異世界学院の頂上を目指そう12
とうとう僕とカラミア様の『決闘』は始まる。
おそらく、これが最後の『学院決闘序列』となるだろう。
迷宮に逃げ込んだ僕が、一歩でもエルトラリュー学院に踏み入ればカラミア・アレイスの派閥の者によって捕縛される。それは、学院の生徒たちにとって周知の事実だった。
ゆえに、この決闘の場は、エルトラリュー学院全域。
そして、勝利条件は『武器落とし』。
互いが互いの許せない『剣』を落とさせたとき、敗者の身は勝者に捧げられる――というルールで、学院の頂点である「序列一位」を賭けた『学院決闘序列』は始まった。
「――はぁっ、はぁっ、はぁっ!」
僕は迷宮から学院に戻るや否や、目標であるカラミア様に向かって全力で駆け出した。
唯一勝ち目があるとすれば、それは短期決着のみだからだ。
ただ、当然だが、僕が迷宮から出てくるのを見張っていた生徒たちが、道中にはたくさん待ち構えていた。
この決闘に、『武器落とし』の他にルールはない。
ゆえに学院を『支配』した生徒会長のカラミア様は、自分の派閥の生徒を力の一つとして、容赦なく行使する。
はっきり言って、余りに不公平な決闘だろう。――だが、それは最初からわかっていたこと。
「――邪魔だっ!!」
鎧袖一触。
すれ違い様に、僕は生徒たちを昏倒させていく。
それは《ディメンション》という魔法の力だけではない。
『剣を持ち、剣で戦う』ことを学んだからだ。
あの『主席王子』と千回以上の決闘を繰り返した僕にとって、いまや一般生徒は敵ではなかった。
なにより、この決闘のために揃えてきた魔法道具は、全て使い捨てながらも一級品。
閃光や煙幕。ときには風の魔法の篭められた指輪を破壊して、目で追い切れない速度で疾走していく。余計な敵は全て、速さで置きざりにしていき――、その途中だった。
背後から、転入してきたときからの友人の声が聞こえる。
「頑張って、カナミ君! 私にスクープを見せてよね!!」
アニエスが、下手な応援を口にしないでもいいのにしてくれた。
さらには、この学院で一番信頼できる後輩の声も響く。
「ここまで僕にさせたんです! 勝たないと恨みますよ、先輩!!」
「ライナー! わたくしはカラミアと知らない仲ではないのです! なぜ、あの転入生の肩を持つのです!?」
家柄のいい生徒たちを引き連れた自らの姉フランリューレの前に立ち塞がって、その動きを抑え、僕の手助けをしてくれた。――そのおかげで、道はできる。目的地である闘技場まで続く廊下が、一直線に空いた。そして、その果てには――
「――さあ、舞台は整った。行ってくるといい、僕の未来の敵よ」
決闘場の前に、エルミラード・シッダルクが立っていた。
その隣を抜けながら、彼とハイタッチを交わす。
――こうして、仲間たちに背中を押されて、辿りついたのは慣れ親しんだ広い闘技場。
僕の捕縛の報告を待つカラミア様と取り巻きたちが十人ほど並んでいた。
僕は入るや否や、《ディメンション》で戦場を把握し、全員の名前とステータスを読み取り、それぞれの弱点を突ける魔法道具に魔力を奔らせて――
「カ、カラミア様! 来ました、例の転入生が、もうこんなところまで――」
「どいてください! 僕は勝ちに来たんじゃない!!」
取り巻きの一人が報告を終える前に、そう叫んだ。
そして、カラミア様の前で壁となっている取り巻きたちと、僕は接触する。
向こうもこちらも、刃のついた真剣を持っている。
一瞬の油断で命を落とすかもしれない戦いが、始まったのだが――向こう側の攻撃は、どこか温かった。
手加減すら感じるのは、取り巻きたちが自らの派閥の代表カラミアの異常に気づいているからだろう。確かに、カラミア様は念願の学院の頂点に立った。その権力と暴力は、どの貴族にも負けなくなった。しかし、『呪い』の剣を使って序列一位になったという噂話が、アニエスの協力によって彼らの耳に入っている。
その迷いが顕著に、この戦いに現れていた。
対して、僕は迷いなく、それぞれの敵が苦手とする属性の魔法を、身に着けた魔法道具を消費して放つ。
「力を解放しろ! ――『火炎』『閃光』『烈風』『水撃』『木鞭』!!」
魔法と共に、剣も振るった。
結果、十人いたはずの取り巻きたちの剣が、全て僕の剣によって弾き飛ばされた。
さらには《ディメンション》を利用して、剣の腹で後頭部や腹部を叩き、次々と気を失わせていく。
「チッ、なんて情けない……! 使えない道具ばかり! ――《ワインド》!」
残ったカラミア様は味方の不甲斐なさを嘆き、舌打ちと共に、そう吐き捨てた。
さらに自分の近くまで吹き飛ばされた仲間の一人を、魔法の風で乱雑に払い除ける。
――本来の彼女ならば、ありえない台詞と行動だった。
カラミア様は『支配』にこだわっているからこそ、権力と暴力の行使には細心の注意を払っていた。敵相手には容赦なく追い立てても、味方に対しては絶対に抑止力と拘束力に留める。それができるだけの強かな知性を備えた人のはずだった。だからこそ、取り巻きの最後の一人が近くで倒れたとき、気絶する前に言い残す。――願いを、託す。
「て、転入生の執事……。癪だが、あとは頼んだぞ……」
