1-4.酒場での一幕(一章裏の店長とクロウ)
日が昇ったばかりの早朝。
まだ人の少ない酒場で、二人の男がテーブルについて向かい合っていた。
どちらの身体も古傷が多く、歴戦の戦士であることが見てとれる。その二人が鋭い目つきで話し合っている。
いま何も知らない客が入れば、その物騒な鋭気に当てられ辞去を強いられるのは間違いない。
「――で、あの少年は何者なんだい。おやっさん」
片方の男、剣士クロウが問う。
「拾ったんだ」
もう片方の男、酒場の店主は何気なく応えた。
それを聞いたクロウは、即座に首を振った。
「いや、いやいや。嘘はやめようぜ、おやっさん。俺は本気で聞いてるんだ」
「本当だっての。前のやつが辞めちまったから、表に貼り紙を出してたんだ。するとな、あいつが貼り紙をじっと見ててな、そのままふらっと店内に入ってきたんだ」
店主は心外だと言わんばかりに、口早に説明しきった。
「……え、マ、マジなのか?」
クロウは目の前の男が嘘をついていないとわかり、鋭い目つきを崩す。
「金がないから働きたいって言ってきたんだ。見た感じ有能そうだったから、すぐ採用した」
「本当に拾いものなのかよ……。てっきり、どこかの『訳あり』でも引き取ってきたのかと思ったぜ」
予想外の返答にクロウは目を丸くする。
珍しく今日は例の少年がいない日だったので、とことん話すつもりだった。だが、予想外の答えに出鼻をくじかれてしまい、身体の緊張を解く。
それを見た店長は、薄く笑った。
「どうした。そんなに新人のやつが気になるのか?」
「気になる。おやっさんは気にならねえのかい?」
「……まあ、それなりには、な」
「まず一層で返り討ちになったって話からして、眉唾もんだ。あの目と反応を持ってて、一層で躓くなんてありえねえ」
クロウは用意してきた話を披露し始める。
本当は情報を出し渋る店長を追い詰めるために用意したものだ。
「だが、本人はそう言ってる。俺はそれを疑っちゃいねえぞ」
「いや、俺もキリストが嘘をついているとは思ってない。これでも人の見る目はあるほうだ。本当に、あいつは迷宮一層に怯えてやがった。あれだけのセンスを持ちながらな」
話にあがっている少年の名はキリスト。
数日前から、この酒場の従業員として働き出した少年だ。
聞けば、ファニアという田舎から出てきて、迷宮の一層で大火傷したらしい。その火傷痕をクロウは見た。しかし、それでも彼は話の全てを丸々信じてはいない。
探索者として長くやってきた勘が、それを安易に信じることを許さなかった。
だから、こうして本当の話をキリストの雇い主である店長へ聞きに来たのだった。
しかし、店長も顔をしかめるばかりだ。
「確かに戦闘のセンスはあると俺も思う。刃物の扱いが並じゃなかった。ただ、それだけで探索者に向いているとは言えないぜ?」
その程度の反論、クロウにとっては予想の範囲内だ。
「いや、それだけじゃない。迷宮探索で必要な空間把握能力も異常だ。どこに誰がいるのかを覚え、誰に何を頼まれても慌てずに処理してる。一日目からだぜ? てっきり俺は、どこか別の酒場の玄人従業員かと思ったくらいだ」
「新人のやつが違う酒場で働いていたなんてことはない。一応、ヴァルト内では確認した」
「流石、おやっさん。仕事が早い。やっぱり、キリストは素であれなんだな」
「……俺は大体厨房にいるから詳しくはわからないが、そんなにすごいのか?」
「すごい――なんてものじゃねえ。異常なんだ」
「そうか……」
店長は驚かない。
薄らと予期していたことだった。
「だから、なんだ? クビにでもしろって言うのか?」
「いや、違う違う。なあ、おやっさん、あいつを俺に任せてくれないか?」
酷く真剣な表情でクロウは提案する。
だが店長の顔は険しいままだ。
「つまり、迷宮探索のパーティーに入れるってことか……」
「昔、おやっさんが多くの仲間を迷宮で失ったのは知ってる。それを承知で提案する。あいつは迷宮を探索するために生まれてきた人材だ」
「しかしな、そろそろ西の『舞闘会』の時期だろう? おまえも出ると聞いたぜ? そんな余裕はないんじゃないのか?」
「そりゃ、それなりに忙しくはなるが……」
苦し紛れに店長は西の国ラウラヴィアの話を持ち出す。その『舞闘会』とは、連合国で荒事を生業にしているものなら誰でも知っている存在だ。
国を挙げての力自慢の場であり、大陸最高峰のお祭りでもある。
「クロウ……。探索者なんてならずとも、新人のやつは生きていける。もう少しの間だけ、様子を見てやってくれ」
「……それがおやっさんの考えか」
顔に似合わない頼み方をする店長に、クロウは完全に身体の力を抜いた。
椅子へ体の重みを預け、大きく息を吐く。
二人しかいない酒場は静寂に包まれた。
酒場の壁の向こう側から、ヴァルトの街並みの喧騒が薄く聞こえてくる。
そして、クロウはいいことを思いついたという顔で声を出す。
「そうだ。キリストのやつを『舞闘会』に誘ってみようかな。今年は団体戦だからな、そういうのもありだ」
「クロウ……、だからな、そういうことに大人が率先して巻き込むなって俺は言ってんだ……」
「迷宮を探索するのと比べれば安全だって。ルールに守られてる。それによ、もしかしたら優勝できるかもしれないだろ。そうすりゃ、この酒場の宣伝になる。『舞闘会』優勝者の贔屓する酒場だってな」
「優勝? 新人とおまえがか? ははははっ、面白い冗談だ」
「わ、わかんねえだろ! どうなるかは!」
「そうだな……。どうなるかは誰にもわからんだろうな。もしかしたら、あの新人が大陸の頂点に立つ――そんな可能性もあるかもな」
「だろっ。だから、キリストを俺に任せてくれよ」
「それとこれとは話は別だ」
最初の張り詰めた空気は消え、朗らかな談笑が始まる。
クロウは子供っぽく口を尖らせた。
「ちぇっ」
夢のような話をしていると自分でもわかっているのだろう。クロウは『舞闘会』の話をそこで切り上げた。
そして、険のある会話は終わり、酒場はいつもの姿に戻っていく……。
◆◆◆◆◆
ただ――運命とは数奇なもの。
この数週間後、店長は店を空けてまで『舞闘会』を見に行かざるを得なくなる。
そして、クロウの見る目は確かだったと謝るはめにもなる。
しかし、それはもう少し。
あともう少し先の話だ――
いい人しかいません。
店長とクロウのお話はもう少し続きます。




