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のけ者エルフのセレンディピティ  作者: ゆきんこ
第四章

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竜王城 5

 他愛ない話をしながらお茶をする事しばし。イェガーさんが残っていたお茶をグイっと飲み干し、カップを持って席を立った。


「申し訳ありませんが、そろそろ仕事に戻ります。スマラクト様はゆっくりして行って下さい」


「うむ。時間を取らせて悪かったな、イェガー。あ。そうだ。菓子に使っているというバターとは、作るのは難しいのか?」


「いえ。簡単ですよ。スイギュウのミルクの油脂分を分離させるだけですので。気に入られたのでしたら、後日、兄に作り方と簡単なレシピを送りますが?」


「是非、そうしてくれ!」


 目をキラキラ輝かせるスマラクト様。僕もこくこく頷く。こんなに美味しいお菓子、お屋敷でも食べられるようになったら嬉しい!


「そこまで気に入られたのでしたら、そこの菓子、持ち帰ります? この時間だと、食べる者もほとんどいないでしょうし」


「何! 良いのかっ!」


 イェガーさんの言葉に、スマラクト様が顔を輝かせながらがたりと椅子から立ち上がる。そんなに喜ぶ程、気に入ってたんだ、スマラクト様。確かに美味しかったけど。


「そんなに喜んで頂けると、料理人冥利に尽きますね。兄にも味見させてやって下さい。今後のメニュー作りの参考になるでしょうから」


「うむ! もちろんだ!」


「では、若いのに包ませますね」


 そう微笑みながら言って、イェガーさんが去っていく。


「良かったね、スマラクト様。今日の夕食後のデザートに食べようね!」


「うむ。今日はデザートが盛りだくさんだな。ボーゲンはいつも通り用意してくれているだろうし、砂糖菓子もあるし」


 そう言いながら、スマラクト様は椅子に腰を下ろした。


「しかし、全て一度に食べたら、流石にじいに怒られそうだ」


「あはは。そうだね。どれか一つにしなさいって言われそう」


「きちんと夕飯を食べれば、うるさく言われないだろうか?」


「どうだろうねぇ……。お菓子って、用意してくれてるの以外、食べた事無いからなぁ……」


「そうだ! 夕食後のデザートを食べ終わったら、ボーゲンを呼んで菓子の試食をさせよう。その時、どさくさに紛れて、僕達も食べてしまえば良い!」


「それなら、父さんも大目に見てくれそう!」


「うむ。砂糖菓子は、こっそり隠し持っていれば良いんだ。口に入れてしまえば、じいも吐き出せとは言わないだろう。隠し持っていれば、好きな時に食べられるぞ!」


「そっか! 帰ったら試してみよっか!」


「うむ。そうしよう!」


 そう二人で相談をしていると、低く押し殺した笑い声が。声の主はヴィルヘルムさん。僕達二人の話がツボだったらしい。明後日の方を向いて、口元を押さえて肩を震わせている。


「そんな、おかしな話をしていただろうか?」


「う~ん……。食べ物の話だし、真剣そのもので話す事じゃなかったかもしれないような……」


「それもそうか……。それより、バルトの見舞いの品、どうしようか。やはり、食べ物だろうか?」


「本当にお見舞いに行くの? 絶対に迷惑だよ。バルトさんに気を遣わせちゃうし、アイリスちゃんだって忙しいんだし……」


「だが、見舞いに行ったら、早く元気になるかもしれぬぞ」


「えぇ……」


 スマラクト様、お見舞いに行くの、譲る気は無いらしい。まあ、心配なのも、様子が気になるのも分からなくはないんだけど……。


「食べ物だったら、消化が良いものの方が良いか……。いや。精の付くものの方が喜ばれるか……? 他の候補というと、あとは、花、か……? しかし、男に花というのもなぁ……。うちの屋敷の連中ならば、酒を持って行けば元気になりそうだが、そんな事をしたら、アイリスに病室から叩き出されそうだし――。ヴィルヘルム、そもそも、商業区に食べ物を売っている店はあるのか?」


