1-2.ディアの冒険(一章前のディア、フェンリル・アレイス)
そして、ようやく俺は辿りつく。
運がいいことに、俺は生きている間に見つけてしまった。
地平線に広がる巨大な街。
そこは夢の舞台。小さい頃に読んだ英雄譚の世界。迷宮を囲む連合国。
そこでは、叶えられなかった夢が叶うと言われている。
俺はふらつく身体に鞭を打って、街へと入っていった。
連合国は五つの国から成り立っている。俺が入ったのはヴァルトという国だった。正直、フーズヤーズでなければどこでもよかった。
そこで俺は探索者としてやっていくことを誓う。
それにはまず、水と食料を手に入れなければならない。
商人共に騙され、もう随分と何も口にしていない。このままだと干からびてしまう。
俺は街の換金所へ行って、身に着けているものを売り払うことにする。
使徒として与えられた首飾りや腕輪といった装飾品全てを金に換えた。思えば、こんなものを身につけていたせいで、商人たちに狙われたのかもしれない。
無駄な装飾品は全て捨てる。使徒としての名残は一つも残さないよう、念入りに。
その最後、人の好い換金所の店主が聞いてくる。
「――その剣は売らないのかい? それを売れば、一財産になると思うぜ?」
俺が唯一つ残したもの。
腰に下げた剣を指差して、そう言った。
おそらく、これを売れば数ヶ月は生活に困らないだろう。それほどの一品なのは間違いない。しかし、俺は首を振った。
これだけは使徒と関係なかったからだ。
手入れされず、すっかりボロボロになった『アレイス家の宝剣』。
これは俺の夢を知っている爺さんから貰ったものだ。
いまでもそのときのことを鮮明に思い出せる。
なにせ、あそこまでボロボロにされたのは初めてで、あそこまで酷評されたのも初めてだからだ。
あれは俺が使徒として貴族の家を回っていたときのことだ――
鍛錬に励む貴族の騎士たちを羨ましそうに見ていたら、真っ白な髪の爺さんが声をかけてきた。「お嬢さん、剣を振ってみたいのかい?」と。その問いに俺は首を縦に振った。
ただ、その結果は悲惨なものだった。
ボロボロになって訓練場に倒れこむ俺へ、爺さんは驚きの顔を見せる。
「――う、うーむ……。こんなに才能ないやつを教えたのは初めてだな。これは流石に俺でも手に負えねえ」
使徒を相手に、その爺さんは遠慮がなかった。
ただ、俺を使徒ではなく、一個人として見てくれているような気がして嬉しくもあった。
だから、爺さんに俺は聞く。爺さんならば偽りなく答えてくれる気がしたからだ。
「私、そんなに剣の才能ありませんか?」
「ないな。絶望的だ。まず、剣をもってモンスターと戦うのは無理だろうな」
「でも、一度くらいは剣で戦ってみたいです……」
「……はあ、しゃあねえな。足りない分は物で補うか。ほら、やるよ。うちの名剣だ。これがありゃ、そのへっぽこ剣術でも、モンスターに刃が通るだろ」
そう言って、爺さんは手に持っていた剣を俺に投げた。家紋の入った美しい剣だ。一目で業物であることがわかる。
「え、私が貰っていいんですか? 他にも、お弟子さんは一杯いるのに……」
「いや、むしろ弟子には何もやらねえよ。こんな名剣与えたら、勘違いしちまうからな。けど、シスちゃんなら勘違いできるほどの剣術もないからな。丁度いい」
「そんな理由を聞くと、なんだか受け取りたくないですね……」
「いいから、受け取っとけ。このレベルの剣を使わないと、一度勘違いすることすらできねえぞ」
「でも――」
遠慮し続ける俺へ、爺さんは半ば強引に剣を与えた。
「立場上、俺はおまえを助けてやれねえからな。何も言うな。そのちっぽけな夢の手伝いぐらいさせろ」
何も言ってもいないのに、爺さんは俺が使徒ではなく剣士になりたいことを看破していた。
俺の剣には、そう思わせる何かがあったのかもしれない。
そして、最後に爺さんは呟いていた。
「ただ、願わくば……、おまえを助けてくれる誰かの手に、その剣が渡ることを俺は祈ってるぜ」
俺に剣は使いこなせないと言わんばかりの呟きだった。
その台詞に俺は不満があったものの、爺さんなりの気遣いを含んでいることもわかっていた。
おそらく、この世で爺さんだけが俺の夢を心から応援している。
だから、爺さんの剣は売れない。
夢が潰えるまで。もしくは、その『誰か』とやらが現れるまで。
装飾品だけを売って、俺は換金所から出る。
その金で食事を摂り、迷宮探索に必要なものを買いこむ。
ようやく、最低限の用意ができた。
ここが夢を追いかけるスタートラインだ。
そして、やっと俺の夢は始まる。
使徒の少女シスではなく、探索者の少年ディア。
その冒険の物語が始まる――




