スカート 1
日が沈み、お屋敷の食堂でみんなと夕飯を食べる事になった。案内された広い食堂には、大きな長テーブルが置いてあり、たくさんの椅子があった。これなら、たくさんお客さんが来ても大丈夫。流石、お金持ちの家だ。
食堂の暖炉の上には領主様夫妻だろう、男女の立ち姿の大きな絵。食堂にいる人達を見守るように、優しく微笑んでいる。
ん~。スマラクト様はお父さん似だ。恐ろしいくらい目鼻立ちが整っているところとか。アイリス様は、どっちにも似てないなぁ。でも、どちらかと言うと奥様に似ているのかもしれない。でもでも、奥様は垂れ目気味だけど、アイリス様は釣り目気味だ。あ! 二人とも、瞳の色は綺麗なグリーンだ! アイリス様はおばあちゃんかおじいちゃんに似てるのかもしれない。
スマラクト様の金色の瞳だってきっとそうだろう。従兄のラインヴァイス様と同じ瞳の色だけど、領主様の瞳の色は髪と同じ濃いブルーだもん。
案内されるまま、僕はスマラクト様の正面の席に着いた。僕の隣にはアイリス様。その向こうにウルペスさん。スマラクト様のお隣で、アイリス様の正面の席がラインヴァイス様で、その向こうにバルトさん。バルトさんの膝の上には白い獣。名をミーちゃんと言う。
こんな賑やかな食事は生まれて初めてだ。それに、こんな豪華なごはんも!
「んま~!」
柔らかいパンも、新鮮なお野菜を使った前菜やスープも、お魚のすり身っぽい塊も、赤身肉を焼いて薄く切ったものも、何もかもが美味しい!
「良い食べっぷりだな。我が家の食事、気に入ったか?」
ガツガツ食べる僕を見て、スマラクト様が笑う。僕も、口に入れていたお肉を飲み込むと、笑みを返した。
「うん! 僕、こんな良いお肉食べるの、初めて!」
「うん? エルフ族は狩猟民族ではなかったか? これくらいの肉ならば、里でも手に入るだろう?」
「普通の家ならね。ウチはいつも、すね肉か内臓しかもらえないんだ。それだって、毎日もらえる訳じゃないし……」
「内臓とは、肝とか心臓か?」
「違う違う。それは狩りに出た人達が現地で食べちゃうから。僕がもらえる内臓は、胃袋とか腸とかだよ」
「それ、食えるのか……?」
そう言ったスマラクト様の声は低く、顔色は悪い。普通なら食べない、ゴミとして捨てる部位だもんね。そういう反応になるよね。
「処理は大変だけど食べられるよ。結構美味しいんだから!」
「そ、そうか……」
頷いたスマラクト様は、引き攣った笑みを浮かべていた。見ると、みんな、引き攣った顔で僕を見ていた。ただし、カインさんは例外だ。顔色一つ変えず、スマラクト様のすぐ傍に控えている。
それよりも、もしかして、僕、みんなにゴミ食べて生きてるって思われた? え~。それは心外だなぁ。内臓だって、ちゃんと処理したら美味しいんだよ!
『ホルモンの良さが分かるなんて、あんた、なかなかツウね』
そう言ったのはミーちゃんだ。ミーちゃんは異世界から召喚された獣で、同じく異世界から召喚された、竜王様の奥様のアオイ様が飼っていたらしい。けど、アオイ様が竜王様と結婚して、新しい家庭を築くのに邪魔になるだろうからって、今はバルトさんと暮らしているんだとか。そんなミーちゃんは内臓を食べた事があるようだ。異世界ではそれをホルモンと呼ぶみたい。
「ミー。お前、まさか、内臓、食べた事があるのか……?」
そう言ったのはバルトさん。顔にちょっと嫌悪感が出ているところを見ると、バルトさんの生まれた町では、内臓を食べる文化は無いらしい。ま、ウチの里でも、内臓を食べるのは僕とじーちゃんくらいなものなんだけどさ。
『うん。野良の時にたまたまもらえたんだけど、歯ごたえがあって、脂も乗ってて、意外と美味しかったよ』
分かってるねぇ。うんうんと頷きながら、薄切り肉を口に運ぶ。ほんのりピンク色の薄切り肉は、噛む度に肉汁があふれ出すよう。上に掛かっているソースはさっぱりしているし、いくらでも食べられるよ、このお肉! むふ~!
