、パリンクロンさんに一礼したあと、私は部屋から出て行く。
お嬢の言うことに釣られていては命が何個あっても足りない。
ただ、部屋から出てすぐに声をかけられてしまう。ここで私に声をかける人間は少ない。なので、必然と予測はついてしまう。
「ラグネ! お、お嬢様があんなにも救いを求めているのだ! なぜ助けん!?」
予想通り、同僚であり上司である『天上の七騎士』のセラ先輩だった。どうやら、ずっと部屋の外でお嬢の様子を窺っていたようだ。
『天上の七騎士』の仕事が、警護と自己研鑽だけとなったとはいえ、その時間の使い方は流石セラ先輩としか言えない。
「いやぁ、私ってば序列は高めっすけど、一番の新人っすからね。パリンクロンさんの邪魔はできないっす」
「構わん! 序列が上なのだから堂々とすればいい! ほら、いけっ、ラグネ!」
本当に真っ直ぐで綺麗な人だ。
セラ先輩は田舎上がりの騎士の微妙な立場などわかってくれはしない。
だからこそ、私は救われているのだけれど。
「んむむ。なら、私より序列が上のセラ先輩が行けばいいんじゃないっすか?」
「それができたら苦労はせん! なぜか、私はお嬢様の勉強時間に近寄ってはならんことになっておるのだ!」
「そっすかー。それは仕方ないっすねー。それじゃあ、どうしようもできないっすねー。それではまたっすー」
「あ、待て、ラグネ!」
どうしようもないと感じた私は、逃げるようにお嬢の部屋から遠ざかる。
これで今日の見回りは終了。そして、残った時間は何をしようかと考えていたところで、また同僚であり上司の『天上の七騎士』に出会う。
「見ていましたよ、ラグネ。苦労をかけます」
「どうもっす、ハインさん。――それに副長に総長も」
うちのトップスリーが揃い踏みだった。
何事かと思ったが、それは総長がすぐに教えてくれた。
「うむ。相変わらず、ラグネは立ち回るのが上手いものだな。――出会ったついでだ、これから一緒に訓練しないか?」
どうやら、これから大聖堂の庭で特訓のようだ。うちの総長と副長は、次代の期待の星であるハインさんを鍛えるのが日課になっている。とはいえ、騎士の中の騎士である天才三人に囲まれての特訓は空恐ろしい。丁重に断ることにする。
「いえ、遠慮しておくっす。邪魔しちゃうのもあるっすが、それ以上に私の戦い方が特殊すぎるっすからね。自分の技は自分で磨きあげるっす」
「そうか。……確かにお前の言うとおり、おまえの技はおまえにしか理解できんからな」
「また誘ってくださいっす」
こうして私はトップスリーの騎士たちと別れる。
ただ、別れてすぐに野太い悲鳴が上がったのは、おそらく庭で昼寝をしていたホープスのおっさんが総長たちの特訓に巻き込まれたからだろう。
ホープスのおっさんは私と違って言い訳しようがないから、見つかれば即終了だ。かわいそうに。
その野太い悲鳴を無視して、私は自室へと戻っていく。
今日もいつも通り、平和なものだ。
守るべき主は籠の中。たまにパリンクロンさんは胡散臭い笑顔で授業して、セラ先輩はお嬢を追いかけ回して、ハインさんは模範的で、総長は厳しくて、副長は影が薄くて、おっさんは不憫。いつも通りの『天上の七騎士』だ。
けど、長くは続かないと全員が知っている。期限つきの長期休暇であると知っている。
あと半年ほどで聖誕祭が始まり、籠を開ける儀式が行われる。
その日から、本当の仕事が始まるのだろう。わかってる。
けど、私は思ってしまう。思ってはいけないと知りながらも思ってしまう。
ずっと続けばいいのに、と。
この時間がずっと続けば――、そうすれば、私は、もう――
わかってる。
けど、そう思ってしまうのだ。
あーあ……。
ラグネが人生をかけて磨き上げた『魔力物質化』の真価の名は、セレスティアルガーデンでした。