「ありますが、嗜好品の類が多いですね。食事はこの通り、食堂で取れますので。自炊する者はほとんどおりません」


「ヴィルヘルムさん、ごはん作らないの? お料理上手なのに」


 僕は思わずそう尋ねた。オーガ族の里では手慣れた様子でお料理していたから、普段からお料理するのかと思ってたのに……。


「休みの日には自炊しますよ。色々研究したいですし」


「研究?」


「レシピ本に載っている料理を作って、自分なりにアレンジをしてみるとか……」


「へぇ~。じゃあ、お休みの日のヴィルヘルムさんのお部屋には、美味しいお料理がたくさんあるんだぁ……」


 想像したらよだれが……。じゅるり……。


「たくさんはありませんよ。一人分ですし」


「食材はどこで調達するのだ? 先ほど、商業区には嗜好品の類ばかりと言っていなかったか?」


「食材は農場で、調味料は旧区画で手に入ります」


 ほうほうと、スマラクト様と二人頷く。農場というのはたぶん、生産拠点みたいなものだろう。これだけ大きなお城で、たくさんの人が住んでいるんだから、そういう場所があってもおかしくはない。でも、旧区画って?


「ねぇねぇ、旧区画って?」


「竜王城は、町を飲み込むように増築されて今の形があります。その、元々町だった場所とその周辺の街区ですね」


「ほう! 面白そうな場所だな!」


 そう言ったスマラクト様の目はキラキラ輝いている。興味津々だ。


「スマラクト様がお好きそうな場所ではありますが、女性は立ち入らない方がよろしいかと。花街がある訳ではありませんし、女性がいる事に慣れている者の方が少ないので」


 女性、つまり、僕が一緒だと行けないって事かぁ……。ごめんね、スマラクト様。せっかく楽しそうな場所の情報が聞けたのに。


「そう、か……」


 ああ……。スマラクト様がしょんぼりしちゃった……。うぅ……。僕が男の子だったら、ちょっと覗くくらいは出来たのに……。


「今回は商業区で我慢して下さい」


「……そうだな。まだ全部見ていないしな。バルトの見舞いの品を見繕わねば!」


「あと、僕、お屋敷のみんなにお土産買いたいの。お酒!」


「うむ。土産は二人で金を出し合おうか。そうすれば、多少良い酒を買えるだろう」


「うん!」


 そうして僕達は食堂を後にし、商業区に戻って来た。先導するヴィルヘルムさんに着いて歩いていくと、彼が一枚の扉の前で足を止めた。


「こちら、酒が置いてある店です。種類も値段も幅広く扱っている店ですが、ここで気に入った物が無ければ、別の店にご案内致します」


「ほう。そんな、何件も酒を扱っている店があるのか」


「ええ。安酒を主に取り扱っている店から高級品ばかりの店まで色々です。この店は、高級品の扱いは少ないですが、それなりの質の酒を取り扱っています」


「つまり、ヴィルヘルム一押しの店という事か」


「そうなりますかね」


 スマラクト様の言葉にそう返したヴィルヘルムさんが扉を開いてくれる。すると、カランコロンとベルの音が響いた。


「いらっしゃいませ」


 カウンターの中に座っているおじさんが、このお店の店主さんかな? ボーゲンさんやイェガーさんが年齢的に近そうではある。茶色い髪に黒い瞳のおじさんの部族は、パッと見た感じ、分からない。という事は、妖精種に属する部族の人じゃないんだろう。獣人種か悪魔種か……。


