竜王城 2
書庫を出た僕達は、商業区へと向かった。ヴィルヘルムさんに先導され、長い廊下を再び延々と歩く。方向感覚も何もなくなるな、これは……。
「商業区ではどのような店にいらっしゃるご予定ですか?」
歩きながらヴィルヘルムさんが問う。すると、スマラクト様がちょっと難しい顔をした。
「良さそうなものがあれば買いたいとは思っているのだが、具体的に欲しい物とかはあまりないのだ。自分で選んで買い物をする体験がしたいというか……」
そっか。スマラクト様が商業区に来たがっていたのは、お買い物をあんまりしたことが無いからなのか。言われてみれば、必要な物はお屋敷の人達が町で買って来てくれるから、自分で選んで買うってしない立場だもんね、スマラクト様は。
「そうでしたか。アベルは魔石屋と菓子屋に行きたいと言っていましたよね?」
「うん! 今日はお小遣いたくさん持ってきたから、魔石もお菓子もたくさん買うの! あ! あと、お屋敷の人達にお酒も買って帰りたい!」
「菓子は僕も欲しい!」
すかさずスマラクト様が叫ぶ。スマラクト様も、何だかんだ甘い物が好きだからね。
「では、まずは菓子屋からご案内致します。焼き菓子と砂糖菓子、どちらがお好みです?」
『砂糖菓子……?』
スマラクト様と二人、顔を見合わせて首を傾げる。焼き菓子とは違うお菓子みたいだけど、それがどんなのか分からない。
「ええと……。キャンディーやキャラメル、綿あめ、砂糖漬けなどの菓子ですが、召し上がった事はありませんでしたか?」
「綿あめ! 食べた事あるよね!」
「ああ。町の祭りで食べたな! キャンディーも食べた事があるぞ。そうだなぁ……。焼き菓子はいつも食べているし、砂糖菓子を買って帰ろうか、アベル」
「うん!」
そうして僕達は商業区の砂糖菓子屋さんにやって来た。因みに、このお店のお隣がウルペスさんのお店らしい。そこは、領主様が言っていたように、休業の看板がかかっていた。
砂糖菓子屋さんの扉をヴィルヘルムさんが開くと、カランコロンと扉のベルが鳴った。その扉をヴィルヘルムさんが押さえててくれる。僕はそんな彼にぺこりと頭を下げ、先にお店に入っていったスマラクト様の後に続いた。
お店の中にはカラフルな何か。瓶に詰まっていたり、棒に刺して立てて置いてあったり。これが砂糖菓子……。色んな色と形があるなぁ。カラフルなお菓子が多いからか、お店の中も可愛らしい感じの内装だし、このお店、僕、好きかも!
あ。ラッセルボックの形のお菓子がある! あっちのは鳥の形だ! 棒に刺さっているのは大きいし、凝った形のもあるんだ!
「こちらが飴細工で、あちらの瓶に入っているのと棒に刺さっているのがキャンディーですね。キャラメルがあの紙に包んであるもので、綿あめはそちらに。まとめ買いをされるのでしたら、そこの買い物籠をお使い下さい」
棒に刺さった、凝った形のお菓子は飴細工というらしい。これ、一個買っちゃおうかな。何だか可愛いし。あとあと、キャンディーは外せない。瓶詰だったら、じいちゃんにも送ってあげられそう。お屋敷の人達にも分けてあげたいし、三つ買っちゃおうかな。キャラメルは包み紙で包装されてるけど、瓶には入ってないのかぁ。湿気にやられそうだなぁ。でも、じいちゃんに送ってあげたいし、僕も食べたいしぃ……。ん~。いいや。じいちゃんには早めに食べてねってお手紙入れておこっと。そんな事を考えながら、お買い物用の籠に商品を入れていく。スマラクト様も嬉々とした様子で商品を選んでいた。
「いらっしゃいませ。初めてのお客様ですね」
店主さんらしきおじさんが、腰をかがめてスマラクト様に話しかける。優しそうな感じのおじさんだ。ふわふわでちょっと癖のある金色の髪や、少し垂れ気味の目が、話しかけやすそうな印象を与えている。
「そちら、宰相殿のご子息、スマラクト様です」
ヴィルヘルムさんがそう言うと、店主さんの顔が見事に引き攣った。
「こんなとこに、なんて人、連れて来るんですか!」
「砂糖菓子をご所望でしたので」
「だからって!」
「店主。この色々な形をしている飴細工とは、キャンディーの一種か?」
「え、あ、はい! そうです!」
スマラクト様の問いに、店主さんがビシッと背筋を伸ばしてそう答える。
「値段は――」
「そこの札にございます! はい!」
店主さんの示した先には価格表。赤いリボンが付いているのが銅貨一枚で、黄色いリボンが付いてるのが銅貨二枚か。ん? 実演はプラス銅貨一枚で承ります?