「おかわりは?」
そう聞いてくれたのは、スマラクト様の傍に控えているカインさん。カインさんは使用人さんだからだろう、一緒のテーブルには着いていない。スマラクト様の傍に控えつつ、みんなの様子を見て、飲み物が残り少なくなっていたら注いでくれたり、お料理を配膳したりしている。給仕って言うんだっけ? そういう係をやってくれている。
「おかわり、あるの?」
「ええ。調理場に行けば」
目を爛々と輝かせてそう聞き返した僕を見て、カインさんがくすりと笑う。まるで、微笑ましいものを見たかのように。昼間の警戒心が嘘のようだ。
「遠慮はいらんぞ。たらふく食べると良い」
スマラクト様もそう言ってくれてるし、じゃあ――!
「頂きます!」
そう言って、空になったお皿を満面の笑みで差し出す。と、カインさんがスマラクト様の傍を離れ、僕の元にやって来た。そして、お皿を受け取ると食堂を出て行く。
おかわり! おかわり! ウキウキしながらカインさんの帰りを待つ。少しして、カインさんがお皿を持って帰って来た。お皿の上にはどっさりとお肉が!
「うわぁ~!」
「昼も思いましたが、普段、あまり満足に食事が出来ていないのでは……?」
そう言ったカインさんは、お皿を受け取る僕の手首の辺りを見ていた。袖から覗いている僕の手首は、自分で言うのもなんだけど、かなり細い。母さんに似て、元々華奢なのもある。けど、一番の原因は栄養不足。仕事の対価でもらえるすね肉や内臓や野菜は、僕とじーちゃんが生きていくには全然足りない。だから、森で木の実やキノコを採集したりしているけど、それだって限度がある。だから、僕もじーちゃんも、無駄なお肉は一切無い体形をしている。
「死なない程度には食べてるよ」
「死なない程度、ですか……。もし、貴方が里を出たら、おじい様はどうなるのです? 貴方が食糧調達をしているのでは?」
「だから、僕、じーちゃんに仕送りしてあげるんだ。瓶詰とか腸詰とか燻製肉とかだったら日持ちするし、たくさん送ってあげるんだ! あと、焼き菓子も送ってあげるの! 僕の里ではね、焼き菓子なんてそうそう食べられないんだよ。でも、じーちゃんだけが特別食べられるようになるの! 僕、誰よりも良い生活をじーちゃんにさせてあげたいんだ!」
「そうですか。素敵な夢ですね」
「うん!」
微笑んだカインさんに笑顔で頷き、お肉を口に運ぶ。騎士になるのは、僕の生活だけじゃ無くて、じーちゃんの生活もかかっている。だから、今日は明日の為に精を付けておかなければ!
