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のけ者エルフのセレンディピティ  作者: ゆきんこ
第四章

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顔合わせ 1

 お屋敷で暮らし始めて三年目のある初夏の日、僕は師匠と共に、洗濯道具の試作品をスマラクト様にお披露目する事となった。試作品がやっと出来上がったんだよとスマラクト様に自慢したら、ぜひ見てみたいって。だから、今日の午後からの遊びの時間は、洗濯道具の試運転会になった。庭に出した洗濯道具を囲むように、スマラクト様、師匠と三人でしゃがみ込む。


「まず、こっちの容器に洗濯物と石鹼水を入れるね」


「うむ」


 僕の言葉に、スマラクト様が興味深そうに頷く。僕はあらかじめ準備しておいた石鹸水と、わざと油汚れや泥汚れを付けたハンカチを数枚、本体の容器に入れた。


「それで、この蓋を被せて――」


「ほう。ずいぶん大きい蓋だな。それに、重そうだ」


 スマラクト様の言う通り、結構大きい蓋だし、重さもある。でも、それも仕方ない。だって蓋には洗濯物を上から叩く装置が付いているんだから。よっこいしょと蓋を持ち上げ、慎重に容器に被せる。そして、外れないように留め金を掛けて、と。


「これで準備完了! あとは、こっちの魔石とこっちの魔石に魔力を流すよ!」


「二つ同時に魔石を発動させるのか」


「そう。蓋の魔石は洗濯物を叩く装置を動かす魔石で、下の容器の魔石は容器の内側を回す魔石なんだ」


 そう説明しつつ、二つの魔石に魔力を流す。すると、容器にあけた穴からぶわっと風が吹き出した。そして、トントンという音と、ゴウンゴウンという音が響き始める。


「結構音が出るのだな」


「まあ、それは仕方ないかなぁ。こういう道具動かす時って、手動でも自動でも、音と振動が発生しちゃうものだし。それを消すのは無理だと思う」


「それもそうか」


 腕を組み、スマラクト様がうんうんと頷いている。


「どれくらいで終わるのだ?」


「小一時間くらい」


「止まったら、すすいで絞って干すのか?」


「ううん。すすぎはね、しばらくしたらこの下の栓を取って、蓋のこっちの水の魔石を発動させるの」


「ほう。もう一つ魔石が付いているなとは思ったが、すすぎ用だったのか」


「師匠がね、すすぎも自動でしたいって無理言うから。そのおかげで、魔石の位置の調整とか、排水機構の構造とか、考えるの大変だったんだ」


「無理とはなんだ。そこまでやってこその洗濯道具だろ!」


「まあね」


 そんな話をしていると、テラスから父さんが出て来た。そして、こちらにやって来る。珍しい。僕達が遊んでいる最中は、遠くから見守ってる事が多いのに。


「坊ちゃま。旦那様よりお手紙が届きましたよ」


「何! 父上から!」


 スマラクト様がぱぁっと顔を輝かせながら立ち上がると、駆け足でテラスへと向かった。その後を父さんもゆっくり歩きながら付いて行く。


「行っちまったな。ま、坊ちゃんらしいっちゃ、らしいが」


「そうだね」


 二人で洗濯道具を見守りながらそう言葉を交わす。スマラクト様はすぐ別の事に気が移っちゃう人だ。よく言うと好奇心旺盛、悪く言うと気がうつろいやすい。それがスマラクト様だ。


「アベルー! アベルー!」


 師匠と二人で洗濯道具の試作品を見守っていると、スマラクト様の声が響いた。試作品から顔を上げて声の方を見ると、スマラクト様がテラスでぴょんぴょん飛び跳ねながら、僕を手招きしている。


「呼ばれてんなぁ」


「そうだね」


 師匠の言葉に頷きつつ、洗濯道具に視線を戻す。


「行ってやんねえのか?」


「今、試運転の最中だもん」


「行ってやれよ。俺が見ててやっから」


「んもぉ。見たいって言ったの、スマラクト様なのに……。こんな事なら、夕食後に師匠の作業場で動かした方が良かった……」


 ブツブツ言いながら立ち上がる。そんな僕を見て、師匠が苦笑した。


「そう言うなって。坊ちゃんが気に入ったら、買ってくれるかもしれねえぞ?」


「買わないよ、スマラクト様は。洗濯、自分でしないもん」


 スマラクト様は、服はもちろん、下着や靴下も自分で洗濯しないらしい。洗濯係の人に全部任せてるんだとか。だから、この発明がどれだけ便利かは全く分かっていない。ただ単に、僕がどういう物を作ったのか興味があったから、見たいと言っただけだ。


「それもそうか」


「変な音とかしたらすぐに呼んでね? すぐ戻って来るから」


「おう。任せとけ」


 ニッと笑って頷いた師匠に背を向け、スマラクト様の元に向かう。はぁ……。せっかくの試運転なのに……。


 そうしてスマラクト様の元に行くと、彼は満面の笑みを浮かべながら紙を掲げた。さっき、領主様から手紙が来たよって父さんが呼びに来たし、領主様からの手紙なんだろう。そうして、はたと気づく。スマラクト様が興奮気味に僕を呼んでいた理由に。


「スマラクト様! もしかして――!」


「うむ! 一月後、竜王城に行くぞ! 当日は、父上が迎えに来てくれるそうだ!」


「僕、スマラクト様の従者になれるんだね!」


「そうだ! これでやっと、アベルは僕の従者だ!」


 二人手を取り合い、ぴょんぴょん飛び跳ねる。やった、やった。これで中途半端じゃなくなる! 正式にスマラクト様付きの従者になれる!


