竜王城 4
お菓子を見るスマラクト様の目は爛々と輝いていた。こんなにたくさんのお菓子、初めて見るもんね。興奮するのも分かる。でも! 僕、待っててって言ったのに!
「スマラクト様! 待っててって言ったでしょ!」
「すまぬ。待ちきれなかった!」
「んもぉ。仕方ないなぁ……」
「それより、アベル! 見ろ! たくさんあるぞ!」
「うん。色んなのがあるね」
テーブルの上のお菓子は、普段、僕達がおやつで食べているような焼き菓子がメインだった。どれもこれも、切り分けて食べる事を想定しているサイズじゃない。一人前に予め切り分けてあったり、一口サイズだったり。お茶するグループの人数を気にしなくて良いように配慮されているんだろう。
「どれが良いだろうか……? ヴィルヘルムにおすすめを聞いておけば良かったな……」
「そうだねぇ。どれも美味しそうだもんね」
「うむ……。あ。そうだ、アベル。イェガーが来たら、僕の財布から銀貨三枚払っておいてくれ。それくらいあれば、二人分には十分だろう」
「二人分……? もしかして、僕の分もスマラクト様が払ってくれるの?」
「ああ。僕は男でアベルよりも年上なのだから、こういう時は僕が払うべきだろう。それが紳士というものだ」
「ん~……。せっかくだけど、僕、自分で払うよ。父さん、前に言ってたもん。友達は、施し施される間柄じゃないって。スマラクト様に払ってもらうの、友達としては違う気がする」
「そういえば、じいがそんな事、言っていたな……。分かった。では、僕の財布から銀貨一枚と銅貨五枚、払っておいてくれ」
「うん。分かった!」
スマラクト様のお財布を取り出し、銀貨一枚と銅貨五枚を取り出す。続いて、自分のお財布を出し、僕は同じ額を出そうとして手を止めた。
「あれ……。銅貨、足りないや……」
仕方ないから、スマラクト様の銅貨五枚をお財布に入れ、銀貨二枚を取り出す。銅貨が増えて、お財布がちょっとだけ重くなった! 細かいお金って良いよね。たくさん入ってる気がして。
「あ。アベル。イェガーが来たぞ!」
僕はその言葉に振り返り、スマラクト様の視線の先を見た。そこにはヴィルヘルムさんと、白い服に白いエプロン、白い帽子のおじさんが一人。白い服は料理人さんの服なのは、お城でもお屋敷でも一緒みたい。
あの人がボーゲンさんの弟さんかぁ。けっこう似てるな。髭もじゃだし、体形も顔も厳ついし。
でも、ボーゲンさんの方がほんのちょっと人懐っこい顔をしている気がする。それに、ボーゲンさんの方が、少し背が高いと思う。イェガーさんは、ボーゲンさんを少し小柄にして、もっと強面にした感じだ。
「久しいな、イェガー! 息災だったか?」
「はい。お久しぶりにございます、スマラクト様」
「こっちは僕の従者のアベルだ。アベル、イェガーにお茶代を」
「始めまして。エルフ族のアベルです。ボーゲンさんには、いつもお世話になっています。これ、二人分のお茶代です」
僕はぺこりと頭を下げて自己紹介をすると、銀貨三枚を差し出した。手を出してそれを受け取ったイェガーさんが目を丸くする。
「こんなに……。よろしいのですか?」
「うむ。その代わり、いくつか菓子をもらうぞ!」
「ええ。お好きに召し上がって下さい。まあ、兄の菓子には負けるでしょうけど」
にこっと笑ったイェガーさん。笑い方、ボーゲンさんに似てる! 流石は兄弟だ!
「おすすめなどあるか?」
「おすすめというか、変わり種だったらありますよ。まだ広がっていない食材を使っているので、ここでしか食べられません」
「何! どれだ!」
食い気味でスマラクト様が問う。スマラクト様って、珍しい物好きなんだね。思わず僕は苦笑した。イェガーさんも苦笑している。ヴィルヘルムさんは一見、無表情。でも、スマラクト様を見る彼の目が生温かいような気がした。
「この辺の焼き菓子ですね。バターという、アオイ様が元々いらっしゃった世界ではよく食べられていた食材を、油代わりに使っています。コクが増して、濃厚な風味と香りの焼き菓子です。あと、こちらのケーキのクリームにもバターを使ってみたのですが、甘党には大変評判が良いですね」
イェガーさんに教えてもらったお菓子をスマラクト様が嬉々として小皿に取っていく。じゃあ、僕も。シンプルな丸い一口サイズの焼き菓子とドライフルーツの入ったずっしり系のケーキと、クリームが塗ってあるケーキをもらっておこっと!
「イェガーとヴィルヘルムも茶に付き合ってくれ」
満面の笑みでそう言ったスマラクト様に、イェガーさんは笑顔で頷いてくれた。でも、ヴィルヘルムさんは戸惑っているよう。
「私も、ですか……?」
「うむ。僕達を案内して疲れたであろう。座って休んでくれ」
「しかし――」
「まあ、良いじゃねえか。スマラクト様がこうおっしゃって下さってるんだ。固い事事言うな」
イェガーさんが声を出して笑いながら、ヴィルヘルムさんの背中をバシバシ叩く。まるで、ボーゲンさんが師匠にするように。でも、ヴィルヘルムさんは師匠みたいにむせ込む事は無かった。慣れっこなのか、ヴィルヘルムさんの体が頑丈なのか、師匠が歳なのか、何なのか……。ただ、彼はほんのちょっと迷惑そうな顔をしていた。
四人一緒に席に着くと、僕はお茶のポットに手を伸ばした。でも、一瞬早く、ヴィルヘルムさんがそれを取ってしまう。あぁ……。
「ヴィルヘルムよぉ。お嬢ちゃんがそれ、淹れたかったみたいだぞ?」
イェガーさんの言葉に、ヴィルヘルムさんがポットと僕を見比べた。僕、お茶の準備、お願いされてたよね? そりゃ、僕の方が手を伸ばすの遅かったけど……。でも、お茶の準備お願いしますって、さっき言ってたよね? そんな意を込めてヴィルヘルムさんを見つめる。すると、彼はバツの悪そうな顔でポットを僕の前に置いてくれた。僕が準備して良いらしい。やった!
