第1話 パン屋の看板娘に恋愛相談を受けた件
さて、また新作を書いてました。ある意味いつも通りのようなそうでないような。
ともあれ、お楽しみください。
「ありがとうねえ。雑談に付き合ってもらっちゃって。唯菜ちゃんはいい子ね」
長話をしたとばかりに、店を出ていこうとするのは、初老のおばあさん。
このパン屋さん「あなたの町のパン屋さん」の常連客でもある。
「いえいえ。美栄さんには、昔から贔屓にしてもらってますから」
微笑んで、返す彼女の名は天城唯菜。
俺にとっては、同高の友達で、このパン屋さんの看板娘でもある。
短く切りそろえたショートカットの髪型に、大きくぱっちりした瞳。
それに、昔から手伝いをしてたせいなのか、身体も引き締まっている。
そんな彼女は、常連さんの人気者。
「唯菜ちゃんも口が上手くなったものね。じゃあ、また明日ね」
「はい。いつもありがとうございます」
折り目正しくお辞儀をする唯菜。すっかり、店員が板についている。
「また明日、お待ちしています」
遅れて、俺もお辞儀をする。
「健斗君も、いい男になったものねえ。唯菜ちゃんと付き合ってみたらどうだい?」
常連さんがこんな軽口を叩くのもいつものこと。
「唯菜ほどいい娘だと、釣り合いませんよ」
「私はそうだとは思わないけどねえ。どうだい、唯菜ちゃんの方は?」
「私は……まだ、恋愛とか考えたことないですから」
うん?いつもなら、もっとサクっと返すのに、妙な間があったような。
「とにかく。美栄さん。そろそろ帰らないと旦那さんに怒られますよ」
「おっと。そうだったね。じゃあ、また明日ね」
と、さんざん雑談した後、最後のお客である美栄さんが出ていく。
他に人が居なくなった店内には、焼いたパンの残り香。
「よし、これでお客さんは最後か」
時間は18時過ぎ。パン屋が閉店するのは18:00なので、少し過ぎてしまった。
「二人とも、今日もお疲れ様」
店の奥から出てきたのは、この店の店主である加奈子さん。
唯菜の母親でもあるけど、もう40過ぎとは思えない程若々しい。
「美栄さんは、いい人なんですけど、いつも長話になるのが困りものですね」
「そういうこと言っちゃ……と言いたいけど、今日は30分以上も話してたもんね」
と二人揃って、目を見合わせて、苦笑いをする。
「じゃ、今日の閉店作業は私がやっておくから。二人はもうあがっていいわよ?」
思わぬ、店主兼雇い主からのお言葉。
「いいんですか?」
「気にしなくていいのよ。唯菜も健斗君も、私がお願いして手伝ってもらってる立場なんだから」
「ありがとー、お母さん!」
「ありがとうございます。加奈子さん」
店の閉店作業は多少とはいえ疲れるので、それをしなくて済むのはありがたい。
「健斗は、帰る?それとも、こっちでゆっくりしていく?」
このお店の入っているビルの2階が、彼女の家でもある。
だから、こうして誘われるのもいつものこと。
少し考えて、
「帰っても、父さんも母さんもまだだろうしな。お邪魔させてもらうか」
そんないつもの返事を返す。
「じゃあさ、久しぶりに、スマブラで対戦でもしない?ね?」
「俺だけキャラ縛りとかなしなら」
「だって、縛らないと健斗が圧勝しちゃうじゃない」
「惨敗しないように、上手くなればいいだろうに」
「私は楽しむのが本分のエンジョイ勢だから」
「じゃ、キャラ縛りはありでいいよ」
そんな事を言いながら、階段を登って、彼女の家にお邪魔する。
そして、俺だけ最弱キャラ縛りという著しく不利な条件でしばし対戦を楽しんだのだった。
「キャラ縛りしてもこれだもんなあ。唯菜、もうちょっと強くなれよ」
「私は不器用だから、無理だよ」
対戦を終え、まったりとした空気で二人して、座布団に座って寛ぐ。
こうして彼女の家で寛ぐようになって、どれくらいの時間が経つだろうか。
身体をほぐすために、ストレッチをしていると、唯菜のもの言いたげな瞳。
「どうしたんだ?何か、相談か?」
こういう雰囲気の時は、なんとなく相談事があるときだ。
「ええと、その……」
「二人ともー、晩ごはんよー」
唯菜が何かを言い出そうとした丁度その時。
加奈子さんが俺たちを呼ぶ声が部屋に響いた。
◇◇◇◇
「加奈子さんのご飯はいつも美味しいですね」
夕食の時間までお邪魔したときは、一家でこうして食卓を囲むことも多い。
唯菜のお父さんは、帰ってくるのが遅いので、夕食を一緒出来る事は少ない。
「健斗君。たかだか、カレーライスに褒めすぎよ」
「いやいや、本当に美味しいですから」
「もう、ほんと、口が上手くなったんだから。お婿さんに来て欲しいくらいねー」
とまた、これもいつもの軽口。しかし。
「ま、まだまだ、早いってば。お母さん!」
やはり、いつものように「もう、何言ってるの?お母さん」とは言わない。
これは、絶対に何かあったパターンだな。
「んん?何か、いつもとノリが違うのよね。唯菜、何かあった?」
さすがに産みの母だけあって、様子が違うことに気づいたらしい。
「だいじょうぶ。別に何もないって」
「それならいいんだけど。あんまり抱え込むと良くないわよ」
たぶん、先程言いかけた相談が関係してそうなんだけど。
◇◇◇◇
「で、さっき言いかけた相談って何だ?」
唯菜の部屋に戻ってから、妙に緊張した空気が流れている。
それも、きっと、相談の件に関係しているんだろう。
「……わかった。言うね」
「ああ、そうしとけ」
「今日ね、男の子に告白されたんだ。どうすればいいと思う?」
「……」
一瞬、ドキっとしたが、かろうじて声には出さないことに成功した。
あの唯菜が、恋愛相談?