研究 6
スマラクト様のお風呂の改装は数日で終わった。だって、浴槽に泡の魔石を取り付けるだけなんだもん。どこにどうやって取り付けるか算段を立てて、大きめのたらいで一応実験をして、師匠が取付作業をすれば完了だ。
お風呂に入って寝る準備を済ませた僕は、談話室のいつもの席に師匠と二人、向かい合って座った。そして、真ん中のローテーブルの上に、スマラクト様から受け取った金貨七枚を並べる。
「俺の取り分は金貨一枚な」
そう言った師匠がホクホク顔で金貨を一枚取る。でも、僕はそれに素直に頷く事が出来なかった。
「本当に金貨一枚だけで良いの? 僕、ほとんど何もしてないし、僕の方が金貨一枚じゃない?」
「何言ってんだ、おめえ。あの泡の魔石は、おめえの研究結果だろうが。唯一無二の研究結果を売った金額が、金貨一枚で済むわけねえだろ」
「でも――」
「魔石を取り付けるだけの簡単な工事の工賃が金貨一枚だぞ? 逆に値切っても良いくらいだ。俺はこれだけもらえれば満足だ」
そう言った師匠がピンと親指で金貨を弾く。回転しながら真っ直ぐ上に飛ぶ金貨。それを師匠が宙でパシッと取った。ご機嫌そのものって顔で。
「これでどんな酒買うかなぁ」
ぐふふと師匠が笑う。分かっていたことだけど、臨時収入の使い道はお酒なんだ。あはは。師匠らしい。
「お疲れ様です」
唐突に聞こえてきたのは父さんの声。驚いて振り返る。何で父さんがこんな時間に? いつもなら、スマラクト様がなかなかお風呂に入らなくて、その上、なかなか寝ようとしないから、もっと遅い時間にやって来るのに。
「よう、カイン。やけに早い上がりだな、今日は」
「お陰様で。坊ちゃま、泡風呂が非常に気に入ったようですよ。風呂で大はしゃぎでした」
よっこいしょと、父さんが僕の斜向かいに座る。そして、持っていたグラスをローテーブルの上に置いた。僕はすかさずローテーブルの上の酒瓶を手に取り、グラスにお酒を注いであげる。
「んで、遊び疲れて早々に寝ちまったのか」
「ええ」
師匠の言葉に苦笑しながら頷いた父さんが、僕が注いであげたお酒を一口口にした。そして、おもむろに懐を漁る。そうして取り出したのはお財布だった。
「忘れる前に、二人に礼を渡しておきますね」
そう言って父さんが取り出したのは金貨。それを僕と師匠の前に、それぞれ一枚置く。僕はローテーブルの上に置かれた金貨と父さんを見比べた。
「父さん……?」
「ここまで早く上がれたのは、坊ちゃまが生まれてから初めてですのでね。その礼です」
「でも……」
「もらっとけ、アベル。時間ってのはな、金に換えられねえ価値があるんだ」
そう言った師匠が、自分の前に置かれた金貨に手を伸ばす。そして、ホクホク顔で懐にしまった。
「先行投資でもありますから。これでクズ魔石でも買って、色々と作ってみなさい」
「う、うん……。じゃあ、遠慮なく」
おずおずと手を伸ばし、ローテーブルの上の金貨を手に取る。金貨は全部で七枚。大きめの魔石を買うには足りないけど、クズ魔石なら十二分な量が買える。
金貨一枚、いや、二枚はクズ魔石に使おう。それで、残りの金貨五枚は大きめの魔石を買う為に貯めておこう、そうしよう! うふふ。
「この積み重ねで金策してくんだぞ、アベル」
「うん!」
師匠の言葉に笑顔で頷く。こうして何回か研究結果を売れば、大きめの魔石を買うのも夢じゃない!