薄らと気づいていたのだろう。
頼まれた僕は、勢いを緩めることなく、この短期決戦を終わらせるべく動き、叫ぶ。
「はい! 僕が必ず、いつものカラミアお嬢様に戻します!」
「ああっ、誰も彼も本当に情けない! この私が自ら出なければいけないとは……!」
まず言葉が交差して、続いて闘技場の中央で、僕とカラミア様の剣が交わされた。
もちろん、まともに力比べなどすれば負けるとわかっているので、エルから教わった『剣術』で衝撃は受け流す。
さらに、このときのために用意した魔法道具を全て、砕き、力を解放することで《フレイム》《ワインド》《アイス》などといった魔法を放っていく。
「砕けてもいい! ここでっ、全ての魔力を、使い果たせぇえええええ――!!」
だが、そよ風を受けているかのようにカラミア様は、その肌で魔法を弾いていく。
防御をしようとすらしないのは、理不尽なレベルの暴力だった。
「無駄ですよ、カナミ君。その程度の魔法では、私に通用しないのは一度目の決闘で知っているでしょう? なにより、いまの私にはカナミ君の魔法道具がある。この魔法道具のおかげで、いまやシッダルクやウォーカーの魔法さえ、この私には通じない!」
「ええっ!! わかっています! ただ、だからこそ、僕なら対策が打てる!!」
この魔法の連打は、目くらまし。
本命は、僕の贈った魔法道具の――自壊。
すぐさま手を伸ばして、カラミア様の身に着けた指輪や腕輪に触れ、製作者の僕だけが知っている『術式』を奔らせる。
「壊れろぉ! 全て、弾け飛べ!!」
強引な自壊は、魔力の暴走を生み、装備者にダメージを与える。
それが僕の奥の手――だったのだが、魔法道具に触れても『術式』は奔らなかった。
何か起きる気配すらない。
「な……!?」
「だって、もう壊れてます」
その理由は、満面の笑みのカラミア様の口から説明されていく。
「カナミ君から貰った大切なプレゼントは壊れないように、すでに私の手で大切に壊しました。そうすれば、もう二度と大切なものは壊れません。ふ、ふふっ――」
カラミア様が身に着けている魔法道具は全て、内部にある『術式』を破壊されて、ただのアクセサリとなっていた。
僕は罠に嵌ったことに気づき、青褪める。
「カナミ君でも、これは好きにさせませんよ……。だって、このプレゼントたちは全て、もう私の物です! 私の『支配』にある物です! これから先もずっと、私の手の中で、永遠に管理され続ける物! もう誰にも壊させはしない!!」
自壊のダメージを期待して、無防備に手を伸ばしていた僕は、本当に隙だらけだった。
まず、あっさりと左の手首を掴まれた。
そして、そのまま『体術』によって、一本背負いのように背中から地面に打ち付けられ、腹の上に馬乗りされる。
「グァッ――!!」
呻き声はあげたが、なんとか剣は手離していない。
しかし、カラミア様は自分の剣を握った手を、二人で二つの剣を握るように重ね合わせた。
両腕が、ぴくりとも動かなくなる。
「さあ、これで終わりです。……しかし、その新たな魔法道具の質と量は、あの女と『契約』しましたね? エルミラード・シッダルクだけじゃなく、あのフィルティア・ウォーカーとも組む気ですか? こ、この私を、捨て――、私を捨ててぇええ――!!」
「違います……! それだけは絶対に違います! エルもフィルティアさんも、いつか僕が倒す敵! ずっと僕はカラミア様の味方です!」
「全然違わないじゃないですか! だって、カナミ君は! 私じゃなくて! あの『蒼き逆鱗』と! 私じゃない女性を、見て……、あ、あぁっ! し、『支配』しないと……! 『支配』されないものは、何も信じられない……! どいつもこいつも安心できない!!」
カラミア様は圧倒的優位にいながら、とても苦しげに声を震わせていた。
その余りに不安定な精神は、明らかに外的要因が干渉しているとしか思えない。
そして、その原因を僕は、この体勢になって確信した。
それは、いま僕の顔の隣で、禍々しく輝く『呪い』の剣だ。
アレイス家に封印された武具を手にしてから、カラミア様は劇的におかしくなった。
直感だが、授業で学んだ『呪い』とは別の『何か』が、いまカラミア様に働いている。
「カ、カナミ君だけでした……。私の『理想』を叶えてくれたのはあなただけでした……。この私の歪んだ『支配』を喜んで受け入れてくれたのは、あなただけしかいなかった……。なのに、あなたは私の手から、出て行こうと――」
いまカラミア様は、『支配』を渇望しているのに、自ら『支配』したものを壊していっている。
取り巻きの人たちも、僕からプレゼントされた魔法道具も、『支配』したあとに自ら放棄した。
――完全に進むべき道を間違えている。
この『何か』に名付けるとすれば、それは『相違』だろうか。
この『相違』の『呪い』こそが最大の敵であると、僕は確信した。
そして、覚悟を決める。
その『呪い』を真っ向から乗り越える覚悟を――
『地の理を盗むもの』ローウェンの呪いが迷惑かけてる描写は本編では余りなかったのですが、外伝にて大活躍! 単純にて厄介な呪いですよね、本当に。




