研究 4
オーガ族の里からお屋敷に帰って来てから、スマラクト様の行動が少し変わった。遊ぶ日の二回に一回は書庫で本を読みたいと言うようになったんだ。外で遊ぶ方が好きなスマラクト様だったから、お屋敷中の人から奇異な目で見られるようになったけど、当の本人は全く気にしていない。
一度、どんな本を読んでるのかなって、スマラクト様が選んだ本を少し見させてもらった。けど、予想通りと言うか、なんと言うか、魔術理論の本だった。
アキムさんが言った通り、スマラクト様は適性に関する研究をするのだろう。その下地固めの為に、そういう系の本を読んでいる、と。
スマラクト様が研究をするのは悪い事じゃないんだけど、何だかなぁ……。僕と遊ぶよりも研究を選んだのがなぁ……。僕と一緒に遊んでても、あんまり楽しくなかったのかなぁ……。僕は、はぁとため息を吐いた。スマラクト様が読んでいた本から顔を上げ、そんな僕を見る。
「どうした? 何か心配事か?」
「んー……。別に……」
「はっ! 分かったぞ。研究が行き詰っているのだな! どれ。僕が相談に乗ってやろう」
「別に、行き詰ってないし」
「そうなのか? それにしては、あまり楽しそうではないぞ? 研究をしているアベルは、もっと生き生きとした顔をしていたはずだ。だから、何か悩んでいるのではないかと思ったのだが?」
「そういうんじゃないもん……」
「そうか。僕の気のせいだったのだな」
スマラクト様はそう言うと、本に視線を戻してしまった。それが何だか面白くなくて。
「僕、師匠の所行って来るッ!」
「うむ。気を付けてな」
止めもしないんだ! 一緒にいるのが従者の仕事だって、最初、自分で言ったくせに! もう知らない! 僕はがたりと椅子から立ち上がると、ドスドスと足音を立てながら書庫を後にした。
そうしてやって来たのは師匠の作業部屋兼倉庫。バンと乱暴に扉を開けると、珍しく作業をしていた師匠が驚いたようにこちらを見た。
「おお、アベルか。どうした? 坊ちゃんと一緒じゃないのか」
「スマラクト様なんてもう知らない! 僕、投げナイフの研ぎするのッ!」
「心がささくれ立ってる時は止めた方がいい。上手くいかない上に、手、怪我するぞ」
師匠の言葉に、僕はむ~っと頬を膨らませた。
「じゃあ、師匠の作業、見てる!」
「俺は別に構わんが、面白いか、それ」
そう言った師匠の手元には、砥石と料理用のナイフが何本もあった。こうして見ると、料理用のナイフって、大きいのから小さいのから、肉厚なのから薄手のから色々あるなぁ。形だって色々だ。オーソドックスな先のとがったナイフから、鉈みたいに四角いナイフもある。料理人さんはみんな、用途でこれらを使い分けてるんだろうな。
「これ、ボーゲンさんの?」
「おお。たまには手入れしてやんねえとな。上手い飯が食えなくなる」
「ふ~ん……。お手入れしないと、料理、美味しくなくなっちゃうの?」
「おう。あいつ自身、仕事終わりに手入れしてんだろうけどよ、本職じゃねえからな。最近、気になってたんだ」
「そっか」
師匠の鍛冶職人としての腕は一流だ。それは、このお屋敷にいる人全員が知っている。そんな師匠に「研いでやろうか?」なんて言われたら、誰だって一も二も無く飛びつくだろう。
シャッシャッシャッと、師匠がナイフを研ぐ音が響く。心地よい音とリズムだ。実は僕、この音好きなんだ。それに、ちょっとくすんでいた刃物が綺麗になるのも見ていて飽きない。
「あっという間に一本終わっちゃった……」
「おう。あんま時間かけると、うまい夕飯が食えなくなるからな」
「夕飯?」
「分かんねえか? 今、ボーゲンは茶菓子を作ってる最中だ。刃物はほとんど使わねえ。でも、それが終わった後は夕飯の準備だ。そこに刃物が無かったら――」
「作らない訳にはいかないから、刃物が必要ないメニューになる?」
「ちっとばかし違うな。間に合わせのナイフで作ったまずい飯になる」
「いつものナイフじゃないだけで、そんな、味変わるの?」
「変わるぞ。と言っても、気づく奴の方が少ないだろうがな」
「師匠は気づくんだ」
「おう。俺は職人だからな。気になって気になって仕方なくなって、食欲が無くなっちまう」
「そっか。それは大問題だ」
そんな話をしている間に、もう一本、ナイフが仕上がった。ピカピカで新品みたい!