「店主、土産に丁度良い酒はあるか?」


「土産?」


 スマラクト様の言葉に、店主さんが目をぱちくり瞬かせる。こういうお店は、普段、自分用に買っていく人達ばかりなんだろう。


「こちら、宰相殿のご子息のスマラクト様です。屋敷の者達への土産の調達でいらっしゃいました」


「ああ、宰相殿の……。あの連中への土産なら、確かに、酒一択ですね」


 カウンターから出て来た店主さんがそう言いながら、棚の方に歩いて行く。僕達もその後に続いた。


「この棚の商品でしたら、値段的にも質的にも良いかと」


 店主さんが案内してくれた棚には、様々なお酒の瓶が。一つ一つに値札が付いている。だいたい、金貨一枚くらいが目安の棚らしい。


「他の棚も見てみて良い?」


 僕がそう尋ねると、店主さんが笑顔で頷いてくれた。じゃあ、お言葉に甘えて。お店の端から端まで見て歩く。


 げげ! この棚、金貨十枚以上のお酒が置いてある! でも、ラベルのいくつか、見た事あるぞ。お屋敷の談話室の棚の一番上に置いてあったお酒たちだ。誰も手を付けないから不思議だったんだけど、これだけの金額のお酒だ。普段は飲まない、特別なお酒だったらしい。


「ほう……。なかなかの金額だな」


 スマラクト様の言葉に、こくりと頷く。すると、店主さんの笑い声が響いた。


「確かに、そこの棚のは高級品の部類に入りますけど、上には上がありますよ。うちの最高値はカウンターの奥に」


 そう言って店主さんが指差した先はカウンターの奥の棚。場所的に、店主さんしか触れない棚だ。スマラクト様と共にカウンターに駆け寄り、値札を確認する。


「うわっ! 金貨百枚越えばっかり!」


「ここまでくると、飲み物の値段ではないな……。誰が買うんだ、こんな酒……」


 流石のスマラクト様も呆れ気味。でも、領主様なら、この棚にあるようなお酒、たくさん持ってると思うんだ。だって、彼は王族なんだから。安酒ばっかりだったら、逆にびっくりだ。


「酒みたいな嗜好品ってのは、値段に上限が無いんですよ。そこの棚に置いてあるような酒ばかりの店もありますし」


 金貨百枚以上のお酒ばっかりのお店……。想像するだけ恐ろしい。ちょっと失敗して落としちゃった日には、借金生活突入だ。


「店主、聞いても良いか?」


「はい。何なりと」


 スマラクト様の言葉に、店主さんがにっこり笑って頷く。こういうお店をやっているだけあって、このおじさん、人当たりが良いな。


「酒の値段はどうやって決まるのだ? 高い物と安い物の差は何だ?」


「酒の種類でしたり、産地でしたり、作られた年でしたり、条件は様々ですね。ただ、古酒はおおむねどれも高額になりますかね」


「古い酒は良い酒という事か?」


「と言うより、希少価値ですね。例えば、この新酒」


 そう言って、店主さんが手近な棚からお酒の瓶を一本手に取った。銀貨五枚程度の金額だから、お店の中に置いてあるお酒の中では比較的お財布に優しいお酒だ。


「これを百年後まで飲まずに置いておく。すると、現存する本数が少なくなり、そこの棚の仲間入り――は出来なくても、金貨三十枚程度にはなるかと思います」


「ほう! そんなに高くなるのか!」


「あくまで予想ですがね。それに、湿度や温度管理が不十分で変質してしまったら、ただのごみですが」


「そうなのか……」


 ちょっと残念そうなスマラクト様。もしかしたら、ちょっと良さそうなお酒を一本買って、ず~っと持っていようと思っていたのかもしれない。高いお値段になったら大儲け、と。


「無駄遣いは駄目だよ、スマラクト様! お土産だけ買うんだよ!」


「分かっている!」


 僕の言葉に、スマラクト様がちょっと投げやり気味に答える。


「んもぉ。そういうの、良くないよ!」


「ふん!」


「紳士はきっと、そういう態度取らないんだから!」


「む……」


「さ! お土産選ぼう!」


 スマラクト様の手を引っ張って、店主さんがお勧めしてくれた棚のお酒を品定めを始めた。

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