異世界学院の頂上を目指そう1
まず特典で連載という正気ではなかった「もし主人公が別の国エルトラリューをスタート地点にしていた場合のIFネタ」の短編を全13話投稿します。金火曜の週二ペースくらいで。本当に短い2~3000文字程度です。
暗い回廊で目を覚ました僕は、歩きに歩き回った。
どこをどれだけ歩いたかは覚えていない。
途中から、時間感覚なんてものは失ってしまった。
結局僕は、毒にかかったあと、誰も見つけることはできなかった。
減っていくHPに怯え、惑い、震え、絶望の末に意識を手放した。
――そして、拾われる。
フーズヤーズという国ではなく、ヴァルトという国ではなく、『エルトラリュー』という国をスタート地点としたとき運命は激変する。
たったそれだけで大きく道は逸れる。
これは『探索者』でも『迷宮の主』でもなく、『学生』という生き方を選んだ物語――
◆◆◆◆◆
場所は大陸最大の学院エルトラリュー。
その敷地内にある闘技場の中央で、僕は金髪の騎士と剣を交えていた。
周囲の観客席には、若い学生たちがちらほらと見える。生意気な新人が、無様に倒れるのを期待して見に来ているのだろう。その嘲りの交じった目を見ればよくわかる。
観客たちに囃したてられ、金髪の騎士は鼻息荒く剣を振るってくる。
だが、その騎士とは対照的に僕は冷ややかだった。
その荒々しい剣を避けながら、考えごとをする余裕まであった。
考えているのは、いま戦っている対戦相手のこと――ではなく、全く別のこと。
現在、僕が抱えている膨大な借金についてだった――
『借金』。
これこそ、いまの僕の一番の課題であり壁であり、真なる敵だ。
その額は一日毎に利子で膨らみ、およそ常人には返しきれない域へ達しかけている。
学院に拾われた日。そうなるとわかっていた僕は、拾われた恩がありながら国外へ逃げだそうとした。
しかし、逃走は失敗した。
学院の教師陣に囲まれる中、エルトラリュー学院の学院長にこう脅された。
「――ふむ。逃げると言うのならば、その前にぬしの治療費を返してもらおうかのう。あと生徒にならぬ場合、学院へ不法侵入した罪を正式に問うことにもなる。これを拒否するならば、この場にいる全教師が相手になるのじゃが、どうするかの?」
嫌々ながらも僕は頷くしかなかった。
脅しに屈し、怒りで拳を握り締めながら、そのまま入学の書類へとサインさせられてしまった。
そして、その日から僕の名前は『カナミ・エルトラリュー』となった。
魔力を目にこめないと最後まで読めない契約書という意味のわからない詐欺に引っかかってしまった結果だ。
強制的に学院長の養子とされ、国外へ出ることを禁じられ、よくわからない妬みで貴族の学生たちから恨まれる日々が始まる。
すぐに僕は金策へと走った。
借金さえなくなれば、ここから逃げ出すことができると思ったからだ。
元の世界へ戻るためにも、借金返済は必要なことだった。だが、勝手のわからない異世界で簡単に金が集まるはずもない。すぐに返済計画どころか、生活すら危うくなる。
そこへ悪魔の囁きが割り込んできたのだ。
「――ほほう。金がない? ならば、学院で決闘を行うのじゃ。『学院決闘序列』の上位に入れば、奨学金の無利子貸与どころか給付すらもある。いわゆる賞金というやつじゃな」
学生同士で決闘すれば、『序列』とやらが上がっていくらしい。
その『序列』に応じて金をやる。そう言われた。
都合の良すぎる制度もあったものだ。そう僕が怪しむと、学院長はいけしゃあしゃあと答えた。
「うむ。ぬしのために、ついさっき作った制度じゃな。こうすれば、ぬしは必死になってくれるじゃろう? 最近、学院は停滞していて面白みがなくてのう……。たるんでいる貴族の子息らを、ちょっと脅かしてはくれんか?」
そんなことをしている場合じゃないと僕は怒った。
何よりも先に元の世界へ戻らないといけないのだと学院長に根気よく説明をした。
そのために、迷宮の最深部を目指さないといけないということも。
しかし、憎たらしい顔で学院長は答える。
「――これは取引じゃ。もし、ぬしが『学院決闘序列』の頂点へと立ち、さらに借金も完済したのならば、このわしがぬしの異世界帰還に協力してやろう」
