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のけ者エルフのセレンディピティ  作者: ゆきんこ
第四章

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竜王城 6

 せっかくのお土産だから、談話室には置いてないお酒が良いな。これはあった。こっちもあったなぁ。これも……。ん~……。


「これはどうだ?」


「それ、談話室で見たよ」


「そうか。では、これは?」


「それもあった……。談話室、色んな種類のお酒、置いてあるからなぁ……」


「そうだな……。少し、予算を上げるか?」


「そうしてみよっか」


 金貨二枚から三枚程度のお酒が置いてある棚を見て歩く。でも、どれもこれも見覚えがあって。


「こっちも駄目だ……。どれも見た事ある……」


「そうか……。あいつら、酒、集めすぎだろ……」


 スマラクト様と二人、がっくり肩を落とす。


「お二人とも、こちらなどいかがです?」


 ヴィルヘルムさんがそう言いながら、棚から一本のお酒の瓶を取り出した。透明の中身に渋いデザインのラベル。僕はそのお酒に覚えがあった。


「それ、ボーゲンさんがじーちゃんにってくれたやつだ……」


 僕がお屋敷に勤めだしてすぐの頃、じーちゃんの仕送りに入れなって、ボーゲンさんが譲ってくれたのと同じお酒だった。


「では、屋敷に置いてありましたか……」


 そう言ったヴィルヘルムさんは一見、無表情。でも、ちょっと残念そうに見えるのは僕の気のせいじゃないと思う。彼も真剣にお土産を選んでくれているようだ。


「ん~ん。ボーゲンさんの私物だったんだ。それを譲ってくれたの。談話室のお酒の棚には無かったと思う」


「その酒は、ヴィルヘルムの一押しなのか?」


 スマラクト様がそう問うと、ヴィルヘルムさんが頷いた。


「はい。先の大戦前には大変評判の良い酒でしたが、先の大戦の戦火により、醸造所が消失してしまって、一時は幻の酒になってしまったらしいです。しかし、二十年程前から再生産を始めて、今ではこの通り、普通に手に入るようになりました。年寄りには懐かしい味なのではないか、と」


「ボーゲンも、買い出しの最中に見かけて、懐かしくてつい買ってしまったのかもしれぬな」


 そう言って、スマラクト様がうんうんと頷く。懐かしいなら、お土産に丁度良いのかな?


「値段は? 高い?」


 あんまり高いお酒は買って帰れない。予算もあるし、もらう方だって遠慮しちゃうし。


「いえ。そこまでではありません。銀貨八枚なので」


「おお! 安いな!」


 スマラクト様が嬉々としてそう口にする。でもね、高いお酒を見て感覚がちょっとマヒしているだけで、決して安いお酒じゃない。


「スマラクト様、全然安くないからね? 予算内だけどさ」


「二人なら銀貨四枚だぞ? 安いではないか」


「安くないよ。普通の家の子じゃ、お小遣いで気軽には買えない値段だもん」


「そうか。そうなのか……」


「そうそう」


 頷きながら、エプロンのポケットからお財布を取り出す。


「お土産、ヴィルヘルムさんが選んでくれたお酒で良いよね、スマラクト様?」


「うむ」


「じゃあ、おじさん、そのお酒下さい」


 僕の言葉に、ヴィルヘルムさんがカウンターにお酒を持って行ってくれる。店主さんもカウンターに戻ってお会計。二つのお財布から銀貨を四枚ずつ取り出して、と。


「はい。銀貨八枚」


「確かに。お嬢ちゃん、主人の財布、預かってるのか。しっかりしてるもんなぁ」


 ここでも、僕がスマラクト様のお財布を預かっているのを驚かれてしまった。普通、僕くらいの年齢じゃ、どんな状況でも主人のお財布は預からないものなんだろう。


「金銭感覚も、思っていた以上にしっかりしていますし」


 ヴィルヘルムさんがそう言うと、スマラクト様が満足そうな顔でうんうんと頷いた。ま、まずい。またスマラクト様の僕自慢が始まってしまう……!