「次は、師匠の洗濯道具だね!」
「こだわるなぁ、おめえ」
「だって、僕も欲しいし! 父さんもいる?」
「洗濯道具というのは……?」
そうだった。洗濯道具の話、父さんにはしてないんだった。だから、僕は洗濯道具の詳細を父さんに話した。
「それで、あの泡事件になったのですね」
「そうなの。泡の魔石が余計だったみたいで……。流水と石鹸だけで十分だったみたいなんだ。あと、排水機構も必要なんだっけ?」
そうだったよねと師匠を見る。師匠はそれに無言で一つ頷いた。すると、父さんがちょっと難しい顔をしながら口を開く。
「それで洗濯物が綺麗になりますかね……。石鹸水に浸すだけですよね、それ」
「一応、渦が出来るように魔石の設置位置は調整するけど……」
おずおずと僕はそう答えた。師匠もそうだとばかりに大きく頷いている。
「そうすると、石鹸水で流すだけですか……。しかも、時間経過で石鹼水の濃度が下がる仕様、と。布の汚れは頑固ですから。それだけで足りるかどうか……。揉む、擦る、叩きつける。そのどれかをしなければ、洗濯物は綺麗にならない気がします。実際、洗濯する際はそうするじゃないですか」
言われてみれば。僕も洗濯物は石鹼付けてゴシゴシしてるや。石鹸水で流すだけって事はない。
「揉む、擦る、叩きつける、か……」
そう言った師匠は難しい顔をして考え込んでしまった。じゃあ、僕も。う~んと頭を捻ってみる。
揉み洗いをするとしたら、渦の動きを複雑にしないとだな。渦で洗濯物をもみくちゃにするイメージだ。魔石を二つとか三つとかつけて、渦を複数作るのが解決策かな? ただ、石鹼水の濃度が下がるのがな……。一つの時と比べて、二倍、三倍早く濃度が下がっちゃって大丈夫かな……。
擦り洗いをするとしたら、容器の中に突起をつけるのが一番手っ取り早い気がする。それに洗濯物が当たるようにして……。あ。でも、渦が上手く出来るかな? 洗濯物が回らないと意味無いよね、きっと。う~ん……。
叩き洗いは……。全く解決策が思いつかない。流水の魔石では叩きつけるような勢いは出せないと思う。
「アベル。おめえ、研究で作った魔石、具体的にはどんなんがあるんだ?」
「え? えっと……。初級魔術なら、大抵はあるけど……」
「強風の術もあるのか?」
「うん。でも、強風?」
洗濯物の話をしていたのに、風属性魔術って……? あ! 風を使って、渦を勢い良くするのかな? ただ、僕の魔石は強さの調節なんて出来ない。水が容器から吹き飛ぶイメージしか出来ないけど……。
「洗濯だから水に拘ってたが、風呂場で使うなら水の魔石があるし、風呂の湯でも良いんだからよ、給水はあんま考える必要ないんじゃないか?」
確かに。洗濯イコール水って思ってたけど、それに拘る必要は無い。ただ、強風は……。
「そうだけど、強風の術だと、水と、もしかしたら洗濯物も吹き飛んじゃうかもよ?」
「中に入れたら、な。おめえ、風車って知ってるか?」
「うん。実物は見た事無いけど、本で見た事あるよ!」
「意外と本の虫だよな」
「そこは勉強家と言ってあげて下さいよ」
師匠の言葉に、父さんが苦笑しながらそう言ってくれる。でも、師匠だからね。素直に褒めてくれるとは思ってなかったし、褒めてくれるだけで良しとしとかないと。だから、僕はえへへと笑った。
「それほどでもぉ。それで? 風車と洗濯、どう関係するの?」
「風車ってのは、風の力を動力にして、色んな事をしてんだ。脱穀したり、粉を挽いたりな。それは知ってるか?」
「うん!」
「構造は? 知ってるか?」
「それは知らないや……」
「よし。おめえ、明日から風車の構造、勉強しろ」
「風車の構造勉強したら、洗濯道具作れる?」
「たぶんな。それに、他にも色々作れるようになると思うぞ。あと、図面の書き方も勉強しとけ。図面を元に試作品を作ってやるから」
「分かった!」
師匠からの貴重な助言だ。早速、明日から風車の構造の勉強と図面の書き方の勉強をせねば!