「すまんねぇ、お嬢ちゃん。マイペースって言うと語弊がありそうだが、そういうやつなんだ」
「うん。そういうところ、父さんと似てるよね」
父さんも、ヴィルヘルムさんみたいに、サッサッサッと行動しちゃうところがある。付いて行くのがとっても大変だけど、それに付いていけるようになれば一人前だって、父さん、言ってた。だから、僕も頑張らねば!
「父さん? 宰相殿の屋敷に、エルフ族の使用人なんかいたか?」
イェガーさんが不思議そうに首を傾げる。すると、スマラクト様がちょっと不機嫌そうにフンと鼻を鳴らした。
「カインだ」
「ん? この子、カイン殿の養女なんですか?」
「正式な養女ではない。異なる部族間の養子縁組には、それぞれの族長の承認が必要だからな。オーガ族は良いとして、問題はエルフ族の方だ。排他的な部族であるし、他部族との養子縁組は承認しないだろう。特に、アベルは女だからな。男を引き取るよりも難しい。それならば、今のまま暮らしていた方が互いに良い」
「ねぇ、ねぇ、スマラクト様? エルフ族の族長さんって? そんな人、いるの? 僕、会った事無いよ?」
「バルトの出身の町周辺を治めている領主だ。この国にいる、国に出生の届け出のあったエルフ族は、そやつが管理する事になっている。アベルが里を出た事と、うちの屋敷で働いている事は報告済みだ。性別がどうなっているのかは知らんが、じいの事だから、報告時に訂正しているのではないか」
答えたスマラクト様は投げやりな感じ。すると、イェガーさんが声を出して笑った。
「スマラクト様。二人の関係に嫉妬などせずとも、カイン殿もお嬢ちゃんも、一番大切なのはスマラクト様ですよ」
「嫉妬などしていない! ただ、面白くないだけだ!」
顔を真っ赤にしてスマラクト様が叫ぶ。ムキになって否定すればするほど、その言葉を肯定してるって、分かってないのかな?
「それを、一般的には嫉妬と言います」
間髪入れず、ヴィルヘルムさんがそう口にする。あはは。手厳しい。毒を吐いている時の父さんみたい。スマラクト様はぐぬぬと唸っている。
「心配しなくても、僕が一番好きなのはスマラクト様だよ。はい、お茶」
僕は満面の笑みでスマラクト様の前にお茶を置いた。嫉妬するなんて、スマラクト様も可愛いところあるよね。
スマラクト様の正面の席に座るイェガーさん、そのお隣、僕の正面の席のヴィルヘルムさんの前にもお茶を置いて、と。では。
「いただきま~す!」
まずはお茶で口を少し湿らせて、シンプルな丸い焼き菓子を一口齧る。こ、これは!
「おいしー!」
「確かに、いつも食べている菓子とは一味違うな」
「僕、このお菓子好き!」
いつも食べているボーゲンさんのお菓子はもちろん美味しい。でも、これはまた違った美味しさだ。濃厚な味と香りに、ほど良い甘さ。ボーゲンさんの作るお菓子は凄く凝っていて、複雑な大人の味な事が多いけど、イェガーさんのお菓子はいたってシンプル。好みが分かれるところだろうけど、僕はイェガーさんのお菓子の方が好きかも! 一口かじったお菓子の残りを一気に頬張り、次はドライフルーツ入りのケーキを頬張る。お口の中が幸せ。ん~。
「おいおい。そんな一気に頬張って大丈夫か? 喉に詰まらせるなよ?」
「ふぁい」
イェガーさんの言葉に、口をもごもご動かしながら返事をする。そして、お茶をぐびっと飲んだ。ふぅ……。
「小動物……」
そう呟いたヴィルヘルムさん。小動物? それって僕の事? むむむ!
「確かに、今、頬袋が出来ていたな」
スマラクト様がそう言って笑う。イェガーさんまで、肩を震わせていた。む~ッ!
「僕、小動物じゃないもんッ!」
「失礼しました。あまりにも可愛らしかったもので」
「か、かわっ……!」
今、ヴィルヘルムさん、僕を可愛いって言った? 言ったよね? 驚いたのは僕だけじゃなかった。スマラクト様もギョッとした顔をしてヴィルヘルムさんを見ている。
「素直と言うか、バカ正直と言うか……」
そう言ったイェガーさんは、呆れたように笑っていた。
「アベルは僕の友なのだぞ! いくらヴィルヘルムでもやらぬからなッ!」
慌てたようにスマラクト様が叫ぶ。すると、ヴィルヘルムさんはしれっとした顔をしながらお茶を一口啜った。
「そんな図々しい事は思っておりません。カイン殿からも、個人的なやり取りは報告するよう、くぎを刺されていますし」
「そ、そうだぞ! アベルとのやり取りは、じいと、主人である僕を通してもらおう!」
父さんとスマラクト様を通すって……。万が一、ヴィルヘルムさんから僕宛に手紙が来ても、二人のうちどちらかが握りつぶしそうな気が……。
「お~お~。将来、婚期を逃しそうだな、お嬢ちゃん」
そう言って笑ったイェガーさん。縁起でもない事言わないでくれる? 僕はむ~っと頬を膨らませると、そんなイェガーさんをじろりと睨んだ。




