竜王城 1
顔合わせが終わると、少し早めのお昼ごはんとなった。領主様夫婦のお部屋から少し歩いたところにある、来客用だという食堂に案内される。
食堂の中には、いくつもの美術品が飾られていた。綺麗な絵が描いてある壺だったり、一抱えもある大きな魔石の原石だったり、風景画だったり。それをアオイ様が、一つ一つ興味深そうに眺めていた。アオイ様も、この食堂には初めて入ったようだ。ここは、普段はほぼ使わない特別な食堂なんだろう。
人が見ていると、僕も興味が湧いて来る訳で。一抱えある魔石の原石を間近で見つめる。これ、買ったらいくらくらいするんだろう……? そもそも、この大きさの原石なんて、数十年に一個くらいしか採掘されないし……。僕が一生掛かっても、この魔石が買えるお金なんて稼げないな、うん。
「ここでもアベルは魔石なのか」
席に着いていたスマラクト様が僕を見て、ちょっと呆れたように言う。そうは言っても、こんな大きな魔石だ。普通だったら、こんな大きな魔石、お目にかかれないんだから。
「凄いね、これ。大きいね」
僕のすぐそばに立ち、一緒に魔石を見つめるアイリスちゃんの言葉に、僕はこくりと頷いた。と、アオイ様がこちらにやって来る。そうして声を上げた。
「でかっ! この魔石、やばっ! 一抱えある魔石とかありえないんだけど!」
「アオイ様。でかい、ではなく、大きい、でしょう? それに、やばいというのは使わない約束ではありませんでした?」
女性陣では唯一席に着いて、僕達を見守るように見ていた奥様が静かにアオイ様に注意する。奥様の顔は笑っていた。でもね、目が笑ってないの。竜王様やアオイ様とはまた一味違った圧がある。そんな笑顔だ。
「う……。スイマセン……」
アオイ様も奥様のこの笑顔は怖いらしい。顔を引き攣らせて謝っていた。それにしても、師匠が言った通りだ。奥様は礼儀作法や言葉遣いに結構厳しいみたい。アオイ様みたいに思わずポロっと言葉遣いが乱れないよう、十分気を付けなければ!
そうして少しして、お昼ごはんの準備が整ったらしい。領主様に促され、美術品を見ていた僕、アイリスちゃん、アオイ様の三人が席に着く。僕はスマラクト様の隣の端の席。僕の正面にアイリスちゃんで、その隣、スマラクト様の正面にラインヴァイス様。奥様と領主様がスマラクト様とラインヴァイス様のお隣で、一番奥の席、大きなテーブルの短辺の席に竜王様とアオイ様が着いていた。
みんなが席に着いたタイミングで、お城で働いているのだろう人達が食事を運んできてくれた。その中に見知った顔が。ヴィルヘルムさんだ!
知っている人の顔を見ると、何だか安心するな。そう思ってヴィルヘルムさんをぽけ~っと見ていたら、彼と思いがけず目が合った。思わず手を振りそうになって、ハッとする。これは礼儀作法的には駄目だ。途中まで上げた手を静かに下ろし、彼に向かってぺこりと頭を下げる。彼も軽く会釈を返してくれた。
それだけの交流なのに、何だか嬉しい。オーガ族の里のお祭り以外で会えるとは思ってなかったからな。
ヴィルヘルムさんは今回の給仕係だったらしい。お水を注いでくれたり、お料理を持って来てくれたり。他数人の男の人達と一緒にそれらをやってくれていた。働いているヴィルヘルムさんって初めて見たけど、オーガ族の里で過ごしている時よりもピシッとしてるな。オーガ族の里で過ごしている時もピシッとしはしてるんだけど、あれでもリラックスしてたんだな。そういうところ、父さんと似てるかも……。父さんも、談話室にいる時は、仕事中程は気を張ってないみたいけど、ピシッとしてるもん。隙が無いと言うか、何と言うか。ただ、そういうところ、僕は好きなんだ。それに、尊敬もしてる。だって、それだけ礼儀作法が体に染みついているって事だから。
そうして特に大きな失敗をする事無く昼食を終えると、食後のお茶を飲みながら、スマラクト様とこの後の予定を話し合う。因みに、アイリスちゃんとラインヴァイス様は忙しいからって、先に帰ってしまった。ちぇ。アイリスちゃんにお城の中、案内してもらいたかったのにな……。
「商業区での買い物は外せないな!」
スマラクト様は、これを今日一番の楽しみにしていたようだ。僕もそれは楽しみにしているんだけど、お城の書庫にも行ってみたい!
「書庫にも行くんだよ、スマラクト様!」
「分かっている。アベルはそれが一番の楽しみなのだろう? だから、こうしよう。先に書庫を覗いて、その次に商業区に行く。その時、ウルペスの店にも行ってみよう!」
「うん! あと、厩舎にも行きたい! 厩舎にはバルトさんがいるんだよ! それとね、食堂にはボーゲンさんの弟さんもいるって!」
「おお。そうだったな!」
「あ~、二人とも、盛り上がってるところ悪いんだけど、今日、厩舎にバルトはいないんだよ。あと、たぶん、ウルペスの店も閉まってるかな……」
そう言ったのは領主様。驚いて、スマラクト様と二人、領主様を見る。すると、彼は少し困ったように笑っていた。
「バルトがいないというのは、任務でですか? ウルペスの店が閉まっているのも。遠征か何か入っていたのですか、父上?」
「いや……あの、ね……」
領主様が言いにくそうにもごもごとする。何、この反応……? そんな変な事を聞いただろうか? スマラクト様と二人、顔を見合わせて首を傾げる。
「バルトは負傷して病室に入院中だ。アイリスが忙しいのも、ウルペスの店が閉まっている可能性が高いのもそのせいだ」
そう言ったのは竜王様だった。ああ、そっか。アイリスちゃんが忙しいのはそのせい――。納得しかけてギョッとした。入院するほどの怪我って!
「アイリスに城の中を案内させれば、お前達も楽しめたのだろうが。悪いな」
「い、いえ。それよりも、バルトの怪我は重いのですか?」
スマラクト様が竜王様に問う。すると、彼は少し考えて口を開いた。
「容体は安定していると聞く。ただ、アイリスはそちらに掛りきりなのだから、軽いとは言えん」
「そう、ですか……」
スマラクト様は目に見えてしょんぼりしていた。純粋に、バルトさんを心配しているんだろう。スマラクト様の立場的に、こんな風に心を砕く必要は無いんだろうけど、ふ~んって済ませないスマラクト様の優しいところ、僕、好きだよ。そんな気持ちを込めて、スマラクト様の背中をさする。
「じゃあ、今日は、厩舎は無しだね、スマラクト様」
「うむ。竜王様、申し訳ないのですが、道案内の人員を貸して頂けませんか?」
「ああ。それは問題ない」
「ありがとうございます」
スマラクト様は竜王様に深々と頭を下げた。僕もそれを真似て頭を下げる。
「ヴィルヘルム、案内してやれ」
そうして竜王様が指名したのは、部屋の隅に控えていた人達の一人、ヴィルヘルムさんだった。控えている人達は、たぶん、竜王様の侍従とかいうお世話係なんだろう。つまり、竜王様が普段、自由に使える人達。スマラクト様に父さんや僕、アオイ様に奥様やアイリスちゃんがいるように、竜王様にもそういう日常生活をサポートする人員がいて、その人を貸してくれる、と。
それよりも! 案内してくれるの、ヴィルヘルムさんだって! 知っている人が案内してくれるって安心するね! そう思ってスマラクト様に視線を送る。彼は笑顔で頷いた。
「アイリスほどではないだろうが、気心を許せる相手の方が、お前達も楽しめるだろう」
竜王様の言葉に、僕とスマラクト様の二人は、顔を見合わせたまま首を傾げた。あれ? 僕達、ヴィルヘルムさんと知り合いだって竜王様に言ったっけ?
「何故、不思議そうな顔をする」
「いえ……。彼と知り合いだと言いましたか?」
「聞いてはいない。だが、アベルとか言ったか、お前の従者が会釈をしていたからな。それに、お前の屋敷にはカインがいるだろう。その伝で知り合ったのだろうと予測する事は容易い」
竜王様、僕がヴィルヘルムさんに頭下げてたの、ちゃんと見てたのか。それで、知り合いっぽいから、アイリスちゃんの代わりに、案内させるならヴィルヘルムさんにしようと決めていたみたい。
そういう細かい事まで気を回す必要のない立場の人なのに……。竜王様って、圧は凄いけど、多分、優しい人だ。冷たい人なら、そういう気遣いはしないはずだもん。
そうして僕達は竜王城探検に出かけた。手始めに、お城の書庫に案内してもらう。お城の廊下には、食事会をした食堂と同じように、いくつもの美術品が飾られていた。絵画だったり、綺麗な壺だったり、壁画なんかもあった。でも、僕もスマラクト様も、そういうの、あんまり興味が無い訳で。長い廊下を黙々と歩き、階段をいくつも上り、永遠とも思える道のりを進み、やっとの事でたどり着いた書庫。そこは、僕の予想をはるかに超えた場所だった。
「はぁ~!」
小ぶりなお屋敷なら丸々収まるくらい広大な空間に、天井まである本棚にびっしりと本が詰まっている。壁際の本棚の本を取る回廊があってが、空間を埋め尽くす無数の本棚の本を取る為には脚立が置いてある。渡り廊下にも小ぶりな脚立が置いてあって、僕みたいな子どもや、背の低い部族の人にも配慮されているようだ。
「ここは一般開放されておりますが、普段はこの通り、無人です」
ヴィルヘルムさんの声が、し~んと静まり返った書庫に響く。こんな素晴らしいところが無人だなんて! 宝の持ち腐れだよ! このお城に住んでいる人達、みんなここを使うべきだよ!
「ちょっと本見てくる!」
そう声を上げ、タタタッと駆ける僕の後を、スマラクト様が慌てて追いかけてくる気配がする。
「こら! 勝手に動き回っては迷ってしまうぞ!」
スマラクト様の言い分も分かる。ここ、本棚の迷路みたいだからね。でも、うずうずして我慢出来なかったんだもん!
「凄い! 凄~い! 本がいっぱい! 僕、将来、ここの本、全部読む!」
立ち止まり、振り返ってそう言った僕の言葉に、スマラクト様がギョッと目を剥く。ヴィルヘルムさんはほとんど表情が変わっていないけど、ほんの少し、微笑まし気に笑っているような気がした。
「全部は無理だ、アベル。常識的に考えろ」
「でも! こんなにたくさんのお宝――じゃなかった、本があるんだよ! 読まないと損だよ!」
「お前、仕事以外はここに入り浸るつもりか?」
「うん!」
「研究と発明はどうするつもりだ……」
はっ! そうだった! 僕には研究と発明があるんだった……。こんなにたくさんの本を見て興奮しちゃって、そのこと忘れてた……。
「どのような研究と発明かは存じませんが、それに関係する書物でしたら、読んで損はないのでは?」
ヴィルヘルムさんの言葉に、ハッとする。そうか。そうだよ。系統を絞れば良いんだよ!
「じゃあ、技術系の本、一択だ! そういうの、どこら辺に置いてあるの?」
「こちらです」
そう言って、ヴィルヘルムさんが先導するように歩き出す。僕はその後をウキウキしながら付いて行った。スマラクト様は溜息を吐きながらそんな僕達の後を付いて来る。
「このあたりがそうですね」
ヴィルヘルムさんが足を止めた一角。そこには、背表紙で確認出来る限り、技術関連の本が納められていた。でも、大半は土木建築関係。ん~。魔石加工とかは……。あ。あった。あっちだ! タタタッと一つの本棚に駆け寄り、上から順に背表紙を眺める。お屋敷とは比べ物にならないくらい、たくさんある! あぁ。早く読みたい。うずうずしちゃう!
「読まないのか?」
そう声を掛けてくれたのはスマラクト様。そんな彼に、僕は首を横に振った。
「今は読まない。だって、商業区、行く時間なくなっちゃうもん。僕ね、商業区で魔石買うの! あと、お菓子も!」
「うむ。そうか」
「それとさ、ボーゲンさんの弟さんがお城にいるって話でしょ? その人にも、せっかくだから会ってみたいなって!」
「イェガー殿ですか……。食堂に行けば会えるでしょうが、彼はアオイ様の専属料理人です。あまりゆっくり時間は取れないと思いますよ?」
ヴィルヘルムさんの言葉に、僕はがっくりと肩を落とした。
「そっかぁ。そうだよね……。お仕事の邪魔になっちゃうかぁ……」
「す、少し話をするくらいは大丈夫だぞ、きっと! だから、そんなしょんぼりした顔をするな!」
しゅんとした僕を見て、スマラクト様が慌て出す。今日は父さんがいないから、僕を泣かせないように、いつも以上に気を遣っているらしい。でも! 僕、そんな簡単に泣かないもん! 失礼しちゃう!
「じゃあ、商業区でお買い物したら、食堂に行って、ボーゲンさんの弟さんに会ってぇ……」
「その後、バルトの見舞いに行こうではないか! 商業区で見舞いの品も見繕おう!」
バッと両手を広げ、スマラクト様が高らかとそう宣言する。
「それは……。迷惑だし、気を遣わせちゃうからやめた方が良いと思うけど……」
お見舞いをして、バルトさんを元気づけたいスマラクト様の気持ちも分かる。でも、どんな状態なのかも分からないし、アイリスちゃんの迷惑になっちゃうと思う。それに、バルトさんだって。具合悪いのに気を遣わせちゃうなんて可哀想だ。だから、僕はおずおずとそう口にしたんだけど……。スマラクト様の中ではバルトさんのお見舞いは決定事項らしい。僕の意見に、彼はまなじりを吊り上げた。
「迷惑とは何だ! アベルはバルトに早く元気になって欲しくないのか!」
「いや、元気になっては欲しいけど……」
「ならば、見舞いをして元気づけてやらねばならぬではないか!」
「えぇ……」
僕の意見、全然聞いてくれない……。僕じゃ説得は無理だ。そう思ってヴィルヘルムさんに視線を送るも、彼は無表情で佇んでいるだけ。お見舞いに行った方が良いとも、迷惑だからやめた方が良いとも言わない。彼に助言を求めるのは間違いだったようだ……。