「アベル君はおじいさんの事、凄く大切にしてるんだね」
そう言ったのは、僕の隣に座るアイリス様だ。食べる手を止め、僕を見て微笑む。その拍子に、彼女の赤い髪が揺れた。くるんとカールした赤い髪はちゃんとお手入れをされているらしく、ツヤツヤとしている。肌だってツヤツヤで血色も良い。栄養不足のせいでパサパサ髪、カサカサ肌の僕とは大違いだ。
服だって……。アイリス様は黄色いワンピースを着ていた。一目見て上質だと分かるそのワンピースは、きちんとサイズが合っていて、彼女の為に仕立てられたのだと容易に想像出来る。僕なんて、誰のか分からないブカブカの古着なのに……。
スマラクト様の妹と僕。比べるのがおこがましい事くらい分かっている。けど、同じ女の子なのに、この違い……。
「アベル? 手が止まっているが、どうした? 流石にこの量は無理があったか? じい――」
「え? あ! ううん! 食べる! これくらい食べきれるよ!」
スマラクト様の言葉に、僕は慌てて首を横に振った。食事中に余計な事を考えてしまった。今は、この美味しいごはんを食べる事に集中しよう。
「む……。そうか。だが、無理はするなよ?」
「うん」
「この後、デザートもあるのだからな」
「デザート?」
それって、焼き菓子が出るって事? す、凄い! お金持ちの家では、一日に三回も焼き菓子が食べられるのかぁ!
「うむ。今日はウルペスからのリクエストで、木の実入りの菓子だ。ラインヴァイス兄様の好きなドライフルーツも入れるよう、指示してあるぞ!」
「よっしゃぁ!」
ウルペスさんがあっちの方で喜んでいる。たぶん、彼は木の実が好物なんだろう。僕も木の実は好きだ。特に、炒った木の実。香ばしい匂いがたまらないんだよね。
「お気遣い、ありがとうございます」
アイリス様の正面に座っていたラインヴァイス様が、お隣のスマラクト様に頭を下げた。そう言えば、この二人って、従兄弟なんだよね? それにしては、何だかラインヴァイス様がスマラクト様に対して余所余所しいと言うか、気を遣っていると言うか……。何か事情がある二人なんだろうか……?
「ずる~い! 先生とウルペスさんばっかりぃ!」
アイリス様がそう言って頬を膨らませる。と、スマラクト様が声を出して笑った。
「心配せずとも、明日はアイリスの好きな芋の菓子だ」
「本当? やったぁ!」
手を叩いて喜ぶアイリス様は、子どもらしい無邪気さに溢れていた。大人っぽく見えても、スマラクト様の妹だからね。これくらいの無邪気さが無いとね。
食後に出されたデザートは、スマラクト様が言っていた通り、木の実とドライフルーツが入っていた。けど、焼き菓子じゃなかった。冷たいクリームのお菓子。それを夢中で口に運ぶ。ん~。甘くて美味しい!
「アベル君、甘いの好きなの?」
「うん!」
アイリス様に問われ、僕は力一杯頷いた。今日食べたお菓子の中で、これが一番甘くて一番好き!
「じい、アベルにおかわりを持って来てやれ」
「かしこまりました」
スマラクト様の言葉に、カインさんが頭を下げて食堂を出て行く。まさか、お菓子までおかわりをもらえるとは!
「食べ過ぎて腹を壊すなよ?」
そう言ったのはバルトさん。バルトさんはあんまり甘い物が好きじゃないらしく、お茶だけを飲んでいる。バルトさんのお菓子はミーちゃんが食べていた。
「大丈夫!」
「温かいお茶をちゃんと飲んで、お腹、冷やさないようにね? 明日、大事な登用試験なんだから」
「分かった!」
アイリス様の言葉に頷き、お茶を啜る。ん~。温かいお茶が染み渡るぅ。
「もし、お腹が痛くなったら、アイリスちゃんに言うと良いよ。特製の薬湯を作ってくれるから。ただし、すんご~く臭くて不味いけどね」
ニヤニヤ笑いながらウルペスさんが言う。と、ラインヴァイス様が苦笑しながら、バルトさんが神妙な顔で頷いた。
「んもぉ~! ウルペスさん、一言多い! 先生もバルトさんも頷かないのっ!」
ぷくっと頬を膨らませてそう言ったアイリス様だけど、ウルペスさんの言葉を否定はしなかった。という事は、アイリス様の薬湯は、ウルペスさんが言う通り、臭くて不味いんだろう。そして、それは本人も自覚している、と。どんだけ臭くて不味い薬湯なんだろう? ちょっと気になる……。