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のけ者エルフのセレンディピティ  作者: ゆきんこ
第三章

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研究 7

 次の日、師匠に言われた通り、風車の勉強をする事にした。書庫で借りた、風車が載っている本を、スマラクト様の執務室にある僕の勉強机で読む。でも、同時行使の研究の事が頭から離れなくて、内容が全然頭に入ってこない。僕は机に頬杖を付き、はぁと溜息を吐いた。


「どうした、アベル?」


 そんな僕の様子に気が付いたスマラクト様がそう声を掛けてくれる。スマラクト様は執務の真っ最中。何か書類に目を通していたみたいだけど、その手を止めて僕を怪訝そうに見ていた。


「何でもない……」


「何でもなくはないだろう。溜息が出ていたぞ?」


「そう?」


「何か悩み事か?」


「ん~……。スマラクト様はさ、僕が悪の魔術師みたいに言われたら嫌?」


「当たり前だ。アベルは僕の友だぞ? 悪く言われて面白い訳が無い!」


「そう、だよね……」


 僕だって、スマラクト様が悪く言われるの、嫌だもん。スマラクト様だってそうだろうなって思ってた。


「何だ? 悪の魔術師だとかなんだとか。アベル、何かやらかしたのか? そうならば、大事になる前に言っておいてくれ」


「いや。まだやらかしてはいないんだけど、やらかす可能性があるというか……」


「どういう事だ? 何か悪巧みの計画をしているのか?」


「そうじゃなくて……。僕の研究がね――」


 僕は昨日師匠に言われた事をスマラクト様に説明した。僕の説明を聞き終わったスマラクト様は難しい顔をする。


「それがアベルの悩みなのか。魔術同時行使の研究が成功する可能性はどれくらいあるのだ?」


「分かんない……」


 これは偽らざる事実。同時行使の研究が成功するかなんて、僕には分からない。ただ、可能性はゼロではないと思う。そう思いたい。


「ふむ……。じいはどう思う? アベルはこのまま研究を続けるべきだと思うか?」


「グリンマーも昨日言っていましたが、アベルの歩む道はアベルが決めるべきだと思います」


「でも、僕が悪の魔術師みたいに言われるのは嫌なんだよね?」


 そう言って父さんを見る。すると、父さんは苦笑していた。


「それはそうですが、アベルがそれでも研究を続けたいのならば、私は応援するつもりですよ。ずっと一人で頑張って来た研究なのですから、無理に止めさせるつもりはありません。グリンマーも同じ意見です」


「僕、研究をここで止めちゃうと、投げ出すみたいで凄く嫌なんだ。でも、僕の悪名が広がるの、みんな嫌だって言うし……。それに、発明家になっても有名になれるだろうって、師匠が……」


「確かにな。人々の役に立つ発明をし、それが世界中に広まれば、後世までアベルの名が残るだろう」


「うん」


 そうなんだ。選択肢が増えたことで、どれを選ぶのが正解なのか分からなくなっちゃったんだ。有名になる為には魔術同時行使しかないと思っていたのに、別の選択肢もあるよって急に言われても困ると言うか、何と言うか……。


「そもそもの話なのだが、研究者と発明家、そのどちらかを選ばなければならないのか? どちらもやってみるというのは駄目なのだろうか?」


 スマラクト様の言葉に僕は目を瞬かせた。えっと……。


「どちらもやってみるって……。そんな欲張りな事、して良いの?」


「駄目なのか? アベルの悩みは、どちらも選べないって事なのだろう? ならば、どちらも選んでしまえば良いではないか」


「いや、そう言うけど……。どっちも中途半端になっちゃわない?」


「それはアベル次第だと、僕は思うぞ? 一つの道を究めるよりは困難だろうが、不可能ではないはずだ。それに、発明は、アベルの研究資金を捻出する為のものでもあるのだろう? 良い発明品を開発すれば、研究資金も潤う。一石二鳥ではないか!」


 自信満々、そう口にするスマラクト様。とたん、父さんがおかしそうに笑いだした。


「実に坊ちゃまらしいご意見です」


「うむ!」


「その面の皮の厚さ、私やアベルも見習わなくてはなりませんね」


「そうだろう、そうだろう!」


 そう言って、スマラクト様が高笑いをする。でもさ、面の皮が厚いって、誉め言葉じゃないよね。スマラクト様、気が付いてないのかな?


「それだけじゃないのだぞ、アベル!」


「うん?」


「アベルは里の者達を見返すために、何としても有名になりたいのだろう?」


「うん」


「もし、研究がとん挫してしまっても、有益な発明をすれば有名になれるし、その逆もしかりだ。二つの道を究めるというのは、そういうメリットもあるのだぞ!」


 言われてみれば……。有名になって、里の奴らを見返すって目的を考えると、どっちか一つを選ぶんじゃなく、どっちも選んじゃう方が良い気がしてきた!