「それより、今日はどうした? 坊ちゃんと喧嘩でもしたんか?」
「別に……」
「喧嘩じゃねえのか。じゃあ、おめえが一方的に怒ってんだな。坊ちゃんも災難だな……」
「怒ってないもん!」
「怒ってんじゃねえか……。何がそんな気に食わなかったんだ? 坊ちゃんに遊んでもらえなくなったからか?」
「違うもん!」
「違かったら、こんな時間にこんな場所に、プリプリしながら来たりしねえだろ……。寂しい気持ちも分からなくねえが、応援してやれよ。せっかく、坊ちゃんがやる気出してんだからよ」
「応援は……してる……」
「でも、遊んで欲しい、と。我儘だなぁ、おめえ……」
師匠の言葉に、僕は口を尖らせた。どうせ、僕は我儘ですよぉ!
「坊ちゃんが研究を始めて、時間が出来たんだ。せっかくなら、おめえも研究に本腰入れたらどうだ?」
「本腰は入れてるもん……」
「いや。俺から言わせれば、まだ足りねえ」
そう言った師匠の手元には、ピカピカになったナイフが一本。僕と話しながらも、次々にナイフを仕上げていた。
「おめえ、あの研究、どうするつもりなんだ? どうしたいんだ?」
「どうって……。そんなの、急に言われても困る……」
「資金繰りは?」
「資金繰りって?」
「おめえの研究、魔石が必要なんだろ? それ買う金。どうすんだ?」
「それは……。で、でも! 魔石ならあるもん! サーシャがくれた――」
「くず石だろ、それ。もっとでかい魔石が必要になったら? どうやって手に入れる? カインや坊ちゃんにねだるのか?」
「そんな事しないもん! 自分で働いたお金で買うよ!」
「それで足りなかったら? 諦めんのか?」
「それは……」
正直、そこまでは考えてなかった。今は、サーシャがくれた魔石で事足りているから。そんな先の事なんて……。
「そういう事をきちんと考えて、筋道立ててやるのが研究だ。おめえがやっているような、机上では終わらない研究は資金繰り。坊ちゃんみたいな論理系の研究は、実証実験の協力者をどうするか。金か人かの違いだが、先々の事を見据えて、計画を立てていくのも研究には必要なんだよ」
「うん……」
「んで、資金繰りに話を戻すぞ」
「うん……」
「おめえな……。俺がいじめてるみてえじゃねえか。その辛気臭えツラ、やめろ。俺は師匠として、前向きな話をしてるんだ」
師匠として、か。言い方がキツイから怒られてるのかと思ったけど、どうやら師匠はアドバイスをしてくれようとしていたようだ。
「うん。ごめんなさい」
「分かればいい。資金繰りを立てるのに、方法は大きく分けて三つだ。財産を削る、パトロンを見つける、研究結果を売る」
「その三つの中からどれかを選ぶの? でも、僕、研究結果、売るのは嫌だな……」
「売るって言っても、おめえが想像してる感じじゃねえぞ、たぶん。それに、どれか一個に絞る必要もない。まあ、順番に説明してやるよ」
そう言って、師匠は研ぎ終わったナイフを傍らに置いた。そして、別のナイフを手に取る。
「まず、財産を削る方法だ。一番オーソドックスな方法で、収入から研究費を捻出するのもこれに含まれる。おめえが今、選んでいる方法だな。でも、これにはある程度の財産か収入が必要だ。足りなければ研究がとん挫する」
「うん」
僕には財産と呼べるような物は無い。収入だって、スマラクト様の従者候補と使用人見習いとしてのお給金は出ているらしいけど、それは父さんが管理してくれていて、毎月のお小遣いしか無い訳で。魔石を買うお金はまだ貯まっていない。だから、大きめの魔石を使った研究は出来ないままだ。