「ねぇ、おじさん! 実演って?」
「お、おじ――!」
僕の言葉に店主さんが絶句する。この反応、見た事ある。バルトさんをおじさんと言った時と同じだ。でも、見た感じ、バルトさんと同じか少し上くらいの年齢だし、おじさんで良いと思うんだけど。お兄さんって呼ばれたかったのかな?
「実演とは、その場で作る事だぞ」
そう教えてくれたのはスマラクト様だった。それにヴィルヘルムさんも頷いている。
「じゃあ、こういうの、その場で作ってくれるって事?」
「そういう事だろう。店主、一つ作ってみてくれ。この鳥の色違いの、青いのが欲しい」
「僕ね、お花! ピンクのお花が欲しい!」
「え? え?」
店主さんが戸惑ったように僕達とヴィルヘルムさんを見比べる。
「作って差し上げて下さい。そういう体験をする為にいらしたので」
店主さんは何かに納得したようだった。苦笑すると、奥に引っ込んでいく。そうして少しして、材料が入ったらしき容器を持って戻って来た。それをカウンターに置く。
「では、まずはスマラクト様のですね。青い鳥、でしたか?」
「うむ」
「では、まずは青い飴を作りまして――」
店主さんは慣れた様子で飴細工を作ってくれた。スマラクト様には青い鳥。僕にはピンク色のバラの花。
「凄い特技だな、店主!」
「いえ。私はこれくらいしか出来ませんから。セイレーン族のくせに、歌も楽器も出来ませんし……」
店主さんがそう言って自嘲気味に笑った。
「セイレーン族か。どおりで手先が器用なはずだ」
スマラクト様がうんうんと頷く。しかし、歌も楽器も出来ないセイレーン族かぁ。すっごい珍しいタイプの人だ、この人。動物好きで有名なエルフ族が動物嫌いとか、戦闘部族で通っているオーガ族が戦闘嫌いとか、職人部族って言われているドワーフ族なのに手先が不器用とか。
セイレーン族といえば歌と楽器演奏が得意ってイメージが一般的だから、それくらい珍しい。でもまあ、得意な事も苦手な事も、人それぞれだよね、うん。
「こんなに可愛いキャンディー作れるんだから、おじさん、凄いよ!」
「うむ。誇って良い特技だぞ!」
「そう、ですかね……。何か照れますね」
珍しいタイプの人だからか、あまり褒められ慣れていないみたい。店主さんは照れ臭そうに笑っていた。
「この飴細工はお持ち帰りですか?」
店主さんに問われ、スマラクト様は満面の笑みで頷いた。僕もこくこくと頷く。こんなに可愛い飴細工だ。お屋敷のみんなにも見せてあげねば!
「では、包みますね」
店主さんは紙で飴細工を紙で包んでくれた。そして、それらを僕達に渡してくれる。僕は買い物かごにそれを入れた。そうしてお買い物の続き。色んなのがあるから目移りしちゃう。綿あめも食べたいから一個入れとこ。
そうしてお会計。一つ一つは安価な砂糖菓子だけど、量が量だから結構な額になった。僕のは銀貨三枚ね。エプロンのポケットからお財布を取り出し、お支払い。
スマラクト様は銀貨二枚と銅貨五枚。それを預かっていた彼のお財布から取り出し、支払う。そんな僕を見て、店主さんもヴィルヘルムさんも、ちょっと驚いていた。
「何? 何でそんな顔するの?」
「いえ。しっかり者なんだなぁと。その歳で、主人の財布を預かるなんて」
店主さんが微笑みながらそう口にする。その言葉に、背中のあたりがムズムズする。
「そ、そう? 今日は僕達だけだからって預かったんだけど……」
「紛失する恐れのある人間には預けませんから。スマラクト様にもカイン殿にも信頼されているのですね」
ヴィルヘルムさんにそう言われ、ムズムズが更に増す。う~。あんまり褒めないで欲しい。
「そうだぞ! うちのアベルはしっかり者なのだ! それに、勉強家だし、向上心もあるし――」
突然、スマラクト様の僕自慢が始まる。ああ。何でこんな事に……。いや、まあ、スマラクト様の気持ちも分かるんだけどさ。純粋に、僕が褒められた事を喜んでいるんだ。僕だって、スマラクト様が褒められてたら、どれだけスマラクト様が凄いか演説しちゃうと思う。でも、恥ずかしい。穴があったら入りたい……! 赤くなっているだろう顔を両手で覆って隠す。
「あはは。照れちゃってますよ、スマラクト様。可愛い子ですねぇ」
「うむ!」
そうだろう、そうだろうと、スマラクト様が頷いている。んもぉ! 何か嫌だ、この空間!
