異世界学院の頂上を目指そう13
学院の決闘場で、序列一位の『学院決闘序列』が決着しようとしていた。
仰向けに倒れた僕の上で、カラミア様が馬乗りとなり組み伏して、告げる。
「――もうあなただけ。私が『支配』するのは、カナミ君だけ」
潤んだ瞳が近づく。
もう信じられるのは僕だけと言いつつ、カラミア様は力強く剣を持った手を握り締めた。
僕と彼女の剣が重なった状態で。だから、僕は首を振る。
「カラミア様、違います」
「何も違いません。あなたが、いくら隠れて剣を鍛えようと、迷宮に逃げてレベルを上げようとも、全て無駄。あなたが序列一位になることも、英雄として羽化することもない。私にあなたは『支配』される。この壊れたプレゼントたちのように、ずっと」
僕が拘束から脱出しようとすると、ぎゅっと組み伏す力が増した。
その言葉と行動から、確信する。
剣だ。
この『呪い』の剣が、カラミア様がおかしくなった最大の原因。
ここまでの戦いとアニエスといった仲間たちから貰った情報で、予測できた。
キーワードは『支配』。
ずっとカラミア様は『支配』を求めているのに、いつまでも『支配』できない――という『代償』を世界に追い立てられて、苦しんでいる。
「だから、違います……!!」
「違わないでしょう!? 私とあなたは誓った! ちゃんと契約書で! なのに、あなたは逃げた! 逃がさない! 私はあなたを逃がしたくない! お願い、もう私を一人にしないで! 一秒たりとも!!」
「はい、僕たちは『契約』をしました……! だから、この僕の全力を、よく感じてください。カラミア様なら、見えるはずです。僕の雇用主が、誰であるかを!」
僕はステータスの確認を求めた。
雇用契約という言葉にこだわっているカラミア様は、その言葉通りに行動する。
そして、その潤んだ瞳から、少しずつ困惑の色が混じっていく。
――変わらず、レベル1のままだった。
当然ながら、『力』なんて一桁だから、カラミア様の拘束から脱出するだけの膂力はない。
学院で増えた『後天スキル』だって、『錬金術』と『執事』のみのまま。
雇用主であるカラミア様の望み通りに、『支配』されたままだった。
「え……、な、なんで……? ずっと迷宮にいたのに、レベルが変わっていない……?」
「はい、『契約』を守りました。だから、カラミア様が『支配』するまでもなく、まだ僕は『支配』されたまま。あなたの執事で、専属錬金術師ということです。今日、ここに僕が来たのは最初の雇用契約書通りに、主の魔法道具を管理しに来ただけ。その危ない魔法道具から、助けに来ただけ。だから――」
僕は力を抜く。
剣を落とせば負けという『武器落とし』というルールの決闘で、両の手の平を開き切った。
「あ、あぁっ……!」
剣の英雄として羽化するのを諦めた僕に、カラミア様の動揺は頂点に達する。
そして、『武器落とし』の『決闘』など忘れたように、空いている手で額を押さえて、髪を振り乱したあと、じっと剣を持った自分の手を見る。そこにあるのは、『呪い』の剣。
この剣の『呪い』は、大切なものを『支配』したいからこそ、何も『支配』できなくする。
その『代償』が、ずっとカラミア様を蝕んでいた。
だから、『支配』していたものは全て、これから失われていく――はずだった。
が、目の前には、見事『支配』された僕がいる。
いま、カラミア様は『呪い』による強大な力を得ているのに、『代償』を払えていない状態だ。
矛盾しているとわかったとき、『呪い』の剣の力が崩れ始める。
「ぁ、あれ……? なら、どうして私は、こんなものを……、こんな剣を、持って――どうして、ぁあっ、あぁああ――!!」
カラミア様は自分の心と力を、コントロールできなくなっていく。
『呪い』のこもった武器は、取引の不履行に怒っているのだろうか。
剣から漏れる魔力は荒れ狂い、見るからに暴走していた。
『代償』の代わりとでも言うように、所持者の魔力と生命力を吸っていくのをカラミア様は見て、使用人である僕に――
「に、逃げて……、カナミ君。剣の『支配』が……!」
いつもの身内には甘過ぎる言葉をかけてくれたから、剣を握り直す。
剣の英雄としてではなく、使用人の一人として。主の為に戦うと志し、僕から離れようとする優しいカラミア様の身体に近づき、空いている手で抱き寄せた。
目と鼻の先の距離に、僕から入り込んで、告げる。
「あなたを逃がしはしません。僕を『支配』してるカラミア様を『支配』していいのは、この世で僕だけ。……いま、その剣から、あなたを助けます」
「カナミ君……」
それは『理想』の答え。
さらに、決め手でもあった。
僕は全てを懸けて、カラミア様の剣を捨てさせることを誓った。
カラミア様は主として、使用人の忠言を聞き入れて、その剣を捨てることを決意した。
――この日、学院で最も『魔法道具』の扱いに長けた錬金術師が、剣聖の孫カラミア・アレイスの『呪い』の剣を破壊する。
想いさえ重なれば、それが可能な力が二人にはあった。
いや、この二人にしか出来ない偉業だった。
同時に、それは『武器落とし』の決着であり、相川渦波が序列一位となった瞬間にもなる。
――迷い込んだ『異邦人』が、学院の頂上に辿りつく。
