研究 3
父さんとヴィルヘルムさんの喧嘩が終わって少しして、僕達はお祭り会場を後にした。温泉が混む前に入ってしまおうと、父さんの提案があったから。
そうして温泉に入って、お屋敷でまったり過ごしていたら眠くなってきた。まだ寝ないとごねるスマラクト様を半ば引きずるように部屋に帰り、お隣同士の布団に入る。
「アベル? まだ起きてるか?」
「うん。起きてるよ」
「アベルは魔術の研究、楽しいか?」
「え~? 楽しいよ。どうしたの、急に」
今まで、スマラクト様が魔術の研究をしている姿は見た事が無い。スマラクト様は土属性魔術の最高位魔術まで扱える土の魔術師なんだけど、魔術研究には全く興味が無い。そう思ってたんだけど、違ったのかな……?
「ちょっと、な……。テーマは自分で選んだのか?」
「うん」
「どうやって選んだのだ?」
「どうやってって……。僕には有名になるって目的があったから、魔術の同時行使しかないかなぁって……」
「目的、か……」
「僕の場合は、だよ? 目的が無くても、一つの事を掘り下げて考えるのが研究だから、興味がある事が見つかって、それを掘り下げて考えれば研究になると思う」
「ふむ……」
真っ暗な室内に沈黙が流れる。話の感じ的に、スマラクト様、何か興味があるものが見つかったみたい。
「研究、楽しいか……?」
「楽しいってば。さっきも聞いたじゃん、それ」
「そうか。そうだったな……」
スマラクト様は、それ以上は何も言わなかった。しばらくして、隣から寝息が上がり始める。僕はそっと布団を抜け出すと、部屋を後にした。
そうして向かったのは大広間。大人組はまだ起きている。たぶん、酒盛りをしている最中だろう。そう思いながら大広間に入ると、ふわりとお酒の匂いがした。僕の予想、大当たり。
「何だ、おめえ。まだ寝てねえのか」
そう言ったのは師匠だ。いつの間にか帰って来ていたみたい。夜通し、族長さんと飲み比べをする予定だったのに。
「師匠、随分早く帰ってたんだね」
「いやあ、族長も歳だな。もう潰れちまった」
「じゃあ、今回の飲み比べ、師匠が勝ったんだ」
よく考えたら、昼間からお酒を飲み続けていれば、そろそろ酔いつぶれる時間か。逆に、長時間お酒を飲み続ける生活をしている師匠にとってみたら、今回はそこそこ有利な飲み比べだったのかもしれない。
「それより、どうしました? 喉でも渇きましたか?」
父さんに問われ、僕はもじもじしながら口を開いた。
「それもある。けど、父さんに話もあってぇ……。スマラクト様の事で……」
「坊ちゃまの? まあ、とりあえず座りましょうか?」
父さんがそう言って、空いている座布団を引き寄せて勧めてくれる。僕はそれにちょこんと座った。そんな僕にお茶を手渡してくれたのはヴィルヘルムさんだった。僕はちゃんと見ていた。彼は僕の姿を見止めてすぐ、お茶を淹れ始めてくれていた。こういうさりげない気遣い、凄いと思う。僕にはまだ真似出来ない境地だ。
「それで、話とは?」
お茶を一口啜った僕に父さんが尋ねる。僕は少し考え、口を開いた。
「スマラクト様がね、魔術研究に興味あるみたいで……。今までそういうの、興味無いのかと思ってたんだけど、違ったみたいで……」
「坊ちゃまが自分から興味があると言ったのですか?」
「ええと、そういうんじゃなくて、研究面白いかって聞かれて……。しかも、二回も。はっきり興味があるとは言わなかったけど、何か面白そうなテーマを見つけたのかなって思って……」
「それでしたら、心当たりがありますよ」
そう言ったのはアキムさん。だいぶ酔いが回っているのか、顔が赤らんでいる。彼はあまりお酒に強くない質のようだ。だって、お酒に強い人――父さんや師匠やボーゲンさんなんかは、あんな風に顔に出たりしない。これは、お屋敷で暮らし始めてから気が付いた。顔が赤くなる人は、お酒を飲むと早々にお部屋に帰っちゃうんだ。それで、遅くまで飲んでいるのは、全く顔色が変わらない人だけだって。