「ありがと、スマラクト様! 僕、どっちもやってみる!」


「うむ! 頑張るのだぞ、アベル」


「うん!」


 僕は笑顔で頷いた。そんな僕に、スマラクト様も満足そうな顔で頷き返してくれる。そうして僕達は、止まっていた手を動かし始めた。僕は風車の構造を写本に写し、スマラクト様は書類を片付けていく。スマラクト様の執務室には、僕とスマラクト様、二人分のペンを走らせる音が響いていた。


 その日の夜、僕は談話室へと向かった。風車の構造を写した写本を抱え、いつもの席でお酒を飲む師匠の斜向かいに座る。


「師匠! 見て! 風車の構造、写してみた!」


「おめえ、行動早えなぁ」


「勉強しろって言ったの、師匠じゃん!」


「それにしても早えよ。それで、構造は理解出来たのか?」


「なんとなく……」


「なんとなく、か……。平面だけじゃなかなか理解出来んだろうし、今度、模型でも作ってみるか?」


「模型? 何それ! 楽しそう!」


「楽しそうねえ……。おめえ、なんだかんだ、発明家の方が向いてそうだな」


「そのことなんだけどね……」


 僕は師匠の顔色を窺った。研究者と発明家、どっちもやりたいって言ったら、師匠、やっぱり怒るかな? 欲張るなって。


「何だ? もうどっちやるか決めたのか?」


「その、何て言うか……。決めたと言えば決めたし、決めてないと言えば決めてないと言うか……」


「何だ、その回りくどい言い方は」


「どっちもやりたいって言ったら、師匠、怒る……?」


「ああ?」


「僕、研究者と発明家、どっちもやりたい……」


 おずおずと僕はそう口にした。とたん、師匠がガハハと豪快に笑いだす。欲張るなって怒られるかなって思ってたから、これは予想外。


「おめえ、欲張りだなぁ」


「だってぇ……。どっちも選べなかったんだもん……」


「良いんじゃねえか? どっちにしろ、発明は金策に必要だしな。ただ、どっちも中途半端になるなよ?」


「もちろん! やるからにはどっちも全力でやる!」


「よし。その意気だ!」


「じゃあ、まずは風車の模型だね! それで、それを元に、強風の術で風車を回して動力を得て――」


「おうおう。そういうのは寝る前に考えるもんじゃねえ。寝れなくなるぞ」


「えぇ~! でも、早く考えたいんだもん! 羽の所にカバーを付けて、それに魔石を付ければ良いと思うんだ!」


「ちゃんと空気の抜け道も考えておけよ。カバーが吹っ飛ぶぞ」


「あ! そっか!」


 そんな話を師匠としていたら、あっという間に夜は更けていった。でも、まだまだ考えたりなくて。談話室にやって来た父さんやボーゲンさんに促されて部屋に戻ってベッドに入ってからも、目が爛々として、考えるのが止められなかった。


 師匠が言っていた、寝る前に考えるものじゃないって、こういう事か。そう気が付いた時にはだいぶ夜も更けていて。次の日、目の下にくっきり浮かんだクマを見たスマラクト様に凄く心配されてしまった。


 そうして一月程経ち、やっと風車の模型が完成した。組み立てた模型は僕が抱えられる程度の大きさ。本物は見上げるくらいの大きさがあるって話だから、凄くスケールの小さい模型だ。それを談話室のいつもの席に持って行く。父さんとボーゲンさんに見せてあげるんだ!


「おめえ、そんなん、こんなところに持って来てどうすんだ……」


 僕の持つ模型を見た師匠がそうこぼす。師匠はこの模型を一緒に組み立ててくれたから、目新しくはないだろう。でも! 他の人は違うはず! 現に、談話室でお酒を飲んでいたおじさん達は、興味津々の面持ちで僕の模型を遠目に見ている。


「父さんとボーゲンさんにも見せてあげたいの」


 そう言った僕は、風車の羽にふうと息を吹きかけた。くるくる回る風車の羽。そして、末端についた杵が上下に動き、臼がぐるぐる回る。うふふ。我ながら良い出来だ!


「そんなん見せられてもなぁ……。どう反応しろってんだ……」


「きっと、凄いって褒めてくれるもん! それに、洗濯の意見も聞きたいの!」


「杵で叩いて洗おうって案か?」


「そう! 良い案だと思うんだ」


 洗濯物を綺麗にするには、揉む、擦る、叩きつけるのどれかが必要。その叩きつけるのを、杵でやっても良いと思う。


「確かに、綺麗にはなりそうなんだよな……。揉むと叩きつけるのを同時にやる感じで」


「そうでしょ?」


「おう。そういう発想は、おめえの方が得意なんだろうな。俺はその模型見ても、脱穀機と細粉機にしか見えんし、洗濯に使えそうだと思わんかった」


 うふふ。師匠に褒められた。褒めているようには聞こえない言い方だけど、発想が柔軟だって褒められた!