「次に、パトロンを見つける方法な。平たく言うと、金を出してくれる、または、貸してくれる人間を見つける方法だ。金の使途だとか研究計画だとか、七面倒くさいおまけがついて来るし、借金であれば返済計画だって立てにゃならん。共同研究者って立場を欲しがる人間もいるかもしれん。善意だけで金を出してくれる人間なんてほとんどいねえし、人に金を出してもらうってのはそういう面倒くさい事もセットなんだと覚えておけ」
「分かった!」
「んで、最後に、研究を売る方法な。正直、俺は、これが一番おめえの研究に合ってると思う」
「でも、売っちゃったら研究出来なくなっちゃうんじゃ……」
「研究そのものを売り払うんじゃねえ。研究の結果、出来上がった物を売るんだよ」
「出来上がった物って、魔術を込めた魔石を護符として売るって事?」
「それでも良いが、付加価値を付けた方が高く売れる」
「付加価値……?」
「簡単に言うと、おめえの研究を使った便利な道具を作って売るんだ」
「それってどんな?」
「知るか」
そう言った師匠の手には、ピカピカになったナイフ。それを光にかざし、研ぎ具合を確かめている。少し研ぎが足りなかったのか、師匠はそれを再び研ぎ始めた。
「知るかって……。自分で言ったくせに。知るかって……」
「おめえの研究なんだからおめえが考えるんだよ。いくら師匠でも、そこまで考えてはやれん」
「でも、ヒントくらいは……」
「ヒントかぁ……」
そう呟いた師匠は、研いでいたナイフを置き、顎髭を撫で始めた。
「そもそも、おめえの研究、そこまで詳しく知ってる訳じゃねえしなぁ……。ヒントねぇ……。ヒントかぁ……」
ヒント、ヒントとつぶやく師匠をじっと見つめる。どう? 何か考えついた? どう? どう?
「世の中、面倒くさい事ってのはたくさんあるから、それを解決する道具なら売れるような、売れねえような……」
「面倒くさい事って? 例えば?」
「始めに言っておくが、これは俺の主観だぞ? 他の人間は違う考えを持ってるかもしれん。それを忘れんな」
「うん」
「俺は、洗濯が究極に面倒くさい。服なんかは出しときゃ洗濯係が洗ってくれるが、下着なんかまでは洗わせるわけにはいかんだろ?」
「うん。お風呂に入った時、ついでに洗うけど、結構面倒だよね」
「おう。洗うのも干すのも、乾いたのをしまうのも面倒で面倒でよぉ……」
「分かるような気がする……」
「洗濯を勝手にやってくれる道具なら、俺なら高い金出しても買うね」
「ふんふん……」
「あと、部屋の掃除も面倒だし、使ったカップを洗うのも面倒だ。それから――」
「師匠、もしかして、家事全般嫌い?」
「おう」
やっぱりか。僕は作業場兼倉庫をぐるりと見まわした。雑然と置かれた武器類に、散らばった工具類。床は砂っぽいし、棚の上は埃っぽい。テーブルの上には使ったグラスとカップが数個、置きっぱなしになっている。こまめに片付けしている雰囲気じゃない。師匠が家事全般嫌いだって、この部屋全体が物語っている。
「洗濯、掃除、食器洗いかぁ……」
「俺の場合は、だ。他の奴にも聞いてみて、作れそうな物を作ってみるんだ。まあ、それが売れるかどうかは分からんが。試しに、この後、キッチンに行ってみるか?」
そう言った師匠が、思い出したようにナイフ研ぎを再開させた。ナイフ研ぎ終わったら、一緒に行こうって事だよね? 僕はこくりと頷き、師匠の作業を見守った。