「ス、スマラクト様! 次はお見舞いの品、見繕うんでしょ? 予定たくさんあるんだから、次行こう、次!」


「おお。そうだったな! 邪魔をしたな、店主!」


 意気揚々と、スマラクト様が戸口に向かう。僕はその背を見て、こっそりと安堵の息を吐いた。


 お店を後にし、商業区の廊下を歩く。僕のすぐ先を歩くスマラクト様の足取りは軽い。お買い物を楽しんでいるのが伝わって来る。でも、僕の足取りは重い。


「ねえ、スマラクト様? 本当に――」


 お見舞い行くの? そう言い終わる前にスマラクト様がくるりと振り返った。


「しつこいぞ、アベル! 見舞いは決定事項だッ! それより、ヴィルヘルム。見舞いの品はどんなものが良いだろうか?」


「病人でしたら花でしたり、消化の良い果物でしたり、時間つぶしの本が一般的ですが、重症の怪我人には何とも……」


「果物だと、商業区ではなく農場とかいう所に行かねばなるまいか?」


「一般的な果物ですと、農場に行くのがよろしいかと」


「ふむ……。一つ聞きたいのだが、一般的ではない果物などあるのか?」


「はい。輸入品――他国の果物を扱っている店が商業区にあります」


「ほう! それは面白そうな店だな!」


 そう言ったスマラクト様の声は弾んでいた。声色で興味津々って分かる。


「では、ご案内致します」


 そうしてヴィルヘルムさんに案内してもらったお店に入ったとたん、ぶわっと甘い匂いが鼻を突いた。こ、これは……! お腹が空く匂いだ。さっきお茶しながらお菓子食べたのに、またお腹が空いてきちゃった。ふんふんと嗅いで、お店の中の匂いを堪能する。


「アベル、この店、気に入ったのか? 耳がピコピコ踊っているぞ?」


 そう言って笑ったスマラクト様。僕は慌てて耳を押さえた。僕の耳は感情に連動して動くらしい。自覚は無いけど。今もお店の匂いにテンションが上がって、耳が動いていたようだ。


「いらっしゃいませー!」


 カウンターの奥に座っていた果物屋さんの店主さんは、砂糖菓子屋さんの店主さんと同じくらいか少し下くらい。おじさんなのかお兄さんなのか難しいお年頃の黒髪の人だった。瞳が血の色をしているから、たぶん、ヴァンパイア族の人だ。ヴァンパイア族の人は例外なく、瞳が血の色なんだって本で読んだもん。たま~に、獣人種や悪魔種に属する部族の人でも、瞳の色や髪色、肌色で部族が分かる事があるんだから、魔人族も奥が深いな。うんうん。


「げっ! 副長……!」


 店主さんはヴィルヘルムさんを見て顔色を変えた。ヴィルヘルムさんを役職で呼ぶあたり、この人、ヴィルヘルムさんの部下みたい。


「店主、見舞いに良い果物はあるか?」


 スマラクト様は、店主さんの微妙な反応には興味なし。細かい事は気にしない、実に彼らしい行動だ。


「えっと……。こちらの方は、もしかして……?」


「想像通り、宰相殿のご子息、スマラクト様です」


 ヴィルヘルムさんの言葉に、店主さんの顔からサッと血の気が引く。僕にとってスマラクト様は友達だけど、お城の人にとっては思わず緊張しちゃうような人なんだってよく分かる反応だ。


「何て人を……」


 店主さんはおでこに手を当てて項垂れた。普通、こういう所には、スマラクト様みたいな人は来ないらしい。まあ、それもそうだろう。スマラクト様だって、普段はお屋敷の人達に、代わりに買い物してもらってるし。


「それにしても、見た事の無い果物ばかりだな。美味いのか、これ……」


 スマラクト様が手を伸ばしたのは、細長い果実が房になっている緑色の果物だった。お値段は銀貨一枚。なかなかのお値段だ。


「そちらは水妖王様のお国の果物ですね。そのままでは美味しくないですよ。追熟しないとなので」


「追熟?」


 店主さんの言葉に、スマラクト様が首を傾げる。僕、知ってるよ! 果物やお野菜の中には、常温で置いておくと甘くなるのがあるって本で読んだもん。


「黄色くなって、その後黒い斑点が出て来るんですけど、そうなったら食べごろですね」


「黒い斑点……。あまり見た目は良くないな」


「ただ、皮を剥いた実の食感はクリーミーで、甘くて美味しいですよ。消化も良いので、お見舞いでしたらぴったりかと」


「ふむ……。他におすすめはあるか?」


「はい。そうですねぇ……。この二点は獣王様のお国の果物で、水分が多いので、見舞いの品としては良いかと。ただ、水分が多すぎてトイレが近くなるので、食べ過ぎには注意ですね」


 店主さんが手にしたのは、掌サイズの丸い果物だった。一方は白で、もう一方は緑に黒い縞模様。


「何と! そんなものも扱っているのか!」


 獣王様の国、つまり、サーシャの国の果物と聞いて、スマラクト様の目が輝いた。


「ええ。うちの店は、水妖王様のお国と獣王様のお国と妖精王様のお国の果物を主に扱っています。ああいう南国の果物は、甘味が強かったり、水分が多かったり、実に美味しいんですよねぇ」


 そう言った店主さんの頬は緩んでいて、一目見て、このお店が半分趣味のお店なんだなって分かった。


「そうなのか。因みに、店主一押しはどれだ?」


「どれもお勧めですが、そうですねぇ……。私はレイシの実が一番好きですかね。この実なんですが、皮を剥くと真っ白の果肉に、零れ落ちるほどの果汁、芳醇な香りが広がって、一口齧ると、口の中に天国が広がる心地がするんです」