 そうして少しして、父さんが談話室にやって来た。今日もスマラクト様はサクサクお風呂に入って、寝てくれたらしい。最近、父さんの上り時間が早い。


「父さん! 見て! 模型! 出来たの!」


「良く出来ていますね」


 ソファに座った父さんが風車の羽を手ではじく。すると、末端の杵と臼が動き始めた。それを父さんが興味深そうに見ている。師匠はどう反応しろっていうんだって言ってたけど、やっぱり興味深いよね、それ。


「これ作ったらね、洗濯道具の案も出て来たんだよ。杵でトントン叩いてね、綺麗に出来ないかなって」


「バケツみたいなものに洗濯物を入れて、石鹸水に浸して杵で叩く、と?」


「そう! 頑固な汚れも取れる気がするの!」


「ふむ……。ただ、洗濯物の痛みが早そうですね。杵の力の調節が必要かもしれません」


 父さんの意見を写本にメモする。杵の力の調節かぁ……。杵を柔らかい素材で作るとか……? でも、それだと杵の劣化が激しそう……。うむむむむ……。


「おい、アベル。寝る前に考えるな。寝れなくなるぞ」


「そうだった」


 師匠の言葉にてへへと笑う。今日は意見をメモするだけ。その予定だったんだけど、やっぱり気になってしまう。杵が洗濯物を叩く時にクッションがあれば良いんだからぁ……。あ! バネで調節出来そうな気がしてきた! それを写本にメモする。


「駄目だ。言っても聞かねえ……」


 師匠がおでこに手を当てて項垂れる。父さんはそんな僕と師匠を見て苦笑していた。


 そうしていると、ボーゲンさんも談話室にやって来た。今日は早上がりの日らしい。キッチンの片付けの仕事は交代制。時々早くやって来る事があるから、前にどうしてって聞いたら教えてくれた。毎日遅いんじゃ大変だから、交代で片付けしてるんだって。それでも、キッチンで働いている人達の上り時間は他の人達よりだいぶ遅い。


「お疲れ様、ボーゲンさん! 見て! 風車の模型、出来たの!」


「ほ~。懐かしいな」


 そう言いながら、ボーゲンさんがソファに腰を下ろす。そんな彼に僕は首を傾げてみせた。


「懐かしいって? ボーゲンさん、風車、見た事あるの?」


「おお。ワーベア族の里でな。あそこは穀倉地帯だからよ。でっかい風車小屋がそこかしこにあるんだ。風の丘って聞いた事ねえか?」


「ある! 風車の勉強してる時、出て来た! そっかぁ。風の丘にワーベア族の里があるんだぁ」


 本にはどんな部族が住んでるかなんて書いてなかったけど、そっかぁ。ワーベア族の里があるのか。あ。だからか! 師匠が動力源として、風車を真っ先に思いついたのは。ボーゲンさんと仲が良い師匠だ。そういう話の一つや二つ、していてもおかしくない。


「じゃあさ、実物に詳しいボーゲンさんから見て、この脱穀の杵、洗濯に使えると思う? 麦入れる所に洗濯物入れて、杵で叩くの!」


「そういう使い方してるのは見た事ねえが、出来そうではあるな。ただ、杵が重すぎると、洗濯物にすぐ穴が開くぞ」


 やっぱり。父さんも洗濯物が痛みそうだって言っていたし、杵の重さとクッションのバネの調整は慎重にしないといけないな。それを写本にメモする。


「あとは、洗濯物に動きが無いのも問題だな。脱穀の時はな、麦の中に杵より少し大きい輪っかを入れて、麦が循環するようにしてるんだ。そうする事でまんべんなく叩けるようになる。洗濯物の場合は、どう動きを出すか考えねえとだな。じゃないと、部分的には綺麗だけど、部分的には汚れてる洗濯物が出来上がりそうだ」


 洗濯物に動きを出すか……。それは考えてなかった。写本にそれもメモする。


「考えるのは明日だかんな! 今考えるな!」


 師匠の言葉に頷いて見せるも、僕の頭の中は洗濯物の動きの事でいっぱいだった。いっそのこと、洗濯物を入れるバケツを、粉ひきの臼の要領で回してしまおうか。そうすれば、洗濯物に動きが出るはず。それで、それで……。


 その日の夜も、考え出したら止まらなくて、なかなか寝付けなかった。次の日、僕の目の下にくっきり浮かんだクマを見た師匠から特大雷を落とされたし、危うく発明禁止令を出されるところだった。それに、お昼寝から起きられなくて、スマラクト様と遊ぶ時間が無くなってしまった。それでスマラクト様が拗ねちゃったし、散々な一日になった。


 教訓。発明はほどほどに。寝不足、良くない。

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