「スマラクト様! 次のお店、行こうよぉ!」
「アベルは恥ずかしがり屋だなぁ! よし。次は魔石屋だったな。邪魔をしたな、店主」
「いえいえ。ありがとうございました。またお越し下さい」
戸口まで店主さんに見送られ、お店を後にする。因みに、荷物はヴィルヘルムさんが持ってくれている。僕とスマラクト様の分の紙袋二つを僕が受け取ろうとしたら、横からサッと回収されてしまった。道案内だけでもありがたいのに、荷物持ちまでしてくれるとは。感謝だ。
先を歩くヴィルヘルムさんに着いて行く。すれ違う人、すれ違う人、奇異な目で僕達を見ていた。普段見かけない子どもが二人、ヴィルヘルムさんに連れられて歩いていたら、二度見もしたくなるよね。
「ここが魔石屋です」
そう言ってヴィルヘルムさんが扉を開くと、カランコロンと扉のベルが鳴った。このベル、この商業区ではみんな付けているものなのかな? そんな事を考えながら、先に入っていったスマラクト様に続いてお店の中に入る。
色とりどりの魔石がキラキラ輝く。魔石は、大きいものから小さいものまでいろいろ置いてあった。ただ、小さい物でも、今日の僕の予算では買えない。僕が欲しいのは、こういうのじゃないんだよなぁ。そんな事を考えながらお店の中を見回す。
お店の中はいたってシンプルだった。質素な木の棚に、大小さまざまな魔石が等間隔に置いてあるだけ。あ。あっちの棚には護符も置いてあった。核の魔石は大きいし、高そうな護符だ。
「いらっしゃい」
そう声を掛けてくれたのは、見るからにドワーフ族の小柄のおじさんだった。ちょっと不愛想なのは、ドワーフ族らしさなんだろうな。気難しい人が多いって、本にも書いてあったし。
「ん? その緑の髪色、スマラクト様、か……?」
「いかにも! 僕はスマラクトだ!」
店主さんの問いに、スマラクト様が自信満々に頷く。知り合い、ではなさそうだ。店主さん、疑問形だったし。
「グリンマーのじいさんとカイン殿は元気ですか?」
「うむ。二人とも、年齢を感じさせぬほどに元気だぞ! そなたは、グリンマーとじいの知り合いか?」
「ええ。俺はカイン殿の元部下で、グリンマーのじいさんの弟子です」
「ほう! では、アベルの兄弟子だな!」
僕は店主のおじさんをまじまじと見た。歳はボーゲンさんに近いだろうか? 黒い髪と髭にちらほらと白髪が混じり、目尻と口元のしわも目立ち始めている。
師匠が若い頃、お城勤めをしている頃の弟子なんだろう。確かに、兄弟子なんだろうけど、何だろう……。こう、違和感が……。僕と歳が離れすぎているからだろうか?
「あのじいさん、棺桶に片足突っ込んでる年齢で弟子なんて取ったんですか?」
「うむ。うちのアベルは将来性豊かだからな! 放っておけなかったようだ!」
「え。違うよ。師匠になってって、僕がお願いしたんだよ! いい加減な事言ったら駄目だよ、スマラクト様!」
スマラクト様の袖をクイクイ引っ張りながらそう言う。でも、スマラクト様は聞く耳持たず。
「アベルは手先が器用なのだ! 研ぎの腕を見込まれたのだぞ!」
「ほう。それは凄いですね」
「違うって。悪くないって言われただけだって」
慌てて、スマラクト様の発言を訂正する。研ぎの腕はだいぶ上がったと思うけど、それでも、未だにやり直しになる事の方が多いんだから。
「あのグリンマーが、甲斐甲斐しく面倒を見ているのだ」
「甲斐甲斐しくはないよ。色々教えてもらってるけど」
師匠は性格的に、手取り足取り教えるタイプじゃない。だから、甲斐甲斐しくという表現は間違っていると思う。
「最近は、明るいうちは酒を控えているのだぞ! アベルの面倒を見る為に!」
「え? そうだったの?」
それは知らなかった。師匠ってば、いつも二日酔いなんだもん。でも、言われてみれば、僕が作業場にお邪魔してる時は、お酒を飲んでいないような……?
「そうかそうか。ずいぶん可愛がってもらってるんだな、お嬢ちゃん」
「え、あ、はい……」
可愛がってっていうのは、語弊があるような気がしなくもない。でも、それを言うのも野暮だろう。そう思って、店主さんの言葉に頷く。
「それで、今日はスマラクト様とお嬢ちゃん、どっちの買い物ですか?」
「アベルだ。クズ魔石を探している。そういうのは置いてあるか?」
「クズ魔石ですか……。ちょっとお待ちを」
そう言って、店主さんがカウンター奥の部屋に引っ込む。たぶん、あの部屋は作業部屋なんだろう。魔石を研磨したり、護符を作ったりする部屋。ちょっと見てみたいような気も……。カウンター越しに部屋を覗こうと首を伸ばすも、中はほとんど見えなかった。ちぇ。