「グリンマーは、アベルを発明家にでもしたいのですか?」
父さんがちょっと呆れ気味笑いながらそう口にする。すると、師匠がにかっと笑った。
「それも悪くねえ。発明家になっても有名にはなれるだろうからな。ただ、選ぶのはアベルだ。選べる選択肢を色々用意してやるのが大人の仕事じゃねえか?」
「まあ、確かにそうですね」
「それによ、魔術の同時行使を研究したところで、なあ……。研究が実を結んでも、悪名高い魔術師が一人増えるだけだ」
悪名……? 師匠の言っている意味が分からなくて、僕は首を傾げた。魔術同時行使は魔術師共通の夢のはず。それが何で悪名になるの? そんな僕の姿を見て、師匠が真面目な顔で口を開く。
「俺はよぉ、これ以上、魔術なんて発展しなくて良いと思ってんだ。魔術の規模が大きくなれば、それだけ被害も大きくなる。おめえは先の大戦からだいぶ経ってから生まれたから知らんだろうが、大戦時、この国も他の国も瓦礫だらけになった町や村がいくつもあったんだ。もちろん、被害は建物だけじゃなかった。あんな光景、見なくて済むならそれに越した事はねえ」
「で、でも! 魔術同時行使は魔術師共通の夢だって……!」
「それは大戦時の話だよ。俺ら魔人族は、人族と違って徒党を組むのを好まねえ。一人で手数を増やせるならそれに越したことは無いってんで、同時行使の研究が始まったんだ。未だに魔術同時行使の研究をしている奴はいるし、実現出来ればそういう奴らに持て囃されるだろう。だがな、戦でその力が使われ、甚大な被害が出た場合は評価が覆る。魔の知識を広めた研究者として、おめえの名が悪名として広まるんだ」
「それでも僕は……! 僕は、僕やじーちゃん、母さんやばあちゃんやひいばあちゃんをのけ者にした、村の奴らを見返したいんだッ!」
「アベル。グリンマーはそれも分かっていますよ」
そう言った父さんが僕の頭をよしよしと撫ででくれた。そんな父さんを見る。すると、父さんは凄く優しい目をして僕を見つめていた。
「だから、アベルの研究に協力してくれているでしょう?」
「でも駄目だって……!」
じわりと目に涙が滲む。まさか、師匠が僕の研究をそんな風に思ってたなんて……。
「駄目とは一言も言ってねえだろうが。人聞きの悪い奴だな。せっかく有名になっても、悪名になる可能性があるって話だろ。そういうのを教えるのも大人の仕事だ」
師匠が溜息を吐き、グラスのお酒を煽った。そして、口を開く。
「それを踏まえて、おめえはどうしたいのか、どうなりたいのか決めろ。自分で歩む道は自分で選べ。俺はそれを邪魔するつもりはねえ」
「そこは、アベルが選んだ道なら応援してやるくらい言ったらどうです? そんなだから、誤解されて泣かれるのですよ?」
父さんがそう言って押し殺したように笑う。僕は寝巻の袖でゴシゴシと涙を拭った。
「師匠は……」
「ああ?」
「僕の悪名が広がったら嫌……?」
「あたり前だ。悪名高い魔術師の師匠になんて、誰がなりてえんだ。俺の悪名まで広がるじゃねえか!」
「そこは素直に、可愛い弟子が悪名高い魔術師になるなんて嫌だと言いなさいよ、グリンマー……」
父さんが呆れたようにそう言った。そんな父さんをじっと見る。
「父さんも? 嫌?」
「そうですね。娘が悪の魔術師みたいに言われるのは嫌ですね」
「そっか……」
魔術同時行使は魔術師共通の夢。ずっとそう思って研究を続けていた。そんな偉大な研究を成功させたら、里の奴らを見返してやれる。そう思っていた。でも、それだけじゃなかった。悪用されたら、僕や、師匠や父さんの名誉を傷つける可能性がある研究だった。
「同時行使の研究を続けんなら、覚悟が必要だって事だ。別にそれしか道がねえ訳じゃねえし、よ~く考えるこったな。おら。もうガキは寝る時間だ」
師匠にそう促され、僕は席を立った。自室に戻ってベッドに潜り込んで考えても、答えなんてそう簡単に出る訳も無く。僕はなかなか寝付けないまま、悶々としていた。




