1-3.マリアの経緯(一章裏のマリア)
戦火によって、私の故郷は燃えてしまった。
その事実を噛み締め、後悔で身体を震わせる。
そう。
悲しみではなく後悔で、私の心は塗りつぶされていた。
理不尽に遭って燃えたのならば、不運を呪えばいいだけだ。丁度、すぐ隣ですすり泣いている『お仲間』たちと同じように。けれど、私は違った。
不運ではなく、自らの選択によってこの状況を引き寄せたのだ。
だから、呪う資格も泣く資格も、私にはない。
そのせいだろうか、身を震わせながらも、私の手はゆったりと動いてくれた。
私は隣で泣いている同じ年くらいの女の子の頭を撫でる。
けれど、女の子は泣き止んでくれはしない。何も言わず、嗚咽を漏らし続ける。絶望に染まった目からこぼれる涙は止まらない。
当然だろう。
いまわたしがいるのは奴隷を運ぶ馬車の中だ。
ところ狭しと様々な人種の老若男女が詰められていた。
つまり、私を含め、ここにいるほとんどが故郷を失った商品ということだ。自由もなければ、希望もない。富裕層を肥やすための生贄だ。
その事実を前に、私の撫でる手は無力すぎた。
「ごめんなさい……」
ふと言葉が漏れる。
謝らなければならないと思った。
隣の女の子の涙一つ止められないことに対してだけではない。もっと多くのことに謝りたかった。
その謝罪は、私の『目』のせいで不幸になってしまった全ての人たちへの言葉でもあった。
私の故郷で多くの人が死んでしまった。
両親と兄から始まり、村の仲間たち。村を助けに来てくれた騎士に、戦争相手の敵兵たち。全員、私がでしゃばったせいで、不幸のどん底へと叩き落された。
自然と、その罪を償うために私は奴隷になったのだと思うようになった。
カタカタと馬車に揺られ、私は心の中で「これでいい」と繰り返す。
もう何も見ないようにして、無力な奴隷として生きていこうと思った。
『目』を隣の女の子から逸らして、何もない宙へと向ける。
馬車の荷台の出入り口に垂れていた布が、ひらりと動くのを見つける。もう人を見るべきではないと思い、布の隙間から見える外へと意識を傾けた。
雲一つない快晴の空だった。
その何気ない空が綺麗だと思った。けど、すぐに頭を振って、綺麗なものを見て心を和ませる資格はないと自分を責める。
『目』は逸れて、馬車の進む街並みへと向けられる。
連合国の一つ、ヴァルトの街だ。他の国と比べると治安は悪く、奴隷の扱いも同様に悪い。周りのお仲間たちが暗い表情になっている原因の一因でもある。
けれど、治安が悪いと聞いていたヴァルトの街並みは予想以上に穏やかだった。迷宮探索者が多いのは間違いないが、物々しい雰囲気はなく、むしろ活気に満ちていた。正直、私の故郷のほうがピリピリしていて物騒だったように見える。
もしも生まれを選べるならば、誰もが私の故郷ではなくヴァルトを選ぶことだろう。
――ああ、もしこの国に生まれていれば、私はいまも私の家族たちと幸せに過ごせたのだろうか……。
意味のない『可能性』を頭に思い浮かべながら、過ぎる街並みを眺め続ける。
探索者用と思われる店があった。田舎には見慣れない小洒落た家屋があった。歩く人々の顔は明るく、馬車の中に並ぶ顔とは似ても似つかない。街道を多くの人が歩いている。子供が笑っていた、大人がそれを嗜めていた。探索者が商人がいて、男が女がいて――その途中、『目』が違和感を見つける。
それは、虚ろな目で歩く黒髪黒目の少年だった。
私より少し年上に見える。
どくんっと……、心臓が僅かに動いた気がした。
ただ、すぐに馬車から見える景色は移り変わり、黒髪黒目の少年は見えなくなる。
「え……」
理由はわからないが、何かが変わったのを感じた。
過去の経験から、また『目』によって運命が動いたのだと私はわかった。
一族と同じ黒髪黒目を見つけただけ。黒髪黒目は珍しいものの、私の一族だけではない。多くの人種の集まる連合国ならば、そう珍しくもない。特に気にすることでもない――はずだ。
私は外を見るのを止めて、うずくまって目を瞑った。
あとは絶望の中、終わりを待つだけだというのに、何の運命が変わるというのか。
振り払うように『目』を強く強く瞑る。
そうしなければいけないと思った。
もう何も変える必要はない。そう心の中で叫んだ。
だから、私は何も見ないように『目』を瞑り続けた。
ずっと。
馬車が止まるまで、ずっと。
だって、そうしなければ、また。
また――
◆◆◆◆◆
――運命は変えられない。
私は出会ってしまう。黒髪黒目の彼と。
連れて行かれた商館で、私は道に迷っていた。
恐れるがままに目を瞑り、外の世界を拒否していたせいで、世話役からはぐれてしまったのだ。
その先で出会った。
また、どくんっと心臓が跳ねる。
『目』が叫んでいた。「この人だ」と。「この人しかいない」と。
その叫びに釣られ、私は目を見開いて少年を見つめてしまった。
鈍い音が聞こえる。
車輪が回り、運命が堕ちていく音だ。
随分と長い間、謝罪ばかり繰り返していた口から違う言葉が漏れる。
「……私は、マリアといいます。名前はマリアです」
か細い声で自分の名前を告げた。
それに少年は答える。
「僕はキリスト……」
その声を聴いた瞬間、長き夜が明けた錯覚がした。
ずっと暗かった世界に光が差した感覚。
そして、私は愚かにも期待を抱いた。
そう。
このときより、私は後悔ではなく、期待を抱き始めたのだ。
過去から『目』を逸らし、未来へ逃げ出そうとした瞬間。
罪深く、欲深い、私の物語。
その再開の鐘がなった瞬間だ――