 そう言って店主さんが手にしたのは、コインを一回り大きくしたくらいの大きさの、赤黒い丸い実だった。全然、美味しそうには見えないんだけど……。


「では、それも入れてくれ。あと、彩りにそこのピンクの実も三つほど入れて――」


 お見舞いの品、このお店の果物盛り合わせで決まりなんだ。サーシャの国の果物を扱っていたのが決め手だったっぽいな。そんな事を考えながら、お店の中を見て歩く。すると、大人でも一抱えもあるような、巨大な果物が低めの棚に置いてあった。サーシャの国の果物だという緑の方を、そのまま大きくしたような果物だ。


「見て、スマラクト様! 巨大な果物があるよ!」


「ん? ほう! アベルの頭より大きいな!」


 比べる対象が……。僕の頭より大きいって……。確かに、大きいけどさ……。もっと、こう、別のものと比べて欲しい。


「ああ……。それ、獣王様のお国の果物の原種ですよ。この小さい方は、品種改良の結果ですね」


 そうか。もともとはこんなに大きな果物なのか。食べきるの、とっても大変そう……。それに、流通させるのも大変――。ああ。そうか。だから小さいのを作ったのか。納得、納得。


「のう、アベル?」


 スマラクト様が果物を見ながら僕を呼ぶ。


「何?」


「この果物、皆で食べないか?」


「みんなって、お屋敷の?」


「うむ。この大きさ、皆で少しずつ分け合えると思うのだが。土産に良いのではないだろうか?」


「そうだろうけど……。持って帰るの、大変じゃない?」


 僕、これ、持てる気がしないんだけど。力持ちのスマラクト様が抱えるにしても、大きすぎて大変だと思う。


「ヴィルヘルム、父上の元まで持って行ってくれぬか?」


「かしこまりました」


 ええ……。ヴィルヘルムさんにお願いするの? んもぉ。スマラクト様、ちょっと図々しいよ。そんな意を込め、スマラクト様をジト目で見る。


「そんな顔をするな。珍しい果物なのだ。屋敷の皆も喜ぶと思うぞ?」


「う……」


 みんなが喜ぶって聞くと……。仕方ないなぁ……。


「分かったよ……。ええと、銀貨四枚だから、半額僕が負担で、銀貨二枚ね」


 自分のお財布から銀貨二枚を取り出す。そんな僕を見て、スマラクト様は満足そうににんまりと笑った。


 そうして、お見舞い用の果物盛り合わせのバスケットと、サーシャの国の巨大な果物を買って、お店を後にした。巨大な果物の方は、店主さんが蔦を編んで作ったとか言っていた、専用持ち運び袋に入れてくれた。


 左手に巨大果物、右手に果物盛りだくさんのバスケットを持っているヴィルヘルムさんだけど、その顔は涼しげだ。流石は力持ちのオーガ族。これくらい、何てこと無いらしい。僕だったら身動き取れなくなっちゃうよ。お土産のお酒を大事に抱えながら、そんな事を考える。


「この後は、病室でよろしいのですよね?」


 ヴィルヘルムさんがそう尋ねると、スマラクト様は笑顔で頷いた。そうして、ヴィルヘルムさんの案内で病室の前までやって来た。


 病室の扉は、商業区で見た扉や、周辺の扉よりも重厚で、ここに特別な部屋があるって一目で分かる。ここがアイリスちゃんの病室かぁ。思っていた以上に立派だ!


「では、私はここで。この果物を宰相殿のお部屋に置いて参ります。その後は、この先の突き当りにある訓練場におりますので、お帰りの際にお寄り下さい。アベル、こちらを」


 そう言って、ヴィルヘルムさんが差し出したのは果物盛り合わせバスケット。僕はそれとお酒を交換するように受け取った。


「重いので気を付けて下さい」


 ヴィルヘルムさんがそう言った通り、受け取ったバスケットはずっしりと重かった。思っていた以上に重い。こんな重いの、持たせてたのか。何だか申し訳なくなってきた……。


「耳が元気なくなっていますが? 重すぎて、持っているのが辛いですか?」


「ううん……。こんな重いの、持たせちゃってたんだなって……。そっちの果物も重い……?」


「気にしなくて大丈夫ですよ」


 そう言ったヴィルヘルムさんがくすりと笑い、僕の頭をぐしゃぐしゃ撫でる。何だかこの撫で方、素の時の父さんみたい。


 へへへ。ヴィルヘルムさんに頭撫でてもらっちゃった。ちょっとは仲良くなれたって事かな。うふふ。


「ヴィルヘルム! アベルは僕の従者なのだぞ! 気安く触るな! じいに言いつけるぞッ!」


 スマラクト様がそう叫んで地団太を踏む。えぇ……。ちょっと頭撫でたくらいじゃん。父さんに言いつけるのは大袈裟だよ……。


「その籠も僕が持つ! 紳士は率先して重い物を持つものなのだから!」


 そう言ったスマラクト様が、ひったくるように僕の手から果物の籠を取った。今のは全然紳士的じゃないよ、スマラクト様……。紳士はもっと、こう、スマートな感じだと思うんだ。まあ、果物のバスケットは重たかったし、持ってくれるのは非常に有難いんだけどさ。

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