「それはどんな?」
父さんの問いに、アキムさんがニコニコしながら口を開く。
「魔術の適性についてです。昼間、姫様とゴーレムで遊んで下さった際、ゴーレムの操作性や強度、形状について興味を示しておられました」
「また難解なテーマを……」
父さんが額に手を当てて項垂れる。適性に関する研究って難しいのか。でも、それより――。僕は父さんの服の袖をぎゅっと握り締めた。
「父さぁん。スマラクト様、研究なんて始めても大丈夫なの……? それが原因で排除なんてされたりなんて……」
僕の心配はそれ。研究で成果を残したら、スマラクト様の賢さを証明するのに十二分。優秀なスマラクト様を王様にしたいって人が出てきて、それで、それを面白く思わない人達に狙われたりなんて……。
「大丈夫ですよ。そんな事を言ったら、旦那様は命がいくつあっても足りませんしね」
言われてみれば……。領主様は世界最強の魔術師で、魔術を習った事がある人なら誰しも知っている人だ。悪名の方が有名だけど、魔術の研究者としての実績だってある人で、そんな彼の魔術理論の論文をじーちゃんが持っていて、僕も読んだ事がある。
そんな領主様だけど、王様になっていないし、命を狙われているとかそういう話も聞かない。まあ、領主様の場合、命を狙っても返り討ちにあう可能性が高いからっていうのもありそうだけど……。
「坊ちゃんの場合、余暇の時間は机に向かって、成果があるかどうか分からない研究をしているくらいの方が丁度良いんじゃないか?」
そう言ったのは師匠だ。かなり長時間お酒を飲んでいるからか、ちょっと気だるい雰囲気だ。あと少ししたら、酔い潰れそうな気がしなくもない。
「適性の謎が解き明かせたとしても、特段実入りがある訳でもありませんし、悪いテーマではないかもしれません」
ヴィルヘルムさんも一緒に考えてくれていたらしい。確かに、彼の言う通り、適性の謎が解けたところで、それが何になる訳でもない。でも、それを言ったら、研究なんて、そのほとんどが当てはまるような気も……。
「これだけの人間が大丈夫と言っているのだから大丈夫だと思うぞ。それにしても、研究、か……。うちのサーシャも、そういう事に興味を示すようになるのだろうか……」
獣王様の言葉に、アキムさんは苦笑い。勉強嫌いのサーシャが、研究に興味を示す姿ってあんまり想像出来ないのは分かる。でも、サーシャは好奇心が旺盛で、勉強嫌いは環境が作り上げたもの。だから、そのうち興味を持つものが出来るんじゃないかな。
「それは大丈夫だと思います。ある日突然、何の前触れもなく、研究のテーマが決まったって言うんじゃないかと……」
サーシャが満面の笑みで、研究テーマが決まったよと言って、周りの人を驚かせる未来がまざまざと想像出来る。うちのスマラクト様は、前触れがあっただけましだと思っておこう。そうしよう。
「さ。安心出来たところで、そろそろ寝なさいね?」
父さんがにっこり笑ってそう言う。僕は淹れてもらったお茶をグイっと飲み干すと、そのカップを父さんに渡した。
「大人の時間、邪魔してごめんね」
「いえ。坊ちゃまの事を一番に思う、アベルの気持ちの方が大切ですから。今後も気になる事があったら、遠慮なく言いなさい?」
「うん!」
僕は父さんの言葉に力強く頷くと、席を立った。そして、みんなに挨拶をして、部屋に戻ってお布団に入る。僕の隣のお布団からは、スヤスヤと寝息が上がっていた。
手を伸ばし、幸せそうに眠るスマラクト様の鼻を摘まむ。とたん、「ふががッ」という変な音が上がった。でも、すぐに手を離したから、起きる事はない。再びスヤスヤと寝息を立て始める。こっちの気も知らないで暢気なんだから。僕は深くため息を吐くと目を閉じた。