その光景を『蒼き逆鱗』スノウ・ウォーカーは遠くから見ていて、その視線を戦いの終わりに僕は見つけた。
次の日、スノウさんがエルトラリュー学院から去ったことを、僕は情報通のアニエスから知らされて、学院の『学院決闘序列』は終わりを迎えたのだった。
◆◆◆◆◆
序列一位となったことで、僕は学院の借金を全て返し終えた。
学院長のクソジジイから元の世界への帰還の協力も得られて、学院の『異世界』に関する知識も全て公開して貰った。
さらには、次元属性の魔法を習得できる魔石も、ついでに融通して貰った。
しかし、その上で、帰還には『最深部』の奇跡しかないと、学院長から教示された。
情報を吟味・分析した僕も、同じ考えだった。
道のりは、まだまだ長い。
とはいえ、学院長は非常に協力的で、『本土』の『元老院』相手に『異世界』の情報がないかを、これから探ってくれるらしい。
ただ、その代わりに、僕は一つの依頼をされてしまう。
「はあ……。ここが、僕たちの作るギルドの本拠地になるのか……」
「そのようですね。しかし、埃っぽい。お掃除お願いしますね、カナミ君……」
学院での戦いが終わった数ヵ月後に、空っぽの屋敷の執務室にて、カラミア様と僕は埃を手で払っていた。
ギルド活動が盛んなラウラヴィア国にて、エルトラリュー直営ギルドを学院長の養子カナミ・エルトラリューの名で作って欲しいと、学院長に頼まれたからだ。
学院を特別措置で卒業した僕たちは、古くからあるエルトラリューの私有地と別荘を一つ任され、出向いていた。
これから『最深部』を目指すには、どうしても心強い仲間たちが必要だ。
そして、強い集団を作る上で、このラウラヴィアは最も適していた。
学院長らしい誰も損しない取引だ。そういった経緯で僕は、『学院決闘序列』の序列一位の看板を引っさげて、さらにギルドマスターに次期アレイス家当主と噂されるカラミア様を引き連れ、新しいギルド『エルトラリューネイト』を立ち上げることになるのだが――
「ちなみに、先日の決闘で敗北した私は、仕方なくサブマスターとして、あなたの下につくのを甘んじます……。けどカナミ君は、私の執事であることをお忘れなく」
そう言いつつ、懐に忍ばせた雇用契約書を取り出して、嬉しそうに僕に見せつけた。
それに僕は恭しく応えつつ、勝利者の余裕を見せ付ける。
「もちろんです。この身体は隅々まで、お嬢様のモノでしょう。……けれど、お嬢様もお忘れなく。決闘に敗れた君は、もう僕のものだってことを」
「…………っ!」
そう言い返すと、カラミア様は顔を赤くして、照れた。
あの決闘の日から、一つ判明してしまったことがある。
僕が強気に迫って、乱暴にモノ扱いすると……、なぜかカラミア様は喜ぶ。
言い方が少し悪くなるが、我が主には少々マゾっ気があった。
そして、こうして『支配』し合う関係こそが、生まれてからずっと『支配』にこだわり続けた少女の『理想』だったと気づいた。
だから、僕は応える。
「これからは、ギルドのサブマスターとして、俺のために尽くせ。いいな?」
「……いい」
カラミア様は鼻血を出しそうな顔で興奮して「はい」ではなく、「いい」と言った。
正直、僕は余りよろしくない。
彼女は自分の難儀な性癖を自認して、決闘の日から色々と遠慮がなくなっていた。
隙あらば生意気な口を聞いて、ちらりと僕の顔を窺い、先ほどのような『支配』めいた強い言葉を求めるのだ。
主に忠誠を尽くす使用人として、それを僕は断れないと知っていてだ。
……色んな意味で、本当によろしくない。
「ふ、ふふっ、うふふふ――」
だが、おかげでカラミア様が色々な重荷から解放されたのは、その表情を見ていればわかる。
失敗もあったけれど、僕たちは一つの『理想』の関係を手に入れた。
――そして、ラウラヴィアに舞台を移して、僕の新たな物語は始まっていく。
それは一人称が「俺」時々「俺様」となった僕が、ギルドを育てては、仲間たちを顎で使って迷宮を攻略していく物語。
結局、『相川渦波』は英雄として、羽化しなかった。
レベル1のまま、支援役に徹する道を選んでしまった。
ゆえに迷宮攻略法は、英雄らしい単独の短期攻略ではなく、仲間を集めての丁寧な長期攻略となる。
ちなみに、『エルトラリューネイト』の初期メンバーには、親友となったライナー・ヘルヴィルシャインとアニエス・クルーナーの二人が入ってくれている(とはいえ、まだ二人は学院にいるので、ほぼ幽霊メンバーだが)。
心強い初期メンバーだが、同時期にこれからライバルとなるであろうギルドたちにも変化があった。
古参ギルド『スプリーム』と『エピックシーカー』のギルドマスターに、若き天才たちが就任したという知らせがあった。
その天才たちの名はエルミラード・シッダルクとスノウ・ウォーカーの二人。さらに、謎の新興ギルド『リヴィングレジェンド』までも現れて――エルトラリュー学院から始まった因縁は、まだまだ続いていく。
なにより、捩れて絡まった『赤い運命の糸』はどこまでも狂い続ける。
この先の未来は、この脚本を書いた人物でさえも、もうわからないだろう。
それでも、物語は続いていく。迷宮の『最深部』に辿りつくまで――
完!




