表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

スカイツリーで会いましょう

作者: 雨月 宙

 彼女と出会ったのは、まだ初夏。どちらかといえば、まだ春の陽気が漂っていて、日差しも穏やかなそんな季節。


 心地よい日差しとそっと優しく撫でるような風が時折吹く晴れた日に、私は家の中にいるよりは外に出ようと、近くの公園まで足を運んだ。

 今日は何故か人が少なく、ひっそりと静か。誰もいないベンチに、私は腰を下ろして、家から持ってきた本を読み始めた。

 私が尊敬し大好きな本。一行一行じっくり読んで、読み終わるとぺらりと紙をめくる。ハードカバーはしっくりと手に馴染み、そのめくる音がまた心地よい。

 読めば読むほど、物語にのめり込み、周りが見えなくなる。


 「あの...」


 私は、のめり込み過ぎて、何か聞こえたような気もしたが、そのまま読み耽った。


 トントン


 肩を優しく突かれて、初めて私は本から目を離した。


 「あの...隣に座っても、いいですか?」


 視線を声のした方へ向ける。マスクをしていても、綺麗だと思う女性がそこに立っていた。


 「あ...はい、どうぞ」


 「ありがとうございます」


 嬉しそうに微笑んだその女性は、花が咲いたように可愛らしかった。

 ちょこんと、私の隣に座ったその女性。小柄で、座ると余計に小さく見えた。そんな所も可愛らしい。だが、存外に私と距離が近い。だから、距離をもう少し離れないかと女性に視線を送った。身長差があるから、どうしても私が見下ろす形になる。

 私の視線に気づいた女性は、私を大きな瞳で見つめてきた。


 「...どうか、しましたか?」


 「...あ、...いや、その...ちょっと...」


 私が気にしすぎなのかと思い直して、言葉が途切れる。


 「ちょっと?」


 不思議そうに女性は、私を見続ける。


 「あぁ...いや、その...いい天気ですね...」


 「そうですね。今日はいい、ピクニック日和です。こんないい天気は久しぶりなので、お昼は外で食べたいと思って、お弁当作って、散歩してたら、いい公園があったので立ち寄ってしまいました」


 「そうなんですね。確かにここ、緑も多いし、花壇の花も手入れが行き届いてて、綺麗ですしね」


 パン


 「そうなんですよ!そこがいいですよね。いつもは、外からチラッと覗くだけで、でも今日こそはと思って入ってよかったです」


 女性は小さく両手を叩いて、その手を口元の所に持っていき、実に嬉しそうに話している。そんな所が可愛らしい人だなと思って聞いていたが、話が少しチグハグしているのに気づく。気になるとどうしても知りたくて仕方なく止められない。


 「...あの...さっき、いい公園があったって言ってたからてっきり始めてくる公園かと思ったんですが、初めてではないんですか?」


 「あっ...」


 女性はしまったという様な顔になって、目がキョロキョロしてる。焦っているのだろう。なんだか可哀想になって、助け舟を出そうと思った瞬間だった。


 「ずっと前に用があって、この公園を通った時にあ、あなたを見かけて......一目惚れして、それで、通い詰めてました。でも、なかなか、勇気でなくて、公園にも入れなくて...眺めてるだけでいいやって思ったんですけど...今日はなんだかすごくいい天気で、良いことありそうだなって...そしたら、あなたに会えて、嬉しくて...あの...その...ごめんなさい」


 女性は顔を真っ赤にして、モジモジしながら俯いてしまった。その女性を見つめながら、私は私で急な告白に驚き、どう反応したら良いか分からず、ただ黙って女性を見つ続けた。


 暫し沈黙が流れた。


 そうした後、どういう訳か、急に私の胸が張り裂けそうなぐらい胸が高まった。


 (あぁ、なんて、可愛い人なんだ)


 ぽつりと落ちてきた言葉。それを噛み締め、私は彼女を好きになった。




 その出会いから、友達以上恋人未満の関係が続いた。

 煮え切らない私が悪いのか、忙しすぎる彼女が悪いのか、それは分からないが、急接近したあの時から徐々に距離が離れてしまった。



 そして今、クリスマスを直前にして、やっと彼女と連絡が取れる様になった。


 私はメッセンジャーで、


 『スカイツリーの展望デッキから東京の街を2人で眺めたい。クリスマス、いつもの時間に東京スカイツリーの下で待ち合わせよう』


 そう送った。返事は、まだない。


 それでも私は、彼女はきっと来ると信じて、チケット二枚分購入した。




 クリスマス当日。


 やけに今日は寒く肌がピリピリし、どんよりと曇り空。今にも雪が降りそうだ。


 彼女から誕生日にもらった時期外れの早めの白いマフラーが、今日という日にちょうど役に立った。

 だが、寒くて手がかじかむ。なんだか気持ちが焦って、手袋を忘れた。


 後もう少し、もう少しで約束の時間。


 なんだか、気温も心も急に冷たく、下がっていく感じがした。


 約束の時間。


 彼女は来ない。


 あぁ、駄目かと落胆して、鞄からチケットを二枚取り出した。


 彼女がいなくても観るべきか、どうしようか迷った。

 上映時間まではもう少し。


 どうしようかと空を見上げた。白い息がぱぁーと広がった。


 すると、息の白さだけではなく、本当にチラチラと粉雪が降ってきた。放射線に落ちていく雪は、気持ちとは裏腹、なんて綺麗なのかと見惚れた。


 「ごめん!!」


 ぎゅっと、後ろから抱きつかれた。私は、存外ボケているので、何が起こったか分からず、すぐに反応できなかった。


 「怒ってるんだよね?ごめん。忙しくて、連絡返さなきゃって思ってたけど、疲れっちゃって、本当にごめんね」


 彼女はぎゅっと力を込める。私はやっと我に返って、彼女の冷たそうに赤くなった手をそっと、両手で包み込んだ。互いに、冷たい。でも、何故か心は温かい。


 「いいよ。来てくれただけで、それだけで、嬉しい」


 私は、ゆっくりと彼女の腕を解いて、彼女と向き合う。彼女は目に涙を溜めていた。大きな瞳は潤んで、しっとりとまつ毛を濡らしている。一生懸命走ってきたのか、雪の寒さのせいなのか、頬が赤い。

 それだけで、とても妖艶に見えた。多分、彼女成分が足りていなかったから、余計に気持ちが盛り上がっているのかもしれない。


 私は外だと忘れて、彼女にそっと軽く口づけた。


 彼女は驚いて、でもすぐに嬉しそうに、頬を更に赤くしてじっと私を愛おしそうに見つめている。


 私はなんだか胸が張り裂けそうな気持ちを抑え、彼女の左手を取って、薬指に口付けた。


 それは、彼女を永遠に幸せにする、おまじない。


 空からは相変わらず雪が降り続けて白く辺りを染め、白い絨毯の様に続いて行く。私達を祝福するかの様に。



 「「寒いね」」



 私達は、そう言いながら互いに笑みを零し、互いに恋人らしく指を絡めて、プラネタリウムへと向かった。


 これから、忘れられない特別なクリスマスが始まる。


 Merry Christmas.

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