正直、魅力的な提案だった。
悔しいことに、この世界で魔法技術が最も進んでいるのは学院国家エルトラリューで間違いなかった。そして、そのトップである学院長が協力するとなれば、迷宮の最深部へ至らずとも元の世界に戻る方法が見つかる可能性がある。
「嘘はつかん。契約しよう。エルトラリューの名にかけてな――」
宣誓と契約が紡がれた――
こうして、僕は学院長の薦める『学院決闘序列』へとやらの戦いに参加することになり、闘技場でやりたくもない決闘をするはめになっているわけだ。
幸い、対戦相手には困ることはなかった。学院に贔屓されている僕を目の敵にしている貴族の学生はいくらでもいる。
すぐに決闘は決まった。対戦相手の序列は1332位、レベル4の騎士だ。
――その騎士がいま僕と剣を交えている金髪の学生、名前はエルクさん。
レベル4。普通に考えれば、レベル1の僕よりも四倍強い相手。
正直、負けてもいいとも思って僕は決闘を受けた。
今日、決闘を大人しく受けたのは感触を確かめることが目的だったからだ。だが不思議にも、勝負は僕が優位に立つことができていた。決闘の中、お金の心配している余裕があるくらいだ。
金髪の学生エルクさんは吼える。
「ちょこまかと! このっ、転入生がァ!!」
迷宮で死にかけた経験が、僕を助けてくれていた。彼の気迫に押されることも、刃の潰れた剣に怯えることもなく、ギリギリのところで攻撃を避け続ける。
僕の力ではない。
ほとんどが次元魔法と『表示』のおかげだ。
ステータスの『表示』で先んじて相手の能力を知り、次元魔法で敵の動きを把握できるのは、対人戦において反則的だった。その能力をフル活用すれば、相手はレベル1だと侮っている敵の考えの裏をつく事ができる。
わざと大きく隙を見せ、大振りを誘う。
それを紙一重で避けて、相手の懐に入る。
たったそれだけで決闘の勝利条件である相手の胸花を奪うことができた。僕の勝ちだ。
「え――? なっ、どうやって――!?」
何が起きたのかわからないといった様子のエルクさんを置いて、僕は呆然と呟く。
「勝った……」
エルクさん以上に驚きながら、彼から距離をとる。
これでどれくらい貰えるんだろう……と思い、学院長から貰った『息子用賞金リスト』というふざけた書類を取り出した。
そこには序列1000位台の相手に勝った場合、銀貨一枚と書いてあった。およそ、数日分の食費に値する額だ。学院長室へ来て打診すればすぐに支払うという補足もあった。それを見て、僕は少しだけ安心する。
なにせ、ここ数日ろくなものを食べていないのだ。何も持たされず学院へ入れるだけ入れられた僕にとって、銀貨一枚は大金だった。
「い、いける……? このまま、もっと序列の高い人を倒せば……!」
リストの中には特別に多額の賞金がかかっている名前欄があった。
その欄の最上位には、勝てば一発で借金返済できる人も書かれていた。名前は――
「――えっと、序列は『番外』、異名は『蒼き逆鱗』。竜人の『スノウ・ウォーカー』さんか。異名からして、すごく怖そうだ。けど、この人を倒せば、もうお金に悩まないで済む……」
まだ見ぬ大物へ想いを馳せる。
『学院決闘序列』を受けるとは言ったが、無駄な時間をかけるつもりはない。
やるならば最速最短だ。すぐに強くなってスノウ・ウォーカーさんとやらを倒してみせると決意する。
「お、おい! 転入生、再戦だ!! 納得いくものかっ、次は『胸花落とし』ではなく『武器落とし』だ!!」
隣で貴族のエルクさんが叫んでいる気がするけど、ずっと僕はリストを読みふける。
一度勝った相手に勝っても賞金は得られない。
最速で元の世界に帰ると決めた以上、再戦なんて論外だ。どよめく観客とうるさい貴族様を置いて、僕は目標を設定する。
目標は一ヶ月。
授業や他の学生とのコミュニケーションなんて二の次だ。
こんな学院すぐに逃げ出して、元の世界へ戻ってやる。
妹のためにも、絶対に……――!
――こうして、僕の『学院決闘序列』荒らしの物語は始まった。
元の世界へと戻るため、変則的な物語が拓かれたのだった。