「父さん! 僕、スマラクト様の従者になれるって!」


「ええ。良かったですね。本当に良かった……」


 そう言った父さんは、懐から白いハンカチを出すと、目頭を押さえた。父さんも喜んでくれている! はっ! こうしちゃいられない! 師匠にも報告しなくちゃ!


「スマラクト様! 僕、師匠に報告して来る!」


「うむ。グリンマーも喜んでくれるだろう」


「うん!」


 スマラクト様の手を離し、師匠の元に駆け足で向かう。そうして師匠に報告すると、師匠はにやりと笑って「良かったな」と言った後、ハッとした顔をした。


「おめえ、礼儀作法、大丈夫か? うちの奥様、そういうの、結構うるさいぞ?」


「そうなの? 一応、父さんに一通り教わったけど……」


「復習、しておいた方が良いな。あと、服はあるのか?」


「うん。それは、アイリスちゃんにもらったメイド服があるよ」


「メイド服……。ああ、お仕着せか……。それなら、使用人の正装になる、か……?」


「父さんは大丈夫だろうって。前に言ってたよ」


「カインがそう言うなら大丈夫なんだろうな。一月後なんだろ? 時間がねえから、今日からカインに必要な事を集中して復習してもらえ。発明はしばらくお預けだ」


「えぇ! せっかく、試作品が出来たのにぃ!」


「ずっとお預けになる訳じゃねえんだから、それくらい我慢しろ。それに、良い感じに動いてるんだから良いじゃねえか」


 そう言って師匠は試作品に目を戻す。それは不具合も無く、ちゃんと動いていた。変な音もして無いね? 大丈夫だね?


「そろそろ、すすぎ、試してみるか?」


「うん」


 師匠の言葉に、僕は試作品のすぐそばにしゃがみ込み、排水の栓を抜いた。とたん、泡立った石鹸水が流れ出す。


「石鹼水の排水が終わったら、水出すんだったか?」


「そう。この石鹸水がここから出なくなるのが流水の魔石を発動させる合図だよ」


 そうしてしばらく見守っていると、石鹸水の排水が終わった。よしよし。ここまでは計画通り。流水の魔石を発動させようとして気づく。いつの間にか、スマラクト様も一緒に試作品を見守っていた。見守るのに集中してて、スマラクト様が来たの、全然気が付かなかった!


「じゃあ、すすぎ開始!」


「うむ」


 蓋に付いた魔石に触れ、魔術を発動させる。バシャバシャという水音と共に、排水口から水が溢れ出す。


「結構な勢いで水が出るのだな」


「うん。お風呂場で使うなら、これくらい出ても大丈夫でしょ」


「そうか。これは風呂場で使う物なのか」


「え……。どこで使うと思ってたの?」


「庭なのかと思っていた」


「庭?」


 スマラクト様の言葉に、僕は目を丸くして聞き返した。すると、スマラクト様が大真面目な顔で頷く。


「洗濯は井戸や小川でするものだろう? うちだって、井戸端に洗濯場があるではないか」


「あ~。そういう事か。スマラクト様、これは個人で使う物なんだよ。大きい物を洗うんじゃなくて、下着とか靴下とかの、小さい物を洗うんだよ」


「個人で……? 下着と靴下……?」


「そう。自分で洗うのが面倒だから、それをどうにかしようと――」


「もしかして、なのだが……。アベルもグリンマーも、下着や靴下は自分で洗っているのか?」


「うん。そうだよ」


「まさか、世間一般では、皆、自分でやるものなのか……?」


「うん。よちよち歩きの子ども以外は、みんな自分で洗ってると思う。お風呂入るついでに」


「なん、だと……!」


 スマラクト様は愕然とした顔でそう呟いたまま、固まってしまった。やってもらうのが当たり前すぎて、みんながどうなのかを知らなかったな、これは。何でも知っていそうなのに意外。と思ったけど、お世話係の父さんが教えなかったし、やらせなかったんだろう。父さん、スマラクト様に対して激甘過保護だから。


「ねーねー、スマラクト様? これ、完成したら買う? そしたら、洗濯に慣れてなくても、自分で洗濯出来るよ?」


「うむ! 買う!」


「でも、これ、結構高いんだ。魔石、三個も使ってるから。構造だって複雑だし」


「いくらなのだ?」


「金貨二十枚」


「こんな小さな道具で金貨二十枚……」


「でも、自分で洗濯出来るよ? みんなと同じように」


「う……む……」


 スマラクト様、凄く悩んでるみたい。そりゃ、金貨二十枚なんてポンと払えないよね。分かってるよ。


「まあ、すぐに出来上がる訳じゃないし、ゆっくり考えてよ?」


「まだ改良するのか?」


「ううん。改良点は今のところ見当たらないし、これで完成かな」


「ならば、すぐに出来るのではないか?」


「先に師匠のを作らないと。師匠が欲しがった発明品だし。あと、じーちゃんと父さんとボーゲンさんの分も作って、その次にスマラクト様の分を作るから、半年は待ってもらう事になるかなぁ……」

「カインとボーゲンも? 金貨二十枚でも買う、と?」


「うん。洗濯道具が形になって来た頃かな? 欲しいって、予約してくれたの! 他にもね、料理人さん達が予約しようかなって考えてくれてるんだ。あの人達、お仕事終わるの、いつも遅いでしょ? お仕事で疲れて帰って来て、それからお風呂で洗濯は面倒なんだって。お風呂入るだけで済むなら、そっちの方が良いなぁって。でも、ちょっと高いから悩んでるの」


「そうなのか。金貨二十枚……。じいに相談するか……。いや。城に行った時、父上に相談してみるとするか……」


 スマラクト様は洗濯道具を見つめながら、難しい顔でブツブツとそう言っていた。うふふ。また一台売れそう。これは、大ヒットの予感